テラーノベル
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アメリカ合衆国ワシントンD.C.。
ホワイトハウスの地下に設けられたシチュエーション・ルーム。
大統領ロバート・“ボブ”・ウォーレンは、手元のタブレットに表示された中東情勢のレポートを読み終え、深い溜め息を一つ吐いた。
そして、正面の巨大な暗号化通信用モニターを見上げた。
画面の向こうには、日本の首相官邸地下にいる副島内閣総理大臣と、内閣官房参事官の日下部が、いつものように無表情で控えている。
「……そちらも夜遅くにすまないね、ソエジマ総理。しかし、世界中が君たちが蒔いた種で大騒ぎだよ」
ウォーレンは、コーヒーカップを弄びながら、ニヤリと笑って切り出した。
「まず、韓国のNPT脱退騒動だが……あれは完全に自壊モードに入ったな。自国の市場を焼け野原にして、あの大統領は弾劾一直線だ。まあ、あそこは放っておいても勝手に自滅していくから『置いておこう』」
「ええ。我が国も静観を貫いております」
副島総理が穏やかに応じる。
「それよりも、今巷(ネット)を席巻している話題があるだろう? 『メドベッド』だ」
大統領は楽しげに肩をすくめた。
「我が国の陰謀論者たちが大はしゃぎでね。『日本は中国にメドベッドを渡した!』『その抜け駆けにアメリカが日本に激怒して、制裁や攻撃の準備をしている!』とな。おかげでホワイトハウスの報道官が連日火消しに追われているよ。私の支持率に響かないか心配なくらいだ」
「お騒がせして申し訳ありませんな」
副島総理は苦笑交じりに応じた。
「日本のネットでも『ソエジマはディープステートの黒幕だ』『いや、宇宙人と契約した光の戦士だ』と、私の陰謀論で大いに盛り上がっているようです。どうやら私は、知らない間に世界を裏から操る魔王の座に就いてしまったらしい」
「ハハハ! 違いあるまい」
ウォーレンは腹の底から笑い声を上げた。
「だが、大衆の目が『架空のSFポッド』や『宇宙人のテクノロジー』に向いているうちは、我々の手にある本当の『注射器(キット)』は安全だ。最高の目くらまし(スモーク)だよ」
ウォーレンは少しだけ表情を引き締め、本題へと入った。
「……さて、その本物の『注射器』の使い道の話だが。中東が騒がしくなってきたな」
ウォーレンは、コーヒーカップを弄びながら切り出した。
「サウジアラビア、UAE、カタール……。
オイルマネーの巨頭たちが、こぞって貴国の『次世代核エネルギー』に熱視線を送っている。
彼らの情報網も捨てたものではない。
日本が化石燃料に頼らない、何かとんでもない無尽蔵のエネルギー源を開発しつつあると嗅ぎつけ、自分たちの経済基盤が崩壊する前に、その利権に食い込もうと必死だ。
……連日のように、我が国経由でも探りが入っているよ」
「ええ。
我が国にも、彼らの王族や特使が極秘裏に接触を図ってきております」
副島総理が、落ち着いた声で応じた。
「彼らは、『石油の時代が終わるなら、我々の持つ全ての富(オイルマネー)を、日本の新技術に投資させてくれ』と、文字通り白紙の小切手を持ってやってきています。
……どう対応すべきか、同盟国である貴国と対策会議を開きたいと思い、本日お時間をいただきました」
ウォーレンは皮肉な笑みを浮かべた。
中東の王侯貴族たちにとって、エネルギー革命は死活問題だ。日本が一人勝ちするのを見ているだけでは、彼らの砂上の楼閣は数十年で砂漠の砂に還ってしまう。
「ふむ。
で、どうするつもりだ?
適当なエネルギー協定でも結んで、彼らの資金を吸い上げるか?」
「いえ」
日下部が一歩前に出て、静かに口を開いた。
「エネルギー技術そのものを彼らに開示するのは時期尚早であり、リスクが高すぎます。
そこで……『別のもの』をチラつかせようかと」
「別のもの?」
「はい。
……どうします? 大統領。
中東の王族たちに、あの『ナノマシン医療用キット(オリジナル)』の存在をバレさせてもいいですか?」
その言葉に、ウォーレンの目が鋭く細められ、ソファに座っていたノア・マクドウェルも、面白そうに身を乗り出した。
「中東に教えるのか?
あの『不老不死の薬』を」
ウォーレンは顎を撫でた。
「……彼らなら、その価値を一瞬で理解するだろうな。
いや、理解しすぎる。
王族というものは、世界中の誰よりも『自身の命と権力の永続』に執着する生き物だからな。
きっと、購入させてくれと地面に頭を擦りつけて懇願してくるだろう」
「ええ。
彼らのオイルマネーを、日本の新技術の『パトロン』として利用するには最高の餌になります」
日下部は、淡々と冷酷な計算を述べる。
「アメリカとしては、医療用キットの拡散はあまり進めたくないのが本音だ。
この技術がテロ支援国家や、我々に敵対する独裁者に渡れば、世界は終わる」
ウォーレンは釘を刺したが、すぐに肩をすくめた。
「だが……まあ、中東の『親米的な王族たち』なら別にいいぞ。
彼らの財布の底は無限だ。
アメリカにも、そのキットを融通していると匂わせれば、彼らは日本の技術を絶対に信用するだろうな。
そして、我々アメリカがその後見人であることも理解するはずだ」
「はい。
アメリカの承認があるとなれば、彼らも安心して巨額の投資を行えます」
「そうですね。
じゃあ、お言葉に甘えてそうします。
彼らには『極めて希少なVIP向けの医療サービス』として、ごく少数を高値で売りつけることにしましょう。
……これで日本の防衛予算は、今後100年は安泰ですね」
日下部が胃薬を握りしめたまま、微かに笑った。
世界の富を注射器数本でコントロールする。まさに錬金術だ。
「さて、次に中国ですが」
日下部は話題を切り替えた。画面に北京の中南海の画像が表示される。
「先日ご報告した通り、彼らは尖閣諸島から完全に手を引き、日本への完全譲渡を申し出てきています。
……そこで我々としては、その見返りとして医療用キット(オリジナル)を『1個だけ』渡して、様子見しようかなと思うんですが、どうですか?」
その提案に、ウォーレンは目を丸くした。
「1個だけ?
あの14億の民を束ねる共産党のトップたちに、たった1個の不老不死の薬を投げるのか?」
「はい。
1つです」
「……悪魔のような男だな、君は」
ウォーレンは、心底感心したように笑い声を上げた。
「良いだろう。
中国の指導部が、たった一つの永遠の命を巡って、どんな醜い争いを繰り広げるか見物だ。
だが、使用するなら『権力の座から退くこと』を条件とすべきだな。
現役のトップが若返って独裁を長期化されては、アメリカとしても困る。
……となると、使うなら党の『長老』の誰かだろう?」
「そうですねぇ」
日下部も底意地の悪い笑みを浮かべた。
「最高指導部の現役世代と、かつて権力を握り、今も死の恐怖に怯える長老たち。
……1つの薬を巡って、党内部で内乱でも起きたら良いなと思ってるんですが……」
「起きるだろうなぁ……。
間違いなく」
ウォーレンは断言した。
権力者にとって、他人が不老不死になり、自分が老いて死んでいくことほど耐え難い屈辱はない。
たった1個の薬は、核爆弾よりも確実に中国共産党の中枢を破壊するだろう。
「だが、外にバレるような派手な内乱(シビルウォー)は止めてくれ、と釘を刺すか。
中国が完全に無政府状態になれば、世界経済が連鎖的に崩壊するし、何より難民が日本に押し寄せてくるぞ」
「そうですね。
あくまで『水面下の権力闘争』にしてくれ、とやんわりと言っておきます。
……もちろん、彼らがそれを守れるかどうかは、彼らの自制心次第ですが」
「ハハハ、自制心があれば最初からこんな薬を欲しがったりはしないさ。
……まあいい、中国への『毒入り饅頭』の件はそれで進めたまえ」
日米の首脳は、一つの巨大国家の行く末を、チェス盤の上の駒のようにあっさりと決めてしまった。
「さて、最後の議題だが」
ウォーレンは表情を引き締め、手元の資料を軽く叩いた。
「IAEA(国際原子力機関)の査察団が、そろそろ日本に到着する頃だ。
準備は大丈夫か?
あの『次世代核エネルギー』とやらのハッタリを、どうやって彼らに信じ込ませるつもりだ?」
世界中が注視するIAEAの特別査察。
日本が本当に核開発を行っているのか、それともただの基礎研究なのか。
その結論次第で、世界情勢は再び大きく揺れ動くことになる。
「ええ、抜かりはありません」
日下部が、自信に満ちた声で即答した。
「ナノマシンを用いた『革新的なウラン濃縮触媒』という体(てい)で、ビーカー1個に入った怪しげな液体を見せる予定です。
場所は内閣府直轄のダミーの地下研究所。
警備は最高レベルですが、中身は空っぽです。
彼らがどれだけ放射線測定器を振り回しても、何一つ危険な物質は出ませんよ」
「……そうか。
まあ、査察団は適当に撒けばいい」
ウォーレンは呆れたように息を吐いた。
(……大嘘吐きめ。どうせどこかか海の底で、我々の想像を絶するような方法で濃縮を完了させているのだろうがな。まあいい、今は我々も日本の『共犯者』だ。IAEAには『日本は透明性を確保した』と、我々からも擁護しておいてやろう)
「では、本日の会議はここらへんで終了しますね。
お時間をいただき、ありがとうございました」
「ああ。
良い『ショー』になることを期待しているよ」
通信が切断され、モニターが暗転した。
◇
数日後。東京都内某所。
表向きは「国立次世代エネルギー研究所」という真新しい看板が掲げられた、コンクリート打ちっ放しの無機質な施設。
その地下深くに、IAEAから派遣された特別査察団の一行が足を踏み入れていた。
彼らは全員、最新鋭の放射線測定器や成分分析デバイスを抱え、緊張した面持ちで周囲を警戒している。
「……ここが、日本の『次世代核エネルギー』の研究施設ですか」
査察団のリーダーであるフランス人のシュルツ博士が、周囲を見回しながら呟いた。
案内役を務めるのは、白衣を着た日本の技術官僚と、その後ろでニコニコと微笑む日下部参事官である。
「はい。
ようこそいらっしゃいました。
こちらが我が国が誇る、最新のナノマシン触媒研究ラボです」
技術官僚が仰々しい身振りで、部屋の中央にあるガラス張りのケースを指し示した。
シュルツ博士たちはゴクリと生唾を飲み込み、そのケースへと近づく。
中にあるのは、複雑な遠心分離機でもなければ、レーザー照射装置でもない。
ただ一つ。
フラスコのようなガラスのビーカーが置かれているだけだった。
中には、微かに青白く発光する透明な液体が、数十ミリリットルほど入っている。
「……これは?」
「これが我々が開発中の『ナノマシンによるウラン濃縮触媒』の基礎サンプルです」
日下部が、大真面目な顔で解説を始めた。
「この溶液の中には、特定のウラン同位体(U-235)のみを選択的に吸着する特殊なナノマシンが含まれています。
これを天然ウランの溶液に混ぜることで、遠心分離機などの大規模な設備を必要とせず、常温常圧で高効率な濃縮が可能になる……という『理論』の実証実験段階です」
シュルツ博士は目をぱちくりとさせた。
彼は手元のガイガーカウンターをビーカーに近づけたが、針はピクリとも動かない。バックグラウンドの自然放射線レベルと同じだ。
「……放射線反応が全くありませんが?」
「当然です。
まだ実際のウランは投入しておりませんから。
これはあくまで『触媒』そのもののテストサンプルです。
我々は極めて慎重に、安全第一で基礎研究を進めているのです」
日下部は、どこまでも白々しく嘘をつき通した。
(本当は、テラ・ノヴァの奥地で工藤創一が『コバレックス濃縮プロセス』とかいう物理法則を無視した錬金術で、ガンガンに燃料棒を量産して、原子炉を4基もフル稼働させているなどとは口が裂けても言えない)
「では……あの記者会見での『高効率なウラン濃縮プロセス』というのは、まだこのビーカー1個の段階だと言うのですか?」
シュルツ博士が、半ば呆れたように尋ねる。
「はい。
理論上の計算では『高効率』になる予定ですが、実用化にはまだ数十年かかるかもしれません。
……日本の官僚は、少しでも成果が出ると予算を獲得するために、大袈裟に発表する癖がありましてね。
お騒がせして申し訳ありません」
日下部は自嘲気味に笑ってみせた。
査察団のメンバーたちは顔を見合わせた。
彼らは、日本がどこかの地下で大規模な秘密工場を稼働させていると本気で疑っていたのだ。
それが蓋を開けてみれば、ただの「ビーカーに入った謎の液体」一つ。
拍子抜けもいいところだ。
「……分析用のサンプルを少しいただいても?」
「ええ、もちろん。
好きなだけお持ち帰りください。
成分は、ただの純水と微量のタンパク質と、無害なカーボンナノチューブの残骸です。
……我々の研究の『透明性』を世界に証明していただきたい」
シュルツ博士は慎重に溶液の一部を採取し、専用の容器に収めた。
彼らは数時間かけて施設内をくまなく検査したが、当然ながら、ウランの痕跡も大規模な電力消費の形跡も、何一つ見つけることはできなかった。
査察が終了し、IAEAの車列が施設を去っていくのを見送りながら、日下部は深く息を吐き出した。
「……とりあえず、茶番は終わりましたね」
隣に立つ技術官僚が、冷や汗を拭いながら言った。
「ええ。
これでIAEAは、『日本に核開発の物理的証拠なし。あくまで基礎研究の初期段階』という報告書を出さざるを得ません。
アメリカもそれを支持する。
……世界はこれで一安心するでしょう」
日下部は、空っぽになったビーカーを見つめた。
この透明な液体が、世界中の疑心暗鬼を鎮めるための「目くらまし」として機能したのだ。
「だが、本当の『火種』はこんな所にはない」
日下部は、東京の地下から遥か次元の彼方へと意識を飛ばした。
テラ・ノヴァ。
そこでは今頃、工藤創一が有り余る原子力エネルギーを使って、ロケットの最終組み立てを行っているはずだ。
地球の常識など通用しない、真の「特異点」。
「……さて。
次は宇宙ですか。
胃薬の追加発注をしておかないと」
日下部は誰に言うともなく呟き、薄暗い廊下へと歩き出した。
世界の目はビーカーに向けられ、誰も空の彼方から迫り来る「鋼鉄の星」の足音には気づいていなかった。
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