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そびえ立つ碧色の山は、これ程にないほど澄んでいた。サーフィーからしてみれば、それは勝利の景色でもある。今から約七十年も前に始めた反社の仕事も捨てたものじゃない。

そう思って岩の上に腰を下ろした。

「何やってんですかい」

背後から低い声が聞こえ、サーフィーは振り向いた。そこには、ダルメシアンの獣人が木に寄りかかっている。「なんで此処に」と声をかけられずにはいられなかった。

「いやあ、ボスの兄がお帰りになったと聞いたもんでえ。知ってますかいな?」

相変わらずの媚びるような目つきは、サーフィーの癪に障った。仕方ないので、体の向きをゆっくり変えて腕を組む。

「知ってるよ。安心した……この仕事辞めようかな」

独り言のように呟いたつもりが、ダルメシアンの耳には入っていたようで驚愕を生み出した。

ダルメシアンは一気に距離を縮めて身を乗り出した。

「なんでですかあ。ボスが辞めたら、ボクも辞めちまいますよ」

「ディフィスィ、俺はね。兄ちゃんは何処かの誰かに殺された、そう思ってたんだ。だから復讐を試みていた。けど……違った。兄ちゃんは生きている。だからこの業界に用はないよ」

サーフィーはそう言い捨てると、立ち上がりピストルを捨てた。

「じゃあね」

手を振って岩から飛び降りると、サーフィーの姿は消えていた。

「兄ちゃん」

家まで訪ねてきて扉を叩く。巻き毛が目許に垂れて邪魔なのか、何度も耳に掛けながらも扉を殴り続けた。

やがて扉が開き、エバンが頭だけを出す。

「サーフィーか……少し待て」

淡青の目でサーフィーをしっかりと見て訴える。サーフィーはやむ無く小さく頷いた。それからどれだけの時間が経っただろうか。一向に扉は開かない。背後からの夕日は力強い明るさを振りまいて、あたりを茜色に染めた。

