「それで……お前はオレに何を聞きたいんだ?」
「はい。えっと……さっきの、俺を誘導して思いどおりにしたって、先生は俺とそういう関係になることを望んでたってことなんですか?」
問われ、和臣は静かに答える。
「あの夜…… 酷く落ち込むお前を見て、どうにしてやらなければと思ったのは指導医としての気持ちだった。だが、辛い気持ちを忘れさせるためにとお前に迫った時は……一人の男として望んでいた」
「それは俺が単に男だったからですか?」
たまたま目的を果たせる相手がいたから、関係を結んだ。そう聞かれ、和臣ははっきりと首を横に振る。
「それは違う。お前は……お前は明るくて、優しくて、誠意もあって……オレが憧れた小児科医そのものだった。だから自然と惹かれたし、欲しい……とも思った」
男だからではない。西条だから心を動かされたのだ。
「そうだったんですか……」
極力西条の顔を見ないようにしているため声でしか判断できないが、幾分戸惑いを感じる。
「他に……何かあるか?」
「じゃあ……その後の『俺を失った』って話は、どういう意味ですか? 俺、今現在もこうして先生の傍にいる、と思うんですけど……」
「お前、これからは一人で乗り越えるから、オレの支えは必要ないって言ったろ? あの時、ああ、オレはもう用なしになったんだなって……」
「ああ、そういう意味ですか」
なるほど、そうか。そういうことか。何か納得することでもあったのか、西条は視線を落としながら独り言を繰り返し、その後なぜかあー、だの、うー、だのと唸った。そして和臣の指を握ったまま一頻り思考に耽ったのち、突然顔を上げた。
「あの、こういうのって遠回しに聞くと変な誤解が生まれるので、直球で確認しますね。――――先生は俺のこと一人の人間として好きってことですか?」
宣言どおり直球で問われ、和臣は瞠目する。
だがすぐに、『もうここまで来て隠すことはないだろう』と諦めが勝り、小さく頭を縦に振って自分の気持ちを認めた。
「ああ……そうだ」
とうとう言ってしまった。
これでもう何一つとして言い逃れはできない。
この後、西条からどんな辛辣な返答がくるかを考えると胃が握り潰されそうなぐらい痛んだが、逆にずっと伸しかかっていた重石が取れたような心の軽さは生まれた。
「ふざけるなって思っただろ。いつもお前をバカにしていた奴が、こんなザマだなんて。別に笑ってくれてもいいし、罵ってくれたっていい。……お前にはその権利があるから」
「いえ……罵るだなんて、そんなことは。ただ……その……」
緊張で知らず知らずの強く握りすぎて白くなった和臣の手の甲を、西条の指が優しく撫でてくれる。
「嬉しくて……」
「……え?」
騙していたことを叱責されるものだと思っていた和臣は、想定外すぎる返答に一瞬理解が追いつかず、逸らしていた目を思わず西条に向けた。
そして、さらに困惑した。
なぜなら、西条の顔がお湯でも被ったかのように耳まで真っ赤になっていたからだ。
「西条? お前、なんでそんな茹で蛸みたいになってるんだ?」
「当たり前ですよ! 好きで好きで仕方ない人から、オレがいないとダメなほど依存してました、なんて言われて嬉しくない男はいません!」
好きで好きで仕方ない人。
「………………は?」
言葉が耳を通り抜けた途端、頭の中に疑問符がぶわっと噴き出した。
この男は一体何を言っているんだ。それとも何だ、これはもしかして願望が強すぎて聞こえた幻聴か何かか。
夢かドッキリか、と眉間に力を込めながら西条をじっと見つめる。
「え、え、ちょっと先生、なんでこんな時に不機嫌になるんです?」
「いや、不機嫌にはなってない」
「眉間に皺三本も作りながら言われても説得力ありませんよ。それとも今さっきの話は嘘だったんですか? 俺をからかってただけとか……」
「そんなことはない!」
和臣の不機嫌顔のせいで勘違いを起こし始めている西条に、慌てて否定する。
「じゃあ……じゃあ、俺たち両思いってことでいいんですよねっ? もちろん、恋愛的なで」
真剣な眼差しで見つめられ、和臣はゴクリと喉を鳴らした。
これは素直に頷いていいのだろうか。
自分も好きだ、と告げていいのだろうか。
胸の中が湧き立つような高揚感に包まれる。
が、頭を縦に振ろうとした途中で、和臣は大切なことを思い出した。
「で、でもお前、付き合ってる子がいるんじゃなかったのか……?」
「は? 何です、それ?」
「看護師たちが話してるの聞いたぞ。皆口さんとお前が付き合ってるって。一緒に造る家の相談してたって」
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