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「社長は男の人だからわからないんです。女性が感じるプレッシャーみたいなものを。男性にいちいちいやらしい目で見られたりセクハラまがいのことをされれば、誰でも嫌になります」
「その『社長』って呼ぶのはやめないか?今は仕事中じゃないし」
「え……?」
社長が突然そんなことを言うので私は呆気に取られる。
「そう、出来れば名前で呼んでほしい」
「えっと、じゃあ……桐生さん……?」
社長は満足そうに微笑んだ。
「まあ、確かにそんなくだらない男もいるが、世の中そんな男ばかりじゃない」
「それは分かっているんです。でも会社で揉め事を起こしたり、仕事を辞めなければならないような事にはなりたくないんです」
「前の会社で何かあったのか?」
自分で墓穴を掘ってしまった事に気づき、慌てて口籠る。
「なんとなく察しは付くが、せっかくこんなに綺麗なのに、わざわざ隠さなければならないなんて勿体なくないか?」
「いいんです。私、実はあの格好とても気に入ってるんです。仕事にも集中できるし何より男性のことで問題に巻き込まれないし」
私はテキーラサンライズを一口飲む。
「前の会社を辞めた時、犬の保護をする事に専念しようと思ったんです。犬を保護したり世話をする事でとても幸せな気分になるんです。だから恋愛も必要ないかなと思ってるんです」
ふーんと社長は言うとお酒を一口飲んでから私に尋ねた。
「七瀬さんは誰かと付き合ったことあるの?」
「えっと、ないですけど……」
私はちょっと赤面して俯いた。この歳になっても誰とも付き合った事がないなんて何となく恥ずかしい。でも高校と大学は、英語が上手く喋れず友達さえもなかなかできなかった。それに授業についていくために必死で毎日勉強に明け暮れていた。
「じゃあ、どうして恋愛が必要ないって言えるんだ?誰かと付き合ってみてもっと幸せになることもあるかもしれないのに」
社長の言葉に、ふふっと思わず笑った。確かに彼のような男性は色んな女性と付き合って人生を楽しんでいるのだろう。何せ彼の場合選り取り見取りだ。
「まあ確かにそう言われるとそうですけど、恋愛で傷ついたり、辛い破局で乗り越えられない傷を負ったり……、そう言う事もありますから」
私は朝比奈さんとの事件を思い出す。あの後朝比奈さんがストーカーしてきて大変だったが、朝比奈さんの奥さんも信頼していた夫に裏切られて大変だったに違いない。あの事を考えると恋愛が一途に幸せで素晴らしいものとは限らない。
「意外と臆病なんだな」
「え?」
「はーい、どうぞ、こちらタコスになります」
ちょうどその時、頼んでいたタコスが来て思わず感嘆の声を漏らした。
タコスは3種類あってビーフと、チキン、それとエビになっている。タコスにはサルサやアボカドも付いていて見た目もとても綺麗だ。
「すごく美味しそう!」
早速ひとつとって食べると、上に乗っているソースと絶妙にマッチしていてとても美味しい。
「これ、すごく美味しいです!」
タコスと一緒にアボカドディップのグアカモーレとチップスも付いてきて、早速チップスと一緒に食べてみる。
私が一生懸命頬張っているのを社長はじっと何か考えるようにしばらく見ていたが、やがて彼もタコスをひとつ皿から取るとそれを頬張った。