目の前の元夫の言い訳をどこか遠くのことのように聞きながら
私は当時のことを振り返っていた。
インフルエンザに罹っている夫の元に様子見してきてあげると言ってくれた
母に私はワイシャツとネクタイを託けていた。
帰宅した母からあちらでの彼の様子を聞いて気分が悪くなり
届けてもらったワイシャツとネクタイを思い切り返してもらいたい
気持ちになったものだ。
最後の仏心であんなものを母に託けた自分を殴りつけたくなった。
そういえば、元夫からありがとうのひと言もなかったっけ。
またこの件も思い出されて腹がたった。
私は聞いた。
「ねぇ、母に届けてもらったワイシャツとネクタイどうしてた?」
「ぁぁお義母さんからいただいたシャツとネクタイは大事に使わせて
もらってるよ。
え? もしかしてあれは君からだったのか?」
「私じゃなきゃ、誰があなたに?」
「いや、だって……お義母さんから渡されて……
お義母さんが買ってくれたとばかり」
「ふーん、そういうことか!
お礼のメールひとつ来なくて私は切ない想いをしてたんだよ?
なんで母からとなんて間違えるのか、不・思・議。
まぁもう、今更だけどねえ~」
「もしかしてそのことも離婚原因のひとつになってるとか?」
「まぁなってないとは言い切れないけど、比重でいうと
同僚女性とのことのほうが大きいわね。
だけどそんなの気にしなくていいわよ。
一番の理由はあなたの身勝手な単身赴任なんだから」
「離婚理由になるほど嫌だったのなら、どうして8年前に
言ってくれなかったんだ。
単身赴任イコール君の中で離婚確定だったのなら、俺は行かなかったよ?
ちゃんと話し合いもせず酷いじゃないか」
元夫はさっきと同じようなことを言って私を責めた。
言えるくらいなら言ってたと思う。
そこは言いたくなかったんだよ……って、心の中で呟く。
「どうしてかなぁ。
離婚と引き換えにしないと止められないって話なら
どうでもよかったのかもね、きっと。
止めてくれるのなら、そんなことを交換条件にしなくても
私や子供たちのことを想って止めてほしかった……んだろうと思うわ。
当時の私の心情としてはね。
浮気なんてテレビドラマじゃあるまいし早々あるわけないって
言えるあなたはほんとにあの頃余裕だった、私たちの関係にね。
私の心配なんて、へのへのもへじばりにスルーしちゃってくれて。
女心っていうか妻心をちっともわかってないし、わかろうともしなかった。
私だけがなんだかいろいろと心配してて……自分でもそんな自分が滑稽で
随分と惨めだったわ。
どちらかというと追いかけられているような気分で随分と余裕
あったんでしょ?
あ・な・た。
あぁ、愛する旦那さま……単身赴任なんて浮気の温床の元だから
なんたらかんたら……と自分を心配する妻のことは眼中にもなく
あなたの考えていたのは仕事のことばかり。
そんなどちらかというと自分の女性関係を心配していた私が……
全然男の影なんて微塵も考えられなくて……
男なんかに相手にされるはずないだろう~子連れ中年女が、なんて
思ってた私が……
再婚して再婚相手の子供まで産んでたなんて、目ン玉
飛び出そうなくらい、青天の霹靂だったんじゃない?
離れて暮らすようになったら、浮気して別れる夫婦が多いって
心配していた私をよそに、完全スルーしてくれちゃって、ははっ
あなたの気持ちは赴任先の仕事のことだけ。
子持ちのおばちゃんなんか誰が相手になんかするんだよ……ってか。
そう思ってたでしょ?」
「そんなコトは……思って……◎△$♪×¥●&%#?!」
「思ってたのよ。
顔に書いてあったしぃ。
今の私の気持ち言ったげよっか。
ざまぁ~みろ!
やったぜいっ。
めっちゃイケメンの若い男をGet。
可愛い子も作ったぜいっ。
文句あっか……って感じ?」
「や、止めろよ、そんな言い方。
由宇子らしくないよ」
「あなたの妻でもないのに呼び捨ては止めてよね」
「……」
「それと今ここでいろいろ、どうして? と問い詰められても
もう何も変えられないんだし、何も変わらないわ。
そういうことだから、あなたはこの先も大好きなお仕事して
綺麗な女性捜して、新しい生活をスタートさせてください。
オワリ!!」
「オワリって、おわり……って。
何なんだよ全く。
俺はどうすりゃあいいんだよ」
これ以上話をしても、もうどうにもならないのか?
気がつくと口を挟んできた北嶋薫はどこか別の部屋に行ったのか
姿がなかった。
今テーブルを挟んでいるのは由宇子とこれ以上何も言葉を紡ぎ出せなくて
途方に暮れている俺のふたり。
もうぼちぼち引き上げるしかないのか……
どうにか自分の心を宥めてこの運命を受け入れるしかないのか……
絶望的にも近い気持ちでいとまするべく、立ち上がろうとした時
家の中からわらわらと子供たちが現れた。
28-2
ブランコを背に立っている8年前に別れたきりの3才と0才児だった
娘と息子たちは今や11才と8才になっていて、俺を他所のオッサンを
見るような目で視線を投げ掛けてきた。
自分の娘と息子なのに、やけに視線が痛い。
上の娘 美誠は3才だったので少しは覚えてないのだろうか。
3才じゃ無理だよなぁ~。
一週間二週間の別れじゃないんだから。
8年間3才のあの日から今日まで会ってないんだから、やはり父親として
見てもらおうなんて甘いのか?
まぁ、下の息子に至っては、いわずもがなだな。
そして知らない……やけに目ン玉クリクリな美形の4~5才児が
恥ずかしそうな様子で俺を見ている。
そして途中でいなくなった妻の従兄弟の超イケメン男子は
その腕に大事そうに2才ぐらいのとびきり可愛い容姿に恵まれた
幼児を抱いている。
子供たちを引き連れたイケメン薫は言った。
「え~と、美誠ちゃんと智宏くんです……って、あっ知ってますよね?
ふふっ、下のふたりがはじめましてになりますよね。
優人と美貴で、俺たちの子です」
「……」はぁ?
こいつら、俺の居ぬ間に子供を……それもふたりも。
……って一瞬聞き流してたけど、さっき由宇子がそう言ってたじゃないか!
言葉で知るのと実際子らを目の当たりにするのとでは衝撃の度合いが
半端なかった。
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