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テラーノベル(Teller Novel)
獣人医療

獣人医療

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第3話

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2024年03月13日

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薄闇は耳を劈くような雨とともに消えた。薄ら輝いていた月も隠れ、水溜りには家々の灯りが映っている。

風呂の中で足を伸ばし、目元まで浸かっていたサーフィーは雨の音を聞いた。今日は満月になる予定であったのに、と思いながら自分の脚を撫でる。筋肉質で柔らかさはあまりなかった。

一方、エバンは狂ったように羽根ペンを走らせている。脳の簡単な絵に、手術の様々なパターン。神経細胞などをイメージより遥かに分かりやすく……書き殴ってこそ分かるものがあった。あるときは手を動かして練習してみたり、指示するときの道具などを頭で瞬時に考える。訓練でもあった。

そんな二人を不思議そうにクルルは見ている。勉強する意味もわからず、風呂とは何かも知らない。全てが不明。曇天の下の孤独のようだった。雨の音がいつもより近い気がしてならない。クルルは勇気を振り絞った。

「先生……医学、教えてください」

俯いて、ちらりとエバンを見る。答えはポンと投げ出された。

「……今日は無理だ。本棚の右側の教科書は医学の基礎だから、読み漁ってみると良い」

言われた通りすることにした。クルルは教科書を何回も読んで頭に叩き込む。異常なほどに集中したらしく、ノートを借りてはメモしたりした。

サーフィーが部屋に戻ると、あっと声を上げる。

「二人共勉強してるじゃ〜ん! 混ぜてよ」

尻尾をブンブン振りながらクルルの隣に座る。教材はいくらでもあるため、一番得意な宗教なんかに手を付けた。

「サーフィー、それって……」

鉛でも飲んだように言葉が詰まる。サーフィーはそれにも気が付かず、笑顔で言った。

「太陽神信仰のルディール教……知ってる?」

あまりにもキラキラとした笑顔を向けられ、クルルは眩しくなった。顔が太陽と重なる……自分が太陽なのだが、煌めいている。そんなことを思いながら、ふと頭に疑問が浮かび上がった。

「知ってる……あ、好きな神は何だ?」

「んー? 太陽神っしょ。神頼みするなら太陽って決めてるんだ」

睫毛を伏せて、口許を緩めた。元はクリスチャンだった兄や自分も、ルディールが好きになったのだ。

束縛的な教えがなく、唯一綴られているのは、自由であること、そして知識を蓄えることが大切だという教えのみ。神話なんて、酷い有り様だった。地獄の悪魔と天国の天使が、お互いを欺いて崩壊していく様子を書いたものなのだ。クルルは実際に見ていた。

「見たのか」

興味無さそうに、ポツリと出た言葉。クルルはハッと息を呑んで横を向く。髪が目許に掛かっても気にならなかった。

「知ってますか。地獄が壊れても尚、悪魔は神になって生きてるんですよ。だから病気があるんです」

エバンは鼻で笑い、瞼を閉じる。

「それは、細菌やウイルスが悪魔だと言いたいわけか」

そのあと、暫く勉強をして零時を過ぎると寝室へ向かった。しかし、ベッドは一つしかない。三人は数分話し合って結論を出した。

サーフィーはソファー。エバンにクルルは同じベッドで寝ることにしたのだ。

「これがベッド! ふわふわしてますね!」

珍しそうに見つめながら、クルルは体を伸ばした。更には、俯向けになり枕を突付いている。

エバンは灯りを消して、壁際に仰向けとなった。そして、一言。

「三時から出掛けるから、お前は寝てろ」

ぐっと布団を首まで上げる。クルルは一瞬目を大きくしたが、ゆっくりと頷いた。

「え、はい。雨が降ってるから、お体冷やさないようにしてくださいね」

「ああ。すぐに帰るから大丈夫だ」

その言葉はクルルを安心させた。やがて彼が眠りにつくと、エバンはクルルの背中を軽く撫でる。そういえば、幼いとき泣いていたサーフィーに同じことをした記憶があった。何故か同じ心境になり、三時近くまで撫で続けたらしい。

時計の針はチッと動いた。あと十分で三時丁度。行かなければ、と起き上がりバレないように廊下へ行く。扉を開けるのは至難の業であった。

外に出たらこちらの勝ちだ。ラムイ山まで翼をはためかせ、空高く飛ぶ。雨に濡れながら霧の奥に消えていった。

サーフィーもまた、時計の針を見て起き上がる。懐に入れているピストルや手榴弾を確認すると。黒いマントを羽織り、フードを深く被る。やがて足音一つ立てずに家から出た。

ラムイ山の頂点には、汚れた石の建物がある。それは、元々栄えていた文明が途絶えた証拠でもあった。周りの青々とした樹木は雨によって暗くなり、苔は岩まで張り付いていた。

