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「ただいま帰りましたー」


総務本部に戻ると、

「お帰りなさい」

と隣の席の穏やかなおばさまが迎えてくれる。


「今はそんなに急ぎの仕事はないから、ゆっくりしてくればよかったのに」

と言われる。


そして、小声で、

「私も郵便を出しに行ったときは、ぼんやりして帰るのよ」

と微笑まれる。


可愛いおばさまだ。


この人の隣の席でよかった、と思っていた。


郵便物を入れる場所は総務本部にもあるのだが、急ぎの郵便だけは、郵便局に歩いて出しに行っている。


「秋津さん、そろそろお茶よ」

と女性社員から呼ばれた。

はーい、と急いでいく。


派遣社員も悪くないのだが、前の会社では、先輩と呼ばれていたのに、また、新人に逆戻りはちょっと辛いな、と思っていた。


部長に私来てるって言っといてー、とか出来ないもんなーと思っていた。



お茶出しが終わったあと、ひとり、給湯室を片付けていると、誰かが通り過ぎて戻ってきた。


「あれ? 一人?」


そう話しかけてきたのは、秘書室の脇田亨わきた とおるだった。


落ち着いた印象で感じがいい。


190センチくらいありそうな長身で、蓮でもかなり見上げなければいけなかった。


さっきの人よりちょっと大きいかな、と思って、脇田を見上げていると、

「派遣社員って、お茶出しまでするんだね」

と言ってくる。


「どっちでもいいみたいなんですけど。

一緒に働いているので。


私もお茶の会に入れてもらいましたし」


お茶の会というのがあって、みんなでお茶代を出し合って、こうして、3時とかにお茶を出すのだが、正社員は、ほぼ強制のようだった。


もちろん。

一切、こういうことに関わらずに、自分で缶コーヒーでも買って飲めば手間いらずなのだが、それもなんだか味気ないかな、と思っていた。


「そう。

頑張って。


うちは、派遣社員から正社員に登用してるケースもあるから。


まあ、頑張り次第だけど」


そこで脇田は笑う。


「前の会社、結構いい会社だったのにね。

上司にビールかけて辞めたんだって?」


……なんで知ってるんだ。

っていうか、それが知れてるのに、よく雇ってくれたな、と思う。


派遣会社に言って、他の派遣社員とチェンジすることも出来ただろうに。


「まあ、頑張って」

と言って行ってしまった。


脇田さん格好いい、と女子社員たちが話しているのをたまに聞く。


格好いいかあ。

まあ、そうかな。


感じもいいし。


でも、私の好みじゃないけど、と思いながら、別に私が好みじゃなくても、脇田さんには関係ないだろうけど、とも思っていた。


うーむ。

では、どんな人が好みかと言われると、と腕を組み、考えてみる。


ふと、さっきの訳のわからない男が頭に浮かんだ。


いやいや……。


ルックスはともかく、あれはナシだろう。


いきなり子供を産めとか意味がわからないし。


まあ、広い社内だ。


総務とは言え、そんなに総務本部からは出ない雑用ばかりなので、会うこともあるまい、と思っていたのだが――。




三日後、人気のない社食で、その男に出くわした。


「おお、お前は確か、ハスの花子」


「蓮《れん》ですよ」

と蓮は自動販売機の前で、渚に言った。


「サボりか」


「人聞きの悪い。

もう私は終わりなので、帰りにアイス買って帰ろうかな、と思っただけです」


何種類もあるアイスの自動販売機を見ながら渚が、近くの椅子に腰を下ろして訊いてくる。


「それ、美味いのか?」


蓮は小首を傾げながら、

「美味しくないこともないです」

と答えた。


「昔はそう好きじゃなかったんですけど。

この会社に来たとき、今日も一日働いたなーと思いながら、一種類ずつ買おうと思って。


……あっ、小銭がないっ。

千円札もないっ」

と財布の中を見ると、立ち上がった渚が千円入れてくれる。


「好きなだけ買え」


「人の話、聞いてなかったんですか。

一日、一個なんです。


それに、お金借りても、またいつ会うかわからないじゃないですか」

と言うと、


「じゃあ、俺のも買え」

と言ってくるが、二個でも、四百円にもならないが。


「俺はこれな」

と蓮の後ろから手を伸ばし、ボタンを押したあとで、


「お前の連絡先を教えろ」

と言ってくる。


「なんでですか」

と言うと、


「返せ、千円」

と言ってくるので、いや、借りたの、160円ですが、と思う。


っていうか、近いしっ。


自動販売機と渚の合間に挟まれて、なんだか身動きが取れない。


なんかいい匂いがするな、この人、と思っていた。


とってつけたような香りじゃなくて、仄かにいい匂いがする。


「なにか警戒してないか?」

と言ってくるので、


「当たり前じゃないですか。

いきなり、冗談でも、子供を産めとか言ってくる人を警戒しない人が居たら見てみたいです」

と言うと、


「大丈夫だ。

冗談じゃない」

と言ってくるので、いや、余計問題あるだろう、と思った。


「実は諸事情により、今すぐ俺の子供がいるんだ。

この世に俺の力を持ってしても、一人ではどうにも出来ないことがあるとはな」

と呟いているので、貴方、何様ですか、と思う。


「で、まあ。

誰か俺の子を産んでくれる女を探していたら、ちょうどお前が居たんだ。


お前は細いわりに尻がデカイ。

いい骨盤をしている」

と渚は言う。


……誉められているのだろうか?


「いい子が産めそうだ」

と、どんな決めつけだ、というようなことを言ってくる。


「顔も身体も悪くない。

目に知性があるし。


俺の子供にこの遺伝子が欲しいと思った」


「いやあの、それはあまり、女性を口説くのに適切な台詞とは思えませんが」


この男、こんなルックスだが、意外とモテないんじゃ……と思わせる話っぷりだ。


だが、まあ、喋らなければいいわけだし……。


「あの、街に出て、どなたかに声をかけられたらどうですか?

貴方なら、誰でもついてくると思いますよ」


「いや、お前がいい」

と間近に見つめられ、さすがに、どきりとしたが。


「いい遺伝子だ」

と頷く渚に、


「……アイス溶けるんで帰りますね」


はい、とお釣りを返し、社食を出た。


「おい、食べてかないのか」

と後ろから声がしていたが。


「結構です。

アイス一個で妊娠させられたら困りますから。


今度お金返しまーす」

と言いながら、足早に逃げ去った。






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