120体のアンデッドたちに命令を出した俺は、その後、周辺調査を兼ねて、拠点建設地区より東の森林へと足を向けていた。
数体の骸骨を引き連れて探索した結果、東の森林にはモンスターのようなものは生息しておらず、代わりに木の実などの食物類が大量にあることがわかった。
モンスターに関してはそもそも、この世界に存在するのかどうかもまだわからない。
俺が生み出した奴らはあくまで俺が作り出した存在であり、この世界に原住するモンスターとはまた別種のものだからである。
鳥の鳴き声は森に入ってからずっと絶えないから、小動物の類は生息しているらしい。あるいは、姿を見せないその鳥もモンスターの一種なのかもしれないが。
「私たちは食事をしないので、これらの木の実は召喚主さまがお召し上がりください……」
森林の中央、少し開けた場所に腰を下ろして休憩している途中、一匹の骸骨におそるおそるそんなことを言われて、俺はまた一つ大きな事実に気付いた。
「そうか、飯もいらないのか。大規模な戦闘になったら、兵糧もなくていいってことだな。やっぱり強いな……。何か他にデメリットは?」
「特にありません……」
恐縮したように骸骨は俯き、それ以降、口を開こうとしなかった。
『地獄骸』によると、最底辺であるD級モンスターからすれば、俺は神をも超越する存在なのだそうだ。
それはそうだ。アンデッドを束ねる神的存在はSS級に設定してあり、彼らの言う通りなら、俺の立場はSS級よりも上なのだから。
「でも、これからどうするか。目標も特にないしなあ」
それが一番の悩みだった。
勇者として転生したならば、魔王を倒すという目標がある。
だが、残業中にただ転移してきた一般人の俺には、目標などあるはずがない。
だが、こうして自分の生み出したモンスターと会話をすることができるのは、とても興味深い経験だった。
今回はたまたま、一緒に転移してきた紙資料が文字召喚を発動したが、一から仕組みを学び、その技術を極めてもいいかもしれない。
「この世界で最強の文字召喚術師を目指してみようかな。けっこう、熱中できそうだし」
昔から、創作することは大好きだった。
学生時代から趣味として小説などを書き、ゲーム会社に就職した。
それはずっと熱中していた創作を仕事にしたかったから。
だが、仕事としてこなすのは趣味とは別だった。今の仕事に熱中できているかと聞かれたら、俺は答えを濁すだろう。
だからこそ、こんな世界に来てしまったのだから、自分の好きなものを好きなだけやれたらいいと思う。
「うん。最強の文字召喚術師……面白そうだ」
少しだけ、心が晴れた気がした。
「――それで、なんなのこれは?」
馬鹿すぎて怒る気にもならない。
東の森林から拠点建設地に戻った俺が見たのは、大量の骨でできた五階建てくらいの建造物が出来ていた。
元の世界の尺度だと、かなりの大豪邸といった感じ。
「はっ。まだ仮のものではありますが、邪悪な存在に相応しい居城を用意いたしました。骸骨型モンスター『雑魚と呼ばれる死後』の能力『骨生成』を使って大量の骨素材を用意、その後、それらを組み上げ、高位モンスターたちの粘液や魔法を活用して、建造物を仕上げました」
「いや、そんなのはどうでもいいんだけどさ」
俺は目の前にそびえたつ大豪邸を見上げて。
「どう考えても目立つんだけど……」
と、大きく息をついた。
東の森林を出た時からまさかとは思っていた。さっきまで明らかに存在していなかった白い謎の物体が視界には入っていたが、考えないようにしていた。
だが結局、それは暗黒の民によって建造された俺の居城であり、そしてそれは、とってもとっても目立つ。
草原にない白色、丘の上、超豪邸、周囲は見晴らしが良い。
物件的には最高だ。俺にとっては最悪だが。
「この建造物を見て、討伐隊とか来たらどうするつもりなんだ?」
怒る気力も怒らず、疑問を投げかけると、
「滅します」
即答。『地獄骸』は迷うことなく即答した。
「あー、そういう思考か~~」
もうこれ、完全に魔王じゃない? 魔王が手下に拠点作らせて、町襲おうとしているようにしか見えないんだけど。
「悪いけど、こんなとこ誰かに見られる前に一度、その大豪邸を破壊して――」
と、俺が指示を出そうとした時。
「ひぅ……!」
背後から、小さく怯えるような声が聞こえた。
柔らかく、愛らしい声質。どうやら女の子のようだ。……ん?
「女の子……?」
そんなもの、120体の召喚モンスターの中にいなかったはずだ。
ということは……ついに恐れていたことが……。
俺がおそるおそる振り返ると、そこにはやはり、女の子がいた。
愛らしい大きな瞳に、小振りな桜色の唇。茶色の髪は肩にかかる程度で、草原のそよ風で毛先が小さく揺れている。
白を基調としたブレザーのようなものを着ていることもあり、年齢は若く見えた。日本でいうと高校生くらいだろうか。全体的に発育がいいのか、胸部はかなりジャケットが盛り上がって強調されていた。
スカートも短く、そこからすらりと伸びた白く細い足に一瞬、視線を奪われる。が、俺は強い精神力でなんとか視線を彼女の顔へと戻した。
「ひぅぅ……」
情けない声を出して、後ずさりする彼女。
丸い瞳には遠慮なく涙を浮かべている。身体は大きく震え、今にでもこの場から逃げ出しそうだ。
だが、足も竦んでいるせいで動けないらしい。
俺は、彼女に完全に怖がられていた。
後ろにじりじりと下がった彼女は、地面に転がっていた石に気付かず、「きゃっ」とその場に尻餅をつく。
そして、絶望した表情で言う。
「ま、魔王……!」
「魔王じゃねえ!」
ほら! 誰でも絶対に勘違いするよ、この状況は!
「ひゃ、百体以上のアンデッドを文字召喚して使役するなんて、この世の存在とは思えない……お師匠だって、十体のモンスターを召喚するのでせいいっぱいだったのに……」
逃げられない状況を悲観したのか、目からだーっと涙を流しながら、彼女は目をこすりこすりそう呟いた。その口ぶりから文字召喚を知っていることがわかる。
ちょうどいい。文字召喚については詳しいことを知りたかったのだ。文字召喚について彼女から聞き出し、この辺でちゃんと知識を整理しておくのもいいだろう。
俺はぺたんと尻餅をついたままの彼女に近寄って、手を差し出す。
「ほら、立て」
「……え? あなた、悪い人じゃないの?」
「言っただろ。俺は魔王でもないし、ただの一般人だよ」
そう告げてもしばらく、彼女は座り込んだまま目を白黒させていた。
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