「すまない、待たせた」

エバンの角や体から水滴が垂れている。服は急いで着たようなマント。サーフィーは怪しいなと目を光らせた。

「何してたの?」

首を傾げて訊く。髪がサラリと揺れた。エバンは溜息をついて、玄関まで手招きして入れると扉を閉める。

「とある実験だ。二人でしていたが、薬品で汚れてしまった」

たった数時間前、クルルとエバンは実験をしていたのだ。実験動物に他動物の細胞を入れて、他の個体に似せるキメラ計画。成功したのは、猫とネズミのキメラだった。

成功させたのはクルルで、二人ではしゃいでる間に薬品を被ってしまったらしい。

その話を聞いたサーフィーは「馬鹿じゃないの?」と笑った。

「肝心のクルルって子は何処?」

椅子に座ってコーヒーをすすりながら訊く。キッチンに居るエバンも、コーヒーを淹れている最中だ。

「浴場で体を洗っている。毛色が変わったら大変だからな」

簡単に返事をしてソファーに腰掛ける。すると、玄関の左側。浴室からクルルの声が聞こえたのだ。

「先生〜、誰ですか。違う人の匂いがしますよ」

弟だ、と返事をする暇も寄越さずドタドタと走り回る。そして扉がどっと開いた。

クルルの髪は濡れビショビショになり、上から羽織った白衣は透けている。ジーパンは普通に履いたようだったが白衣にしか目がいかなかった。

「ちゃんと拭かないから〜」

サーフィーは苦笑し、自分のマントを羽織らせた。クルルは「ありがとう」とだけ伝えて隣の椅子に座る。暫くして顔を上げた。

「誰だ?」

「サーフィー、エバンの弟だよ」

胸を張ってこの通りと表現する。クルルは彼が弟であることを了解した。

「へえ、俺はクルル。サーフィーは先生とどれくらい離れてるんだ?」

敬語を使うべきか分からなかったため、そう質問すると返事は意外だった。

「三歳。お前と同じくらいかも」

予想は当たっていた。二人は同い年なのだ。それに気がついた途端、敬語は使わなくて良いと判断した。

「同い年ならいいか。何か用事でも……?」

顎を引いて聞く姿勢に入る。サーフィーは力を抜いて、と優しく笑った。

「いや、お前の顔を拝みに来たんだよ。可愛らしい奴で良かった〜」

口説きのような言葉をさらりと流して、クルルはぺこりと頭を下げた。

「まあ、ありがとう。俺と先生はさっき会ったばかりだが、助手としては認められるのか?」

本当に、今さっきの出来事。出会って一日すら経っていない。それを不思議に思ったが、サーフィーは頷いた。

「うん。これから長くなると思うよ……クルルはしっかりしてるからね」

白い睫毛が重なり、口角が上がる。整った顔が異常なほどに美しく見えた。それに見惚れて、クルルはバレないように唾を飲む。

「俺なんて……出来損ないだろ。ねえ、先生?」

体を後ろ向きにして、エバンに肯定を得ろうとするものの否定された。

むしろ、エバンは飲み干したコーヒーカップを眺めながらこんなことを口にする。

「身体をあんなのにされて、俺のような他者を信用する姿勢は『しっかりしている』と言える。……悪く言えば馬鹿だ」

ふん、と鼻を鳴らす。クルルは呆気にとられて黙り込んだ。

「俺って馬鹿ですか?!」

息を吹き返したように大声で言う。エバンはうんうんと頷いた。

「少しは疑わないと危ない目に遭う。それくらい分かるだろう?」

軽蔑を含まない、如何にも冷静な言い様だった。

エバンは急に立ち上がると、自分とサーフィーのコーヒーカップを洗うためキッチンまで足を運ぶ。クルルも急いで椅子から離れた。

「俺がやります。サーフィーと話していてください」

嫌な顔せずコーヒーカップを洗うクルルのことを、エバンは真顔で見つめた。有り難いという感情の先に申し訳無さが湧き出て、黙り込んだのである。

「ありがとう」

洗い終えた頃、エバンは軽く礼を言って席に戻る。サーフィーは淋しく笑って、懐に手を入れていた。

「俺さ、仕事辞めたんだ」

震えたような声でエバンに告白した。特に大きな反応はなく、へえと相槌を打つだけだ。

「失望しないでね。俺は今からでも外科医目指してるから」

付け加えるように言う。クルルは驚いたような表情を見せて一番先に反応した。

「お前、医者じゃなかったのか」

サーフィーは苦笑いして、懐から煙草を取り出した。そして、二人に断ったあと火を点けて咥える。

「うん。他の仕事しててね……軍に関わるような仕事だったんだ」

嘘ではないだろう。ふうと白い煙を吐き出してクルルに吹き掛ける。特に深い意味合いもなかったが、事実を覆い隠すような気持ちだった。

「軍か、良いなぁ。それにしては香水の匂いが染み付いているみたいだが……」

目を細くし、サーフィーのことを睨むように見つめる。碧い瞳が恐ろしいほどに深くなった。

このままだと悟られてしまう。そう思ったサーフィーはクルルの首に手を回して、石壁に押し当てた。

「俺は軍人だ、わかったね?」

低い声で耳打ちすると、クルルは怯えたように肩を窄めて頷く。

「……はい」

一方、椅子に腰掛けていたエバンは止めなかった。何故なら香水という言葉の違和感に体が動かなかったのだ。もしかしたら、ハニートラップをするような仕事に? それとも普段からなのか。それならクルルの言葉に動揺するわけがない。

思考を頭で爆発させて、ジュワジュワと分解させる。何となく予想はついていた。頭の中では認めたくないという気持ちが勝っていたが、昔からの癖には逆らえない。

事実が知りたい、と。そんな気持ちに侵されるのである。直接聞いても良い反応は得られないと思い、少し考えた。見抜く方法なんて軽く千はある。

エバンは気配を消して立ち上がった。そして、何かを言っているサーフィーの後ろに立つ。

「そういえば、手紙が届いていたんだった。お前が来るほんの少し前に……暗号のような」

「見せて」

クルルから手を離して、ゆっくりと振り返る。表情は冷たく、いつもの笑顔ではなかった。

「実験室まで取りに行ってこよう」

表情を変えることもなく身を翻すと、扉を開けて部屋をあとにした。やがて静寂に包まれ、クルルは崩れ落ちる。

「っは……昔から殴られてたけど圧が……」

荒い呼吸になり、言葉が途切れ途切れになる。胸が膨らんだり縮んだりするのを見て、サーフィーは自分のしたことに気がついた。何歩か後ろに下がり尻餅をつく。

「ごめ、そんなつもりじゃなかったんだ」

白シャツは既に汗で濡れていた。冷や汗が止まることもなく、心臓の音は時計のように止まらない。クルルの瞳にはそれが写っていた。

「Zljb ql Jq. Ixjrf xq qeobb l’zilzh fk qeb jlokfkd」

エバンが読み上げ、紙を渡す。セリフ体で作られた暗号は、何処か見覚えがあった。サーフィーは右側にある木の棚から羽ペンを取り出し、何文字かずらす。それを書き出してみると、Come to Mt. Lamui at three o’clock in the morningというメッセージになった。

「前も似たことがあったんだよなぁ〜、困るよね。こんな事言われても」

困った顔をするサーフィーを見て、エバンは只者じゃないと自身の考えに確信を深めた。その中で、ただ一人目を丸くしているのはクルルである。耳を垂らして尻尾を微かに振り、興味を示していた。

扉をノックする音が聞こえ、すぐにエバンは部屋から出た。それから玄関まで来ると手紙が差し込まれていて、白い紙に包装されていた。

「誰からだ?」

疑問に思い、部屋に戻りながら包装紙を剥がす。中には少し分厚い紙が入っていて、一枚一枚めくってみると度肝を抜かれた。

「何て書いてるんですか?」

後ろからクルルが覗き込む。そこには、有名な総合病院の医院長から「ここで働かないか」という誘いの言葉が綴られていた。

「凄いですね……そこ世界一って聞いたことがあります。整備されてるし名医しか居ないって」

サーフィーも働くべきだと頷きながら言った。元々、エバンも病院で働きたかったため、即座に返事の手紙を書き魔術で送った。杖を振れば、手紙なんてすぐに送れるのである。

サーフィーとクルルの二人は手を合わせて飛び回っていた。何より、本人よりも欣喜雀躍していてたっぷり三分間は喜びのを爆発させていた。エバンも、それを見て薄っすら笑みを浮かべる。

彼にとっては朗報だったのであろう。

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サーフィーさんが仕事辞めてよかった🫠(ずっと家族で幸せにやっててくれ(切望)) 深追いは時に身を滅ぼしますよ先生…!!(震え声)(心配) みんな喜んでて可愛い☺️

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