あらすじ
このお話は、何度も16歳を繰り返す剣持の所に元同級生が教育実習生としてやってくる話です。
石井side
「皆さん、はじめまして。教育実習生として来ました石井 新(いしい あらた)です。短い間になりますが皆さんと仲良くなれたらと思います。」
30人以上の生徒になるべく一人づつ意識しながら呼びかける
ここの卒業生だった身としては、何年か前まで自分も聞いている側だった事が感慨深い
まさか教師見習いとして帰ってくるなんて、かつての自分には想像も出来なかっただろう
ふと窓際の一番後ろに視線を流す。白いカーテンが風に煽られ一人の生徒の顔を隠していた。
数秒待ってようやく男子生徒を捉えると、途端に目が釘付けになった。
「っ…」
見つめる視線に彼が気付くと高校生とは、思えない穏やかな微笑を見せる。
『石井くん…。』
俺は、たぶん
彼を知っている。
高校生の頃
とても気になるヤツがいた。
そいつは真面目な優等生らしく頭が良かったけれど
勉強だけが全てではないと知っているような大人びた子供だった
時には、年相応に無邪気に笑い皆と一緒に馬鹿もしてたけど
不思議な浮き世離れ感とそこに交じる脆さと儚さも合わせ持っていて、どこか目が離せない
そんなヤツだから、いつも周りに自然と人が集まってた
なのに、なんで
今の今まで忘れていたんだろう
『剣持刀也』
補助を任されたクラスの名簿に自然と並ぶ、その名前
かつて俺が高校生時代によく目で追っていた彼だ。
「剣持!次、移動教室だってさ」
「わかった、ありがと」
自分と同級生だった人物が今も生徒として学校にいる、そんな馬鹿な話があるか
そう思うのに現在の高校生と話す彼は、どこからどう見ても普通の学生。社交的なのもあって相変わらず人気者だ
あまりの違和感のなさに他人の空似か?とも思ったが、あの容姿で『剣持刀也』なんて名前もそうそう居ないと思う
次の授業の準備をする彼を眺めていたら、いつの間にか教室に二人きりになっていた
「先生、移動しないんですか?」
「えっ!あ…そうだな。まだ緊張してるのかな、ボーッとしてたわ」
「ふふ、しっかりして下さい石井先生」
この学校に石井先生は、他にいないしクラス内に石井くんもいない
なのに彼は、こんなにも言い慣れたような親しみのある声で名前を呼ぶ
極めつけは、彼の目。懐かしむようにこちらを見る目は『俺』を知っているとしか思えなかった
「あの…剣持くん」
「はい…?」
「あのさ…ちょっと変な事言うようだけど、俺と昔会ったことある…?あ、他意はない!ただ純粋にそう思っただけだから!俺の勘違いかもしれないし」
「………。」
びっくりしたように見開かれていく彼の瞳を見て、マズいと思った
誤解されたらどうする。始まってもないのに教師人生終わるぞ
「あ…いやー、うん多分勘違いだと思う!先生の知り合いに君によく似た子がいたんだ。あははゴメンな変な事聞いた」
慌てて言葉を重ねるも、余計に誤解されないかとヒヤヒヤする
これ以上いらん事言わないようにしよ
心の中で、そう堅く誓っていると
「驚いた…」
「へ?」
口元を片手で覆って驚いた表情をする剣持くん
驚いた?何にだろうか?
教育実習生の分際でナンパ紛いな発言をしている俺にだろうか
ごめんなさい
出来心だったんです。いや、それは違うか…
だんだん思考がコントのようになっていくのを止めるため頭を振って消し去る
「僕のこと覚えてる人がいるなんて」
え?
発言の真意を探るため、じっと彼を見つめる。すると彼もこちらを真っ直ぐ見返した
今、なんて
「…夢を叶えるなんて凄いです。教師になるって言ってましたもんね」
「っ…!」
それは、もう完全に仲の良かった同級生へ向ける笑顔
「え…あの剣持…なのか?」
彼は答えない。
ただニコニコと俺を見るだけ
嬉しそうに、懐かしそうに
それ以上口を開かない彼に何かを察した
言葉には出来ないという事だろうか?
