第6話 しっぽを振りたくなる瞬間
桐生の手は、まだひよりの手首を掴んだままだった。
じんわりと伝わる体温に、心臓がどくんと跳ねる。
「……桐生くん」
静かな声で名前を呼ぶと、彼は少しだけ眉をひそめた。
無表情に見えるけど、どこか焦っているようにも見える。
「……何」
その一言に、ひよりはぎゅっと唇を噛んだ。
――言いたいこと、ちゃんと伝えなきゃ。
「私……桐生くんに、『猫系だったら愛したよ』って言われたの、すごく悲しかった」
ぽつりとこぼれた言葉に、桐生の指がピクリと動いた。
「そっか」
「うん。だから、どうしたらよかったのかわからなくて……避けちゃった」
正直に伝えながら、ひよりは俯く。
でも、そのままじゃダメだと思った。
だから、勇気を出して顔を上げた。
「でも……私は犬系だけど、それでも桐生くんが――」
好き。
あと一歩のところで、その言葉が喉の奥につっかえてしまう。
「……お前、もしかして泣く?」
桐生がひよりの顔をじっと見て、そんなことを言った。
「えっ、泣かないよ!」
「いや、泣きそうな顔してる」
「そ、そんなことないもん!」
慌てて強がるひよりを見て、桐生はふっと息を吐く。
「お前さ、犬系だからって、なんでも素直にしっぽ振るわけじゃねーんだな」
からかうような口調なのに、なぜか優しい響きがあった。
ひよりは、ちょっとだけむくれる。
「そりゃそうだよ……犬だって、傷ついたらしっぽ振れなくなるし……」
それを聞いた桐生は、ひよりの手首を掴んでいた手を、そっと離した。
そして、代わりに――
ぽん、とひよりの頭に手を乗せた。
「じゃあ、もう振れるだろ」
くしゃっと優しく髪を撫でながら、桐生は静かに言う。
「俺、お前がしっぽ振ってんの、結構好きだったから」
ひよりの心臓が、思い切り跳ねた。
「……っ!」
顔が一気に熱くなるのを感じて、思わず桐生を見上げる。
でも、彼はいつもの無表情のまま、少しだけ目をそらしていた。
その頬が、ほんの少し赤くなっていることに、ひよりは気づく。
「……桐生くん、それって……」
「……」
桐生は何も言わなかったけれど、頭をぽんぽんと撫でる手の感触は、どこまでも優しかった。
――なんか、またしっぽ振りたくなってきたかも。
心の中でそう思ったけれど、絶対に顔には出さないようにした。
でも、もしかしたら、もう桐生にはバレているのかもしれない。