「瓜香!金魚すくい行こうよ!」
「あら、いいじゃない!任せなさいよ、これでも家では一番のうまさを誇ってたんだからね!」
「え、マジで?私のが強いと思うけどな!」
「そんなことないわよ、私のがたくさんすくえるんだから」
「じゃあ勝負だ!負けた方は何か奢ろう」
「燃えてきたわ、今のうちに頼むものを考えておかないと!」
今、咲達怪異討伐部隊は全員で夏祭りに来ている。出ている屋台のうち、金魚すくいに挑戦しようとしているところだ。
家にあった巫女服を適当に着てきたのだが、みんな浴衣姿で地味に浮いてしまった。このためだけにお金を使うわけにはいかなかったので、特に後悔はしていない。
瓜香は紺色の生地に朝顔が印刷された、典型的な浴衣を着用している。外国人顔をしていても、素体が美人だと気にならなかった。
咲は金魚すくいがかなり得意だ。二匹くらい入れる用の水槽しかなかったのに五匹連れ帰って、狭い水槽でデスゲームを開催してしまったのが軽くトラウマだが、それでも金魚をすくい上げる時の快感と言ったらありゃしない。
「あら?黒い金魚なんているのね」
水槽内を悠々自適に泳ぎ回る金魚を見て、瓜香がそう呟いた。おそらくは出目金の事を指している。
確かに今までの祭りに出目金はいなかったかもしれない。今回追加されたのだろうか。
「あぁ、黒いのは出目金って言うんだよ」
「へぇ、そうなのね。珍しくてかわいいかも」
「出目金狙い?」
「そうしようかしら。パパとママに自慢するわ」
「いいね。私もお寺の池に入れてもらお」
「風情あるわねー」
のんびりとした会話だが、既に戦いは始まっている。息をのむ音が聞こえた。お互いにポイを持った。せーの、という声と共に仁義なき戦いが幕を開けた。
とにかく水をポイに入れないことが大事だ。水の表面を軽くすくうイメージ。あと、単純に金魚が可哀そうだからなるべくすぐに渡されたビニール袋に入れる。
目の前のキッチンタイマーが残り時間が半分程度であることを伝える。ここから本番。一年ぶりに湧きあがった過去の感覚を取り戻してからが正念場だ。
もう金魚が入った袋が重い。こっちがはちきれそうだった。でも、この程度ではちきれるようなら瓜香には勝てない。もっとたくさんすくわないと。
その時、一際綺麗な色の金魚が流れて来た。大きいヒレが妖艶な雰囲気を醸し出し、鱗がギラギラと光っている。
この金魚にしよう、と決めてポイを水に入れた瞬間、
ポイの膜に穴が空いた。
「あ」
瓜香は集中しているらしく全く気付いていない。彼女の袋にいる金魚は、軽く六匹を超えている。
最終的なリザルトは、咲が四匹、瓜香が七匹で瓜香の勝ちだった。仮にポイが壊れていなくても、単純に負けていたような気がする。
「なんだ、大したことないわね」
「ちが、あの金魚が誘惑してきたの!」
「何の話?」
「凄い綺麗な金魚がいてさぁ、目を奪われてたらポイが……」
「言い訳するの?はやく奢りなさいよ」
「げ、そうだった」
「とはいえ、奢ってほしいもの?うーん、そうね……」
瓜香は夜空を眺めていたが、しばらくして手を叩いて、思いついたかのようにスマホを取り出した。そして、そのスマホを咲に向けてきた。
「えっ、な、何?」
「写真よ。撮らせて」
「は?!無理無理!!」
「お金払わせないだけ、感謝しなさいよ?その代わり、写真を撮らせてって」
どうやら、瓜香は奢りの代わりに写真を撮りたいらしい。しかし、咲は写真がものすごく苦手なのだ。
子どもの頃に、写真映りが悪すぎて友達から幻滅されたのが始まりだったと思う。それ以降、写真を撮られるような状況は避けてきたつもりだ。
「絶対嫌!写真撮られるくらいならゴディバでもシャネルでもなんでも奢ってあげるよ!!」
「それもどうかと思うけれど……そういう約束だったんだし、いいじゃない」
「写真って撮られたら魂抜かれるし」
「いつの話よ!」
「うぇーー……嫌で嫌で仕方ないけど、負けは負けだしな……」
「そうよ、黙って撮られなさい?」
向けられたカメラに、咲はぎこちなく笑う。シャッター音が聞こえると、すばやく笑顔をひっこめた。
「この写真、誰かに送ったりしないよね?」
「するに決まってるじゃない。パパとママに送るわ」
「え、やめて!!写真映りサイアクだし!!瓜香ほどの美人と毎日会ってるのに、私の写真見たらがっかりするよ」
「やめなさいよ、貴女には貴女のよさがあるのに。自分の悪口ばっか言ってたら、貴女のよさが潰れるわよ?」
「……なんかそういうところ外国人だよね……。てかさ、この写真送られたら、私毎日巫女さんやってるみたいじゃない?」
そう言った所で、咲は自分の姿に初めて疑問を持った。その疑問は口に出すべきか否か吟味する時間もなく、ぽんっと口から零れ落ちた。
「……寺なのに巫女?」
*
「……あー、咲も瓜香もすっかり吞まれてしまっている」
「一体どんな状況なんだ……って、それが分かったら苦労してねぇわ、クソが……」
今、人生で最も奇怪な状況に巻き込まれている。というのも、
何故かお祭り会場に怪異討伐部隊員がいる。そして、全員が「今自分たちは夏祭りに来ている」という幻覚を見ているのだ。
どうやら怪異を全部ぶっ殺した後の世界で、かつみんな無傷のまま元の世界に帰れた、という設定らしい。また、屋台に従業員は居ないのだが、いるという設定のまま進む。
お祭り会場は屋台らしきものが描写されてこそいるものの、その実ハリボテである。しかし、幻覚内では屋台として機能しているようで、ないポイでない金魚をすくってキャッキャしていたり、ないたこ焼きをおいしそうに頬張ったりしている。
幸い、無光と葉泣は騙されなかった。葉泣が騙されかけていたのを無光が思いっきり殴ってなんとかなっただけなのだが、彼の名誉のために言わないでおこう。
しかし、葉泣は殴っただけで帰ってきてまだいい方だ。問題は残りのメンバー。殴ったら「なんか物当たったんだけどーw」で済み、そのまま夏祭り気分を続ける。
もう色々嫌になった無光が閃光をつけて殴っても、「花火の光、つよーいw」で終わってしまった。さらに、外傷も一切ない。もはやなぜ葉泣が帰ってこれたのか疑問でしかない。
現状、分かっていることを整理しよう。まず、ここは幻覚の世界。お祭り会場みたいになっている。そして、なぜか怪異討伐部隊員がみんな幻覚にかかり、「今夏祭りに来ている」と錯覚。帰ってくる方法は不明