「そんなに心配ならちょくちょく俺の赴任先へ様子見に来ればよかっただろ?
いろいろと疑いを持っていたのなら何故会いに来て問い詰めなかったんだよ。
納得のいく話し合いすらもない状態で勝手に離婚された身にも
なれってんだ。
勝手に行ったようなことばかり君は口にするけれど、仕事に情熱を持って
積極的に行ったからって、正直俺だって独り暮らしはずっと寂しかったさ。
今こっちへ帰って来て改めて君が何故一度も俺の元へ足を
運んでくれなかったのか、遅まきながら合点がいったよ。
そりゃあ離婚届け出して他人になった男のことなんてどうでも
よかったろうからね。
8年も経ってから知った俺はとんだピエロだなぁ」
「被害者ぶらないでよ。
ずっと家族と暮らしていける選択肢だってあなたにはあった。
なのに、わざわざ家族と離れて暮らす単身赴任を選んだのは
あ・な・た、あなたなのよ。
何年離れて暮らさなきゃならないかもわからないような赴任だったのにね。
家族を犠牲にして思いっきり仕事できて幸せだったんでしょ?
私は泣いてゴネてあなたの仕事の邪魔しなかったんだから
感謝してほしいくらい。
言わずにおこうかと思ったけど……」
「何だ?」
23-2
「ほんとは離婚届け、あなたが赴任して行ってすぐに出したって
訳でもないのよ。
すぐに出したいと思っていたのは本当だけどね。
でも、ま……少し迷ってたかなぁ~!
あの時の気持ちぃ~どうだったのかなぁ~」
◇ ◇ ◇ ◇
私は曖昧な言葉を発しながら当時の自分の気持ちを思い出そうとしていた。
そう、あの当時たぶん決定打を探していたのかもしれない。
婚姻関係にある夫と他人になる為に離婚してしまうって
いうことを境界線で例えるとするならば……
10cm程の白線を跨げばいいだけの状況の中で、わたしは白線の側
ぎりぎりの場所に立っていたんだと思う。
跨ぐことは決定事項だったんだけど。
それでも私はすぐには跨げずにいたのだ。
人はそれを情だとか未練だとかという風に名付けるだろうか。
だけど、そんなこと何も考えずに自然に跨げてしまうような
出来事が起きた。
「あなた、単身赴任先で妻が一番やってほしくないことをやらかしたわよね?
赴任してから半年後のことだから記憶に久しくなってるけど……。
若い女性を部屋に入れてたじゃない」
「はぁ~? そんなこと……するハズ….ナイ..えっ?」
まるで浮気相手を部屋に引きずり込んでたじゃないのと
言わんばかりの由宇子の言葉に俺は戸惑いを隠せなかった。
「あちらに行ってから女性を部屋に上げたことなんか……」
言いかけて8年前の記憶が蘇った。
そういえば、インフルエンザで寝込んだ時に様子を見に来てくれた
同僚の宮路景子がローソンでゼリーやおかゆやいろいろと舌触りが
良くて消化し易く、お腹にやさしいモノを買って来てくれたことが
あった。
そのお陰か、はたまた本来治りかけていたからか、翌日は前日のことが
嘘のように回復に向かった。
そして心配してくれた宮路は翌日も昼前に様子を見に来てくれていた。
昼時になった時、宮路が買って来てくれたうどんを作ってくれて
どうせならと俺が一緒に食べることを勧めてふたりで食べた。
そうだった、ちょうどその時義母がたぶん由宇子から話を聞いて
様子を見に来てくれたんだろう、由宇子から渡されていた合鍵を
使って義母が部屋に入ってきたんだった、たしか……。
思い出した。
24-2
「もしかして俺がインフルエンザに罹って
お義母さんが来てくれた日のことを言ってるのか?
あの日は俺のことを心配して来てくれた宮路さんと彼女が作って
くれたうどんを食べてたんだ。
ちょうどその時……
君がお義母さんを寄越したんだよね?
お義母さんが君から渡された鍵でドアを開けて俺を訪ねて来た
ことがあった。
あの時お義母さんにはちゃんと事情を説明もしたし、宮路さんのことも
紹介したよ。
まさかあの時のことを言ってるのか?
お義母さんが何か……その、言いにくいが俺と彼女のことを
脚色して君に伝えてたってこと?」
「どうかなぁ、たぶん……だけど、あなたの説明通りのことを
聞いただけだと思う。
オオバーな脚色はしてないかな。
私には母が見た通りの説明だけで、あなたを切るのに充分だったわ」
「何故その時のことが俺と別れる決め手になるんだ?
さっぱりわからないよ。
男と女の関係になった訳でもないのに。
実際あの後、彼女とは職場で仕事だけの関係なんだし。
一度も家に呼んだことも彼女が訪ねて来たこともないんだぜ」
「ねえ、聞いてもいい?
私が病気の時、独身男性と2人きり
介抱されてた痕跡の残る部屋で……
寝具を敷いている部屋のすぐ側で……
食事しているところに帰って来て、その様子を見たとして
あなたなら何も感じないでいられるの?
しかもあなたの来訪は決まってたことじゃなくて、予想外のものなのよ?」
「病気で助けてもらってたのなら、納得できると思うが?」
「そっか!じゃぁ感性の違いっていうヤツだからしかたないね。
私は母から聞いて納得できなかったから」
「納得できないって何だよ。
普通説明されたら納得するだろ?」
「あのね、それでなくてもあなたには疑われてもしようがない
前科があるのよ。
今まで潔白できていたならいざ知らず、前科者ならもっと気を引き締めて
行動しなきゃぁ…いけなかったんじゃないの?
単身先の一室で男女がふたりきり。
これだけでOutなの。
家に長時間上げるなんて、私からしたら信じられない行為だわ。
起きて食事できるくらい身体だって快復に向かってたのなら
玄関先で帰ってもらえばよかったのに。
下心があるからあなたは部屋に入れたのよ」
25-2
「そうじゃないっ。
前日も来ていろいろ世話になってたし、次の日だって何か
俺の手伝いをと思って時間とって来てくれてるのが
わかってて、無下に玄関先で帰せるわけないじゃないか。
どうしてその辺りの機微を理解しようとしてくれないんだ。
疑って責めるばかりしておかしいだろ?
それにお義母さんが来た時、俺たちはうどん喰ってただけだぞ?
何でそこでおかしな関係に結びつくんだよ、妄想もいいとこだ。
病気だったんだ。
その君の思ってるような男女の仲になるわけないだろ。
想像力逞し過ぎなんだよ。
TVのメロドラマの見過ぎなんじゃないのか。
世の中そうそう、浮気なんて存在しないんだよ。
こんなに責められて、おまけにとっくの昔に籍まで……
抜かれてたんなら、赴任先で彼女の一人でも作っとくんだった」
将康は怒気の籠った言い方で由宇子に嫌味を放った。
「今更だよ。
そんな芝居しても駄目。
とっくに居るクセに。
私は邪魔しないからどうぞその女とお幸せに!!」
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