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「どうかな? 悪いようにはしないよ」
クローヴィスは人が好きそうな笑みを浮かべマーガレットにそう告げる。
悪いようにはしない。
それは、いい響きの言葉だ。しかし、契約結婚と言っている時点で愛される未来はないのではないだろうか。一瞬そう思い、心が狼狽える。
(でも、家のことを考えると……)
少なくともいい話であることに間違いはない。けれど、マーガレットには一つだけ懸念点があった。それこそ――クローヴィスの噂である。
「あの、一つよろしいでしょうか?」
恐る恐るとばかりに手を挙げてそう告げれば、クローヴィスは「どうしたの?」と柔和な笑みを浮かべてマーガレットのことをまっすぐに見つめる。その目は純粋そうであり、人に邪な感情を一切抱かないような人種に見える。
そんな彼の目を見つめ、マーガレットは意を決して口を開く。彼の噂の真偽を確かめるために。
「クローヴィス様は、男色家であるという噂がございます。……それは、真実でしょうか?」
震える声でそう問いかければ、彼はにっこりと笑う。その笑みはこの場に不釣り合いなほどにきれいであり、思わずマーガレットがその笑みにくぎ付けになる。
もしかしたら、この噂はただの噂なのかもしれない。実際は彼の恋愛対象は女性であり、結婚しないのは好みの人がいないから――という可能性だって捨てきれないのだ。
「それはね、内緒」
でも、マーガレットのその微かな思いはほかでもないクローヴィスによって握りつぶされる。彼は自身の唇に人差し指を当て、お茶目な表情でそう答えた。……それは、まるでその噂を肯定しているかのようだ。
「俺はね、形だけの妻を探しているんだ。俺と結婚してくれて、俺に愛を求めない人。……キミは、見たところを結婚に愛よりもコネを求める人種の様だし……俺の理想なんだ」
最後の部分は甘ったるい声だった。なのに、前の文章の所為で全く甘ったるく感じられない。
そんなことを思いながらマーガレットは返事をためらう。
(クローヴィス様のおっしゃっていることは、正しいわ。私は結婚に愛なんて求めていない。欲しいのは、お金とコネ)
目を瞑ってそう思っていれば、クローヴィスの手がマーガレットの手を取る。そのまま彼はその白い手の甲に口づけを落としてきた。驚いて、マーガレットは手を引っ込める。
「マーガレット嬢。どうか、俺と結婚してほしい」
真摯な目でそう訴えかけられ、マーガレットの心が結婚する方向に傾いていく。でも、あと一歩が踏み切れない。そう思い眉を下げていれば、彼は「じゃあ、こういうことはどうかな?」と言っていたずらっ子のような無邪気な笑みを浮かべた。
「俺と結婚してくれたら、衣食住完全補償。なんだったら、キミの実家に支援させてもらうよ」
そして、彼の美しい唇があまりにも魅力的で甘美な言葉を紡ぎ出す。
その所為だろうか。マーガレットは思いきり息を吸って――答えた。
「え、じゃあ結婚します!」
あまりにも現金だったかもしれない。しかし、オルブルヒ公爵家からの支援ともなればその額はかなりのものとなる。さらには、公爵家とのつながりが出来れば弟が爵位を継いだ際に後ろ盾となってくれるかもしれない。
そんな淡い期待に目を輝かせれば、クローヴィスは「契約は、成立だね」と言ってにっこりと笑う。
「後日、アストラガルス子爵に挨拶に伺わせてもらおうと思う。いいかな?」
クローヴィスのその問いかけに、マーガレットは首をぶんぶんと縦に振る。けれど、クローヴィスがあのボロボロの屋敷に来るのかと思うと、少しだけ頬が引きつった。
「……ですが、わざわざそこまでしていただかなくても」
そう思うと、自然と唇はそんな言葉を紡ぐ。
クローヴィスのような素敵な男性があのボロボロの屋敷に来るのかと思うと、もう惨めになってしまう。そう思い眉を下げていれば、彼は「挨拶はしなくちゃいけないよ」と言いながらゆるゆると首を横に振る。
「大切な娘さんをもらうんだから、礼儀として挨拶は必要だ。……俺は権力を振りかざしてキミを攫おうとしているわけじゃない。……ただ、キミに利用価値があるから一緒に居たいだけなんだ」
言っている言葉は、めちゃくちゃだ。なのに、彼のその真摯な表情はそれを正論だとごり押しできるレベルに魅力的だ。
そんなことを思いマーガレットはぐっと息を呑む。そうしていれば、クローヴィスは「さぁて、俺はキミに捕まえられた」と言う。
「だから、キミは今すぐに家に帰りなさい。……その傷も、早く治療した方が良い」
その後、彼はそう続ける。……どうやら、彼はマーガレットが靴擦れをしていることを覚えていたらしい。マーガレット自身あまりにもこの出来事が突拍子もない所為で、忘れていたというのに。
「は、はぁ」
「せっかくですし、送ろうか。……行きましょう、マーガレット嬢」
丁寧な態度で手を取られ、そのままエスコートされて歩いていく。クローヴィスはマーガレットが歩きやすいようにと支えてくれた。……何とも素敵な人だろうか。一瞬そう思ってしまうが――彼は、男色家なのだ。マーガレットの心はあの噂を信じてしまった。