エバンは素の姿で堂々と立っている。やがて、サーフィーの姿を見ると、ふっと笑った。

「そうか。お前は、そっちの道を選んだんだな」

絶望で黙り込むサーフィーを見下ろしながら、三歩ほど近づいた。彼の心は思考の渦が渦巻き、同時に冷静な心情だった。

「騙したんだね」

思った以上に落ち着いた声。淡々としていて、目が据わっている。お互い向かい合って、暫くお互いの目を見つめ合った。

「知られたから諦めるけど、知って何になるの? 知って、俺のこと嫌いになった?」

首を傾げて瞳孔を細める。恐怖もなく、怒りもない。無の空間となった。エバンは見下ろすように目を細めて顎を引く。

「俺がそんなことで弟を嫌いになると思ったか? だとしたら、大きな間違いだ」

低く言うと、身を翻して背を向ける。翼を閉じて堂々と歩いていた。

ある意味安心したサーフィーは溜息をついて、思い出したように声を上げる。

「俺、この仕事辞めたから。兄ちゃんみたいに優秀になるから。許して」

命乞いでもするかのように──近づいて上目遣いする。いつの間にかパーカーは下がっていた。

「俺を目指すな。俺がお前を許して何になる?」

冷淡になると、すぐに足を止めて振り返った。

「許しを求めて医者になるなら、辞めた方が良い」

サーフィーは彼の背を見て、咽び泣いた。エバンはそれを察したが、振り向くこともなく飛び立つ。渋い赤紫の鱗のみが月光で光った。

家に帰り、寝室まで向かうと電気がついていた。あえて扉を開けずに、耳を澄ます。ガサ……ゴソ……何かを漁り、はぁはぁという吐息が聞こえる。流石に、疑問と好奇心が混ざり始めて扉を少しだけ開けた。そっと覗いてみると、クルルが手紙を漁っている。そして、何かをメモしているのだ。

「何をしている」

ついに扉を開いて、エバンが部屋に入り込んだ。扉に鍵をかけて、クルルにどんどんと攻め寄る。

「な、何って……記号をメモしてるんですよ」

床に置いているノートを手に取り、エバンに見せつけた。そこには、記号ではなくアルファベットが綴られている。

「これは、文字だ」

アルファベット、それは大分前に消え去った文字であった。クルルは文字を覚えていない。いや、知っているがそれを文字だと思っていないのだろう。

エバンはクルルの持っている手紙を取り上げると、内容に目を向けた。

「これは、俺の先生からの手紙だ。内容は──」

最愛なるエバンへ。

久しぶり、長い間会ってなかったな。元気にしてるかぁ〜? 俺は元気だぜ。

最近冷えてるから、体温めて寝ろよ? エバンは無理して身体崩しちまうから……。

そういえば、サーフィーはどうだ。身長、伸びたか? お前ら成長期なんだからちゃんと教えてくれよ。返事待ってるからな。

愛を込めて。ルシア・ロバートより。

「……へえ、そんなことが……」

手紙を眺めて呟く。エバンも表情を緩めて、懐かしいなと想起した。普段、会えないときは手紙でやり取りをしたものだ。信じられないほどの長文のときや短い文章。悩みなんかは手紙に書き出していた。

「お前にはドイツ語を覚えてもらう。……ラテン語も、英語も。フランス語もだ」

放り出されているゴチャゴチャした手紙や封筒を引き出しに直す。床に座ってエバンを眺めているだけのクルルは、少し申し訳無さそうにノートのアルファベットを眺めていた。

「その……言い忘れていましたが、体拭きますよ」

ハンカチを取り出して、エバンの肩から拭く。雨水がポタポタと垂れていることに、今気がついた。悪いと思い、ハンカチを取ろうとしたがクルルは首を横に振った。そのまま、全身拭いて着物を渡す。

「ありがとう」

着物を両手で受け取って、爽やかに礼を言うとさっさと着替えた。服が濡れていたものが、振り返ると乾いている。周りに落ちていた水滴も消え去っていた。

「……何故、乾いた?」

驚きのあまり瞳孔を糸のように細めた。まるで猫のようだとクスクス笑い、彼はエバンの手を両手で握る。

「俺は太陽神です。ポカポカしてるでしょ」

夏は熱くてたまらないけどな。

エバンは鼻で笑って、彼の頭をワシャワシャと撫でた。少しの間、クルルは照れくさそうにしたが、嬉しそうに尻尾を振る。太陽神で良かった、と心から自分を褒めた。

窓から柔らかな光が差し込み、朝を迎える。真夜中に降っていた雨は、もう止んでいた。サーフィーはエバンの家から出ると、たった一人教会に腰を下ろしていた。

「やあ」

背後から声が聞こえて、振り返る。そこには反社をしていたときの上司・リスティヒが立っていた。

「辞めたと聞いて驚きましたよ。何やら暗い表情ですね、大丈夫ですか?」

眉をひそめて、心配そうな表情を作る。サーフィーは不愉快だと肩を落とした。

「兄ちゃんのために働いてきましたよ。今までね。けれども、冷酷にされてしまいました。いや……私が間違えたことをしたまでなのです。お気にならないでください」

素っ気なく答えて、席を立つ。途端、脚を杖で突かれてしまった。痛みで跪くと、リスティヒの大きい手が頬を撫でる。

「貴方のお兄さんは、貴方のせいで苦しむことになりますよ。仕事をやめてしまったら、お兄さんの名誉も命も消えることでしょう」

にいと口角を上げて、白豹特有の目を輝かせた。体は骨っぽくて頬に当たる手さえが骨のように思えた。

困り果てたサーフィーは上目遣いしながらも、リスティヒのことを憎く思った。そんなことで脅されたら、言い返すことさえ出来ないではないか。そのことを分かったうえで、リスティヒはそんな話をしたのだ。それに気がついた途端、悔しさと怒りで喉笛が鳴りそうになる。胸には悲憤を含んだ水のようなものが溜まるように感じた。唯一動く目だけで、リスティヒを強く睨みつける。しかし、それは意味をなしていなかった。ガラスの光は教会全体を覆い尽くし、十字架にかけられたキリストも光り輝いている。

リスティヒは相変わらず口許を歪めて笑い

「お返事待ってますよ」と言葉を吐き捨てた。

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