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恋がこれほどまで人をダメにするものだったとは知らなかった。
三十七歳になって初めて知った心の痛みは、対処法も分からないうえ想像以上に辛くて、こんな疼痛を抱えたまま北国へと渡るのかと想像すると、辛さに嗚咽が零れそうになった。
いっそのこと、西条との思い出が濃いうちに心臓でも止まってくれないだろうか。医者のくせにそんな不謹慎なことまで考えてしまう。
あれほど西条を関係を持てるのなら、どんな罰ですら甘んじると誓ったくせに。
――分かってる、覆水は盆に返らない。
最初に西条を騙したのは自分だ。どれだけ辛かろうが、その責任はすべて背負わなければならない。
「――――……生、……東宮先生っ!」
「うわっ」
突然、横から大きな声が耳に飛びこんできて、和臣は覚えず驚いて声を上げてしまった。
目を見開きながら声の方を向くと、こちらを膨れっ面で見つめる看護師の姿があった。
「な……なんですか?」
押し潰されるかのような威圧に負けて、自然と身体が戦いてしまう。すると、和臣が研修医の時から小児科病棟にいる練熟の看護師が、訝しげな視線を寄こした。
「何ですか、じゃないですよ。さっきかずっと呼んでるのに、ずっと上の空で!」
どうやら何度も呼ばれていたらしい。少しも気づかなかった和臣は、慌てて「申し訳ない」と謝った。
「先生、今日おかしいですよ。ぼーっとしてることが多いし、カルテの呼び出し間違えも多いし」
指摘されて和臣はハッとして、次の外来患者と目前の電子カルテの名前を確認する。
大丈夫、今度は間違っていない。
「もしかして体調でも悪いんですか?」
「いえ……ちょっと考えごとをしていただけです」
不安そうな看護師に大丈夫と告げてから、次の患者を呼ぶよう指示を出す。それから一つ大きな深呼吸をした。
――今は診察に集中しなければ。
ほんの少しでも行動を止めようものなら、瞬く間に不安と焦燥に染まってしまうのは自覚している。だが、今は何よりも医師の救いを求める患者のことを最優先で考えなければいけない時間だ。
和臣は強引に頭から焦りを追いだすと、扉を開けて入ってきた親子に身体を向けて挨拶をした。
「吉岡さん、こんにちは。最近の環奈ちゃんの体調はどうですか――――」
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