「――おい」
その一言で、ひよりの周りの空気が変わった。
驚いたように見上げるひよりと、隣で戸惑う男子。
桐生は彼女を真っ直ぐに見つめたまま、ゆっくりと近づいていった。
「……桐生くん?」
ひよりの声には困惑が混じっている。
そりゃそうだろう。
だって、ずっと避けてたのに、急に話しかけてくるなんて。
でも――避けられているのが、こんなにイラつくとは思わなかった。
桐生はひよりの手元に視線を落とす。
――犬の形のクッキー。
それを見た瞬間、胸の奥がムズムズするような、不快な気持ちになった。
「お前、それ貰ったのか?」
「え? う、うん……」
ひよりが答えると、隣の男子が口を開いた。
「あ、俺、隣のクラスの――」
「聞いてない」
桐生は冷たく言い放った。
男子が一瞬むっとした顔をしたが、桐生は気にしない。
「橘」
「……なに?」
桐生はじっとひよりを見つめ、言った。
「そろそろ、避けんのやめろ」
ひよりの目が見開かれる。
「……避けてなんかないよ?」
「嘘つけ」
桐生はポケットに手を突っ込んだまま、ゆっくりと息を吐く。
「お前さ、俺のこと、犬系だったら好きだった?」
「……え?」
思いがけない言葉に、ひよりの心臓が跳ねた。
なんで、そんなことを聞くの?
ずっと気にしていたのは、自分だけじゃなかったの?
「俺は猫系だから、お前には合わない?」
桐生の低い声が、胸の奥をくすぐる。
「それとも、犬系のやつと仲良くするほうが楽しい?」
桐生はそう言って、ちらりと隣の男子を見た。
ひよりは――なぜか、息が詰まりそうになった。
「……違うよ」
気づけば、そう呟いていた。
違う。本当はそんなの関係ない。
ただ、桐生が「猫系だったら愛したよ」と言ったのが、ショックだっただけで。
「じゃあ、なんで避けてた」
「……だって、桐生くん……」
言葉が詰まる。
けれど、桐生はひよりの手首を掴み、引き寄せた。
「お前が犬系だろうと猫系だろうと――」
ひよりの耳元で、静かに囁く。
「……俺は、ずっとお前のこと気にしてた」
ひよりの心臓が、跳ねた。
「……え?」
信じられない、という顔をするひよりを見て、桐生は小さく息を吐いた。
「だから、もう変なこと考えんな」
そして、ポツリと呟く。
「……お前が犬系なのは、最初からわかってたんだから」
その言葉が、ひよりの胸をじんわりと温めた。