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樂々
扉を抜けた先、僕たちの目に映ったのはよくオープンワールドゲームで見るような世界。鬱蒼と茂る木々に、遠くに見えるは大きな街。それから、開けた草原に、小さな町、そして僕たちが降り立った山。
ここが会場という名の戦場。とても血が流れるような場所には見えないけど、僕たちがそれを変えていくのだろう。
「どこ行くの? 決まってないなら、とにかく山降りようよ」
山は見通し悪くて、いつ襲撃されるかわかりゃしないよ、と座間は少し頬を膨らませる。こりゃ、機嫌を損ねる前にさっさと降りたほうがよさそうだ。
「降りるのはいいけど、どうしてそんなに急いでるわけ?」
下っている最中、ふと気になったから聞いてみた。座間が我が儘なのは10も100も承知だが、にしても、な気がした。彼女は僕よりも何百年と長生きしているため、その経験則からなんだろうけど、僕からしてみれば山は身を隠すのにはちょうどいいと思ってしまうのだ。
「そりゃあ、山の主が怖いから、かな。相模原、もし山で、少人数同士で戦うとなった場合、優劣が出る部分ってどこだと思う? あ、相手が誰とかは考えないでね」
座間からそう問われ、思い当たることを探す。個人を考えないとするならば……。地の利、しかなくない? 僕がそう言うと、彼女は半分正解、と頷いた。
「どれだけ山というものを知っているかという前提知識、視野、それから地の利。少なくとも、山に対して前提知識を持った奴なんてごまんといるよね。座間たちの身近だと八王子とかね。視野に関してもそう。視野が広い奴なんてたくさん見てきたんだ。…少なくとも座間にも相模原にも、ここは向かない戦場だと思ったから。さっさと降りるに越したことはない」
……って思ったんだけどね、と、座間が続けようとした言葉は出ることがなかった。
背後に感じた違和感。明らかな殺気、殺意。
――敵。
ビュンッ
風の通り抜ける音が耳元で聞こえた。あぁ、最悪だ。この手の攻撃を仕掛けてくる相手を、よく知っている。土地精霊でありながら唯一風を司ることのできる怪物。
座間もそれに気が付いたのか小さく舌打ちをした。
「チッ…はぁ、全く、軽率に話題に出すものじゃないね」
「……僕もそう思うよ」
山林を形成する大きな樹木の枝から見下ろしてくる2つの影を見据える。あぁ、よかった、間違ってない。そして”最悪”も確定した。
「うわ~、すっご、八王子の攻撃ってああいう風に飛んでくんだ~。おもしろいね!」
「……でも外した。やっぱ腕が訛ってるな……」
八王子。そして町田。
正直言って、いま一番相手にしたくない人たち。
「どーする? 座間は町田と正面から戦えないんだけど」
「どうするもなにも逃げるしかないって!」
止めた足を再び山を下りる方に向ける。後ろの方から、あ、逃げられる! と町田の叫ぶ声が聞こえてくるが聞こえないふりをしてとにかく距離を取る。幸い、八王子は最初以外遠距離からこちらを狙ってくることはなかった。
ただ、追ってきてる。……どうしよっかな。
僕が悩んでいる間に座間は結論を出したのかぴたりと動きを止める。
……え、ちょっとそれは不味くない?!
そう思ったのもつかの間、座間は一瞬しゃがむと何かを手に取ったように握りしめると、それを後ろに迫ってきていた町田に投げる。
……あ、砂……うわぁ。
座間が何をしたいのか解った瞬間にスゥっと背筋が冷えていく。僕はお前が怖いよ。
「うわッ」
町田の動きが止まる。目を守るように腕を動かす。――あ、今だ。アイツはいま前が見えない。八王子はまだ少し遠い。これなら逃げ切れる。
咄嗟に座間を脇に抱えて木々の間に身を隠しながら、急いで駆け降りる。ちょっと! と座間から苦情が聞こえたが気にするか。とりあえずこの場所から離れるのが賢明だろう。
なんとか山を抜け、森を抜け、山から見た小さな町にたどり着いた。抱えていた座間をそこら辺に放って、辺りを見回す。僕たち以外誰も見当たらないあたり、ひとまず安心していいはずだ。
はぁ、と乱れた呼吸を整える。ようやく落ち着ける。
早くそこら辺でぷんぷん頬を膨らませている座間を宥めて本題、作戦会議に入りたいところだ。
考える。
これからどう動こうか。たぶん、勝てないことはないと思う。……ただ、ゲームとはいえ、殺し合いとはいえ本当に殺めていいのか? その決断が、覚悟が、僕にはまだできてない。
――そもそも、どうしてこんなことになったんだっけ。すべてが突拍子過ぎて解らないことだらけだ。
……本当に、このまま進んでいいのかな……。何か、間違えている気が、道を踏み外している気がしてならない。でも、僕はこの違和感を上手く言葉に出来ない。
もしも昔を知っていたら彼女のようにあっさりと現状を受け入れることが出来たのだろうか。
いや、IFを考えることはやめよう。結局今はこれまでの僕の積み重ねの結果なわけだ。IFなんてない。
座間から、この村探索しよーと声をかけられる。構わなかったことに拗ねたのか、彼女は僕の横をすり抜けてさっさと一人で歩いていく。
僕は当然のように頷いて彼女の後を追いかけ、目の前の家のドアを開ける。
ドアを開けた先は、電気のつかない暗い部屋だった。
・・・・・・
ザク…ザク…….ザク…ザク……。
大地を踏みしめる音だけが俺の耳に届く。ただひたすらに、木々の間を歩く。話すことがないわけじゃない。話すことは話し切った、だから他の奴らに見つからないように、バレないように、互いにひっそりと息をひそめるだけ。
ふと相方の伊勢崎が立ち止まった。何か違和感があったのか? つられて俺も立ち止まる。
「……後、付けられてますね」
伊勢崎が指元でピンと張った糸を見せてくる。
「お前の糸って視覚共有的なものあったっけ?」
「違いますよ。これは、トラップのようなものです」
何の細工もしていない糸を私たちが辿った幾つかに張り巡らせ、その糸を踏み抜けば私の指に巻き付いた糸へ伝わる、ということです。そう彼女は少しドヤったような顔をこちらに向けてくる。…あぁ、はいそうですか、と冷めたように言うわけにもいかず適当に頷いて相槌を打っておく。……心のこもった返事をできたかなんて、わからないが。
3つ、いえ4つですね、4つ同じところを辿られています。直近のものも抜かれました、と彼女は言う。
「……“誰か”が付いてきてるってことはわかるけど、それが”誰か”まではわからない……あってる?」
はい、そうです、と彼女は返事をすると俺の方を見てくる。
どうしますか? そう訴えられているような気がした。
考えよう。俺たちは自分たちにとって有利なところへ行くまで、下手な戦闘は避けたいところ、だが、相手は付けてきているあたりこちらの様子を窺っていると考えるのが妥当だ。本音を言ってしまえば撒きたいところだが、直近のトラップにも反応したとするとすぐ近くにいる。
なら、最善策は――撒くために、軽く戦闘を行い、姿をくらませられる時に逃げる。それしか無いだろう。
そう思った時だった。辺りを切り裂くような、轟音が聞こえたのは。
バリッ
明らかに鳴ってはいけない音が聞こえた。それと同時に、ミシミシと何か軋む音が聞こえる。俺ら二人に異常はない。そもそも、このあたりでそんな音が鳴るものなんて、1つしかない。
「え、木が――」
伊勢崎がぽつりとこぼした声は、木の倒れる音にかき消された。砂煙が辺りを覆う。慌てて目と口を守るように腕を組む。
何も見えない。
瞬時に分断されたことを理解した。伊勢崎の声も聞こえない。きっと俺の声も届いていない。
ならば、この砂煙に隠れた方が――。
ザクッ
背後から地面を踏みつける足音が聞こえた。
砂埃が落ち着いたことを確認して恐る恐る目を開ける。見えた人影に小さく舌打ちをする。伊勢崎は無事だろうか。確認したいがそんなことをしている暇もなさそうだ。俺が負けることはあまり考えていなかったが、これは結構難しい相手と当たったかもしれない。
「お前だったんだ。相方は誰?」
ねぇ、宇都宮。
「……さぁ、誰だろうね」
宇都宮が武器を取り出し構える。どうやら逃がすつもりはないらしい。こっちが先に仕掛けて撒けたら良かったんだけどなぁ、とか、今更思うことになるとは。
伊勢崎の方は無事だろうか。まぁ、彼女はそれなりに戦えるから、彼女を信じる方が賢明だろう。木の下敷きになってないなら、本当に何でもいい。
俺にとって、やりようによっては勝てる相手。ただ、少しでもピースがずれたら負ける相手でもある。
……最初っから最難関かよ……やってやろうじゃねぇか。
・・・・・・
「なぁんでこんなことなってんやろなぁ」
呟いた僕の問いに、前を歩く宇治は答えやしない。ちらりと僕の方を向いて、また前へ向き直って歩く。きっと、自分が聞きたいとか思っているのだろう。
解ってる、この呟きだって、僕のただの腹いせでしかない。巻き込んだ宇治に対して申し訳ないとは思ってはいる反面、安心もしていた。少なくとも、詰んでいない。僕がいて詰むような状況はそうそう起こらないと思うが、僕たちは限りなく”どこに対しても強く出られる”はず。
そうやって歩みを進めていた時だった。
パキッ
ふいに、何かを踏み潰した足音がした。揃ってその音の方を見れば人影が1人。
僕はそいつを知っていた。東京都特別区の――葛飾区、だったか。
その姿を見た瞬間に、サッと宇治が僕と彼の間に割って入る。こういうところは、本当に頼りになると思う。歴史柄こういうことに慣れているのだろうか。
辺りを見回しても、彼以外の人影は見えなければ気配も感じない。
「……あんただけやんな」
そういえば最初に東京都特別区に関する扱いの記述があった。……そうだ、彼だけなんだ。いくら特別区とはいえ、経済の中心地にもなれていない区。僕だけで十分だろう。これは、慢心じゃない。自己分析した結果なだけ。大丈夫。
大丈夫。
「……あんたなら、僕だけでええわ。宇治、いったん離れてくれへん?」
僕の放った言葉を聞いて、宇治は少し悩むそぶりを見せた。そして少し後、深い溜息をついたと思えばこちらを見据えてきた。
「はぁ……。ええよ、そやけど、無茶はせんといてな。先行ってるさかいあとから来てや」
正直、嬉しかった。心のどこかで、反対されるのではないかと思ってしまっていた。
ようやく、宇治が、僕を認めてくれた。僕を信じてくれたと思った。やっと、彼じゃなくて僕を見てくれたんだ、と。
彼はひらひらと手を振ると、対峙していた葛飾区から踵をかえして歩き出す。
「逃がすかッ!」
背を向けて去ろうとする宇治へ、葛飾区は小型のナイフを投げつける。
「あんたの相手は僕やろ。よそ見しとったらあかんで」
僕はそのナイフを得物である扇で撃ち落とす。ダメだよ。目の前に戦う宣言してる奴がいるのに、他の奴を見るなんて。
命取りになる。
僕が姉さんから教わったこと。
「ッ……2人でかかってこいよ……!」
「なして?」
言い訳にしたいだけだろ。僕と宇治、2人でかかってこられたから負けた。
1人相手に、僕に、負けたと思いたくないんだろ?
「……何が君をそこまで駆り立てるのかは知らへんけど、僕は本気で行かせてもらうで」
僕、日本で有数の大都市だよ? 易々と勝てるとは思わないで欲しい。
・・・・・・
どうすんの、どうしよっか。どこ行く、今見えるあの大きな街とかどう、遠くない? ……どうする、なにしよっか。……本当に戦い合い……殺し合いしなきゃいけないのか、しなきゃオレたちが死ぬだけ。
越谷と延々と繰り返した同じ話。そうやっていつものようにダラダラと話して、行きたあたりばったりでも何処かへ向かっていれば、きっと安全なところに辿り着くって、そう思ってた。
お互い、わかってたはずなのに。
こんな命のかかった遊戯が、そんな簡単なわけ、ないって。
ビュンッ
風を掻き切る音が耳のスレスレから聞こえる。かれこれどれくらい逃げ続けているのだろうか。解らない。少なくとも、僕は身を守るだけで精一杯。
「まっずッ」
ほんと、運がないよな、僕たちって。嫌なところに目を付けられた。
「ッ…草加、上!」
越谷の叫ぶような悲鳴を聞いて、その方向を向く。ドンッと重すぎる攻撃が上から降り注ぐ。何とか反応はできたものの、腕が酷く痺れる。木の上から先回りしていたのかタンタンと軽快に僕らの正面に降り立ったのは町田。
「……全く、もー、みーんな俺たちの姿を見たら逃げてくんだもん。面白くないよー」
背後から足音が聞こえたと思えばそこには既に八王子が立っていて、つまるところ、前門の虎後門の狼ってところだろう。左右はそこそこ大きい木に挟まれていて、逃げられる状況ではない。そもそも、彼らが逃げる行為を許してくれるわけがない。
「……悪いな。もう逃すつもりはなくて」
「そーそー、相模原たちに逃げられちゃったんだよねー。あ、恨むならあの2人を恨んだほうがいいよー?」
たぶん君たちより俺たちに勝てるビジョンあったのに、逃げたんだもん。
町田はそう言うと、どっちが相手してくれるの? それとも2人で? と言葉をつづけた。
最悪としか言いようがない。いや、命が懸かってるのに、最悪とか言ってる場合じゃないか。こればかりは僕たちの運のなさを恨むしかない。
息を吸って――吐いて――。
「……越谷」
「覚悟は決めた?」
「……あぁ、決めた。僕は町田――」
言葉が、出ない。本当に、言って良いのか。越谷を死線に送っていいのか。僕には、それが最善なのかわからなかった。
「大丈夫」
そういう声が、隣から聞こえた。
オレが八王子を相手する。
越谷ははっきりと言い切った。それだけで、僕は少しだけ楽になった気がした。やっぱり、こういうところは敵わないと思う。
越谷だって、きっと、怖くて逃げだしたくて、堪らないだろうに。それは僕が一番わかってるのに。
……そう、僕らが勝てる未来はたった1つだけ。僕が町田を早く倒して、八王子を2人で倒す。それが最善。
こっちが全力を出してようやく相手に届くか届かないかの差のある勝負。どんな無理ゲーでも、ちょっとなりと勝てる可能性があるから挑みたくなるもの。
出来るか出来ないかじゃない。やるしかないんだ。
・・・・・・
お久しぶりです。かれこれ3か月ぶりでしょうか。遅くなってしまい申し訳ないです。ここからは数話戦闘パートとなるため、たぶん恐らく今回レベルに機関が開くことはない……と思いたいですね。
また、新年度となり、KRS自身が新たな環境に身を置くことになったため、投稿頻度がさらに遅くなります。が、ちゃんとログインしていますし生きていますので安心して下さい。
出来るときにのんびり作品を書いていきます。失踪はしたくないです。しないつもりです。
一応ストーリーラインに関して、ほぼ四割がたはできてるのでご安心ください。Excelとメモ用紙を失わなかったらどうにかなります。逆に言えばその2つを失った場合死にますどうかよろしゅう……。
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