「あの…」
「剣持ぃ!なにしてんだよ、遅れるぞ~」
「ごめんごめん、いまいくー」
ひょこっと教室に顔を出した別の生徒が彼を急かすように声をかける
「それじゃ先生、頑張ってね」
「あ…」
ひらりと横を通りすぎ、待っていた今の同級生と連れ立って歩く後ろ姿は昔の自分と彼を見ているようで切なくなった
初日のあの日から実習の最終日まで結局、俺は彼と話す事はなかった
理由は簡単、忙しかったから
まぁ話したとて、どこまで答えてくれるかもわからないけど
放課後、職員室で最後の挨拶を済ませ
いよいよここでの実習も終わりを迎える
忙しかったけれど、母校での新しいスタートは学びも多いし生徒は懐いてくれるし結構楽しかった
玄関先で振り返り学校に向かって一礼する
「お世話になりました、絶対良い先生になるから」
決意を言葉にすると、なおさら頑張ろうと思える
よし!と気合をいれ、あと一歩で校門を出ようという時だった
「石井くん!」
背後で名前を呼ばれる。
ここで”石井くん”なんて呼び方する人物は一人だけだ
「そのまま振り返らずに聞いて」
すぐさまそう言われて、ガッカリした。
顔見て話したいのになぁ
「久しぶりに会えて嬉しかったです」
「…うん、俺も」
「ふふ。正直、君はうちの学校には珍しい素行不良な生徒だったので教師を目指すと聞いた時は驚きました。しかも本当に叶えてるし」
「はは、だろうな剣持の方がよっぽど教師向きだったからな」
「頑張ってくださいね石井先生」
「ああ…。」
もっと
もっと、もっと
話したいこと
たくさんあるんだ
優等生の多いこの学校で若干浮いてた俺に物怖じせず話しかけてくれた剣持。当時は不良と優等生が仲良く話してるなんて、と珍しがられてた
言ったことないけど凄く感謝してたよ
俺が腐らず学校に来てた理由の一つだ
なぁ…剣持はどうして今も高校生なんだ?
先生になりたいって言ってたよな?
俺に何か出来ることないか…?
聞きたい事、山のようにある
だけど触れてはいけない、そんな気がして押し黙った
「なぁ剣持、握手してくれないか?」
「…いいよ」
振り返ると、かつての同級生が包帯を巻いた手を差し出してきたので握る
「剣道やってんの?」
「はい」
『まだ』という言葉は付けられなかった
「…最後に一つ質問していいか?」
「どうぞ」
「君は何者…?」
俺の言葉に彼は、うっすら笑みを浮かべて力強く言った
「僕は『剣持刀也』ですよ。」
おわり
同級生くんは門を出た時点で剣持を忘れてしまいます
珍しく起きた奇跡に剣持自身嬉しさと寂しさを持ちつつ、出ていく前に会いに来ました。顔をあまり見たくなかったのは別れが辛かったから。
叶くんが以前言ってたんですけど
剣持ってなんで喜怒哀楽、全部の感情が似合うんでしょうね。話が作りやすくてしょうがないw
コメント
7件
一番最初の話から、気づけばすらすらときしょくの悪い声を漏らしながら、見ていました… 主様、もしや神ですかね…? 指が勝手にフォローしてました…フォロー失礼しますm(。-ω-。)m
ああ…切ないけど最高に良かった…。永遠に繰り返す16歳の中で、何度も出会いと別れを繰り返してきた剣持刀也に、たまにはこんな奇跡が起こるんだ…。でも、それも本当に一瞬の奇跡で、また元の生活に戻って…気にしてない振りをしつつもそういう一個一個の思い出を大事にしていそうだなって思わせてくれる所がまた良い