「無理しなくていいよ」
そう言った美香の顔は歪んでいた。
……………馬鹿。
お前の方が無理してんじゃんか。
オレは美香を思いっきり抱きしめた。
「大和…………?」
そう言った美香の声は震えていた。
俺は更に、美香を自分の方へ引き寄せる。
「大和………………」
呟いた声は、俺と美香の沈黙を破った。
俺は、口を開く。
「俺……………」
「うん」
美香の声は、これでもかというほど小さかった。
「死ぬんだな」
俺の余命は、今日で最後だ。
多分。きっと。
俺は癌だ。
あちこちに転移していて、手の施しようがない、かなり重傷の癌を患っている。
あっさり余命宣告をうけられたよ。
「そんなこと無い!大和は、絶対死なない!余命だって、もしかしたら、外れるかもしれないし………!」
瞳を潤ませて必死に俺の言葉を否定する美香。……………ありがとな。
その気持ちだけで、俺は満たされる。幸せになれる。
俺もなにか言おうとしたが、無理だった。
もう、迎えが来たみたいだ………。
俺は、目をそっと閉じる。
「……大和?」
耳の奥まで、はっきりと届く美香の声。
最後の瞬間に、大好きな人の声が聴けて俺は幸せ者だ。
「…大和!?ねぇ、返事して!?」
ごめんな。
声が、出せないんだ。
俺は美香の姿を見たくても、神様が許してくれねぇ。神様、ほんの少しでいいです。
ちょっとの間で良いから、力を下さい。
もう一度だけ、後一度だけ美香を抱きしめたいんです。
「大和!このままお別れなんて、嫌___」
俺は、震える腕をなんとか動かし、重い瞼を開く。
そして、涙でぐしゃぐしゃになった美香に、そっと、優しく口づけをした。
「強く、生きれよ。俺は、ずっと……」
頼む、俺の口、動け………!
「ずっと、美香を愛してる……」
言えた。
死ぬ前に、絶対に言おうと思ってた言葉を、やっと言えた。
神様、ありがとうございます。
言いたい事が、言えました。
耳元では、機械のピーーーーー…という音と、泣きじゃくる美香の声が聞こえる。
「大和!?ねぇ起きて!?ヤダッ、ヤだよ、起きッ______ゥッ」
不思議だな。
俺は、もう、絶対に死んでいるのに。
音が、声が聞こえる。
きっと、神様からのプレゼントだ。
本当に、ありがたい………。
「うぁぁぁぁぁぁぁ、!えっ、ビッグ、や、やま、大和ぉ!私も、愛してる!!ずっとずっと愛してる!!忘れない、絶対に忘れないよぉ!あ、あぁぁぁぁぁぁッ!やま、とぉ……!うえっ」
泣きじゃくる美香。
ごめんな、先に逝っちまって。
いつかまた、何十年後に会おうな。
俺の耳は、いつの間にか聞こえなくなっていた。
end
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