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5月末、セバスの仕事場は外界と断絶したような静寂に包まれていた。
遮光カーテンの隙間からも光は射さず、未開封の郵便物は埃に覆われている。
机の上のインスタントコーヒーは、もう温もりすら失っていた。
散らばったメモには、走り書きのような絵や言葉が描かれているが、どれも途中で止まっていた。
筆先が迷い、止まり、投げ出された形跡。
まるで、セバス自身の心そのもののようだった。
PCのモニターには、1件だけ未読メールが光っていた。
差出人は「蒼映社 編集部」。
《佐藤悠真 様
突然のご連絡、失礼いたします。蒼映社編集部の松下と申します。
このたび、弊社主催の個展イベントにて、ぜひ佐藤様の作品をご出展いただきたく、ご連絡差し上げました。
開催期間は7月中旬より2週間、展示内容は完全新作30点をご用意いただけますでしょうか。
提出締切は7月4日を予定しております。
実は先日、弊社社長がとある喫茶店で偶然、佐藤様の描かれたコースターの絵を目にしました。
そこに描かれたひまわりは、社長の亡きお嬢様が生前最も愛していた花だったそうです。
その絵を見た瞬間、社長は深い感動を覚えたと話しておりました。
お嬢様は若くして病で亡くなられましたが、生前
『いつか自分の絵で個展を開くのが夢』
だと語っていたそうです。
あのひまわりの絵が、その夢を代わりに叶えてくれる気がすると、社長は申しております。
どうか、あなたの絵でその思いを形にしていただけないでしょうか。》
セバスは読むと同時に目を伏せ、ゆっくりとPCを閉じた。
肘を机に置き、深く額を押さえる。
頭の奥で、何かが軋む音がした。
「どうして…今なんだよ」
その独白は、自嘲でも涙でもなかった。
ただ、胸の奥に沈んでいた記憶が、じわじわと水面に浮かび上がろうとしていた。
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