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窓から差し込む光で目が覚めた。
いつもと違う感覚がするのはベッドがあまりにも広いからだ。
どこまでごろごろしても落ちないくらい。
さすがキングサイズは広いなあ。
「え……?」
見慣れない天井と壁。
そしていつもより広い寝室。
目をぱっちり開けてしばらく放心状態だった。
これは夢なのか現実なのかはっきりするのに多少時間がかかる。
ゆっくりと昨夜からの記憶を辿るとようやく現実だと実感する。
昨夜、結局私は月見里さんのおうちに泊まったのだ。
同じマンションの15階の端っこにある彼の家は3LDKとひとり暮らしには広すぎる。
おかげで私は広いベッドを占領することができたのだ。
名残惜しいけどふかふかのベッドから降りて、用意した服に着替える。
寝室を出ると香ばしい匂いがした。
これはベーコンを焼く匂いだ。
リビングに顔を出すと、キッチンで月見里さんが白シャツに黒のエプロン姿でフライパンを握っていた。
イケメンのエプロン姿とか最高じゃないですか!
目の保養。
「おはようございます」
挨拶をすると、月見里さんは穏やかな笑顔で振り返った。
「やあ、おはよう。よく眠れた?」
「はい。おかげさまで。泊めてくださってありがとうございます」
「それはよかった。そろそろ起こそうと思っていたんだ。ちょうど朝ごはんができたところだから」
テーブルにはサラダとパンケーキ。じゃがいもを揚げたやつ。カリカリに焼いたベーコンとソーセージ。ヨーグルトのフルーツ添え。
「朝ごはんにしてはちょっと量が多すぎではないですか?」
「普通だよ。アメリカでは」
「ここ日本なんですけど」
「……そっか。味噌汁のほうがよかったかな」
いやいやいや。
話が通じねぇっ!!!
彼は何食わぬ顔でフライパンに卵を割り入れる。
「焼き加減はover easyでいいかな?」
「……日本語で言ってください」
「両面焼きの半熟」
「それでお願いします」
彼は慣れた手つきでフライ返しを使って目玉焼きの表面をカリカリに仕上げる。
以前、私の服を丁寧に畳んでいたことと部屋の綺麗さと今の料理の腕前を見れば、彼が家事を完璧にマスターしていることがわかる。
「君が顔を洗っているあいだにコーヒーを淹れておくよ。歯ブラシは新しいのを出しているから使っていいよ」
「何から何までありがとうございます」
待ってください、これ。すごい優良物件じゃないですかね?
どうして彼は独身なの!?
洗面所を使わせてもらってから戻るとすべてが完成していた。
彼は私の目の前にミルクたっぷりのコーヒーが入った大きなカップを置いた。
「さあ、食べよう」
「いただきます」
カリカリに焼いた目玉焼きの表面にフォークをザクっと入れると中からとろりと黄身があふれた。
ああ、こういうの絶対おいしいやつだ。
彼は何段ものパンケーキにたっぷりのメイプルシロップをかけてナイフでカットすると、私の皿に盛りつけてくれた。
細かい気配りが最高すぎる。
してもらうってこんなに幸せなことなんだ。
いつも、私が優斗にしてあげる立場だったから、こんなの初めて。
「月見里さん、家事スキル高いですね」
「そんなことないよ。フツーだよ」
「でも、部屋だって埃ひとつないし、すごいですよ。仕事しながらここまで綺麗にできません」
「ああ、掃除はしないよ。週に一回掃除してくれる人が来るから」
「え?」
ま、まさか。優斗と同じパターンかしら?
私が寝込んでいたとき、家事できない優斗が困って母親を呼びつけていたから、そんな苦い記憶を思い出して複雑な気持ちになる。
恐る恐る訊いてみた。
「そうですか。お母さんですか?」
「いや、ハウスキーパーだよ」
そっちかーい!!
でもなんだろう。ものすごく今、謎に安堵している。
「母親は会えない」
急にそんなことを言われて、どきりとした。
会えないって、何か複雑な事情があるのだろうか。それとも両親が離婚して会えないとか?
どこの家庭にも事情があるよね。うちだってあるし。
「そうですか」
「アメリカにいるから」
「え……?」
予想を大きく外れた。
物理的に会えないという意味だったんですね。
「月見里さんはアメリカ育ちなんですか?」
「半々かなあ。説明するのめんどくさいけど日本人だよ」
「そうですか」
なんだろう私、今この人のことがいろいろ知りたくなってきた。
何か特別な感情があるわけではなく、このちょっと不思議系イケメンがどうやって出来上がったのか単に興味本位で知りたい。
「アメリカにはどれくらい住んでいたんですか?」
「えっとー……」
彼はフォークを置いて斜め上を見上げ、しばらく考えつつ返答した。
「生まれたのはロスで、5歳で日本に来て、小学校高学年から高校1年まであっちに行って、高校から大学はこっちにいて、日本の国籍を選んで、就職後しばらく日本にいて、そのあとあっちで勤務して、ついこの前戻ったとこ」
結構なアメリカンだった。
「すごいですね。グローバルというか、私には想像もできないです」
「大丈夫。俺、漫画も小説も読むから」
うん? これは日本文化に触れてる俺は完璧な日本人だよというアピールかな。たまに会話がズレてる気がするのは彼(の人生)が半々だからなのかな。
「へえ、そうなんですか。私、受験英語しか通ってないから会話できる人がうらやましいです」
「会話のほうが簡単なのにね。日本人はおかしいよね」
うん……いやみですかね?
私は今、会話苦手だって申告したよね。
いや、単に彼が素直だからかもしれない。
アメリカ人ははっきりものを言うらしいし、日本特有の空気を読むなんてしないのかも。
「ごちそうさまでした。朝食までいただいてありがとうございます」
朝からお腹いっぱいになってしまった。
「食器は私が洗いますね」
「ああ、いいよ。食洗器が洗ってくれる」
「……そうですか。じゃあ運ぶだけ」
とりあえず食器の汚れだけ水で流してあとはお任せした。
身支度をして出かけよう。今日こそは布団と最低限必要なものは手に入れておかなければならない。
「じゃあ、買い物に行きます。いろいろありがとうございました」
お礼を言って出かけようとしたら、彼がいきなり玄関前で迫ってきて、私は壁に追いやられた。
そのまま彼は私の顔の横に手をついて、顔を近づけてくる。
162センチの私とは身長差が20センチ以上の彼。
「え、えっ……あの」
困惑しながら(ちょっとドキドキしながら)見上げると彼は真剣な表情で言った。
「一度やってみたかったんだ。壁ドン」
どう突っ込めばいいんだーっ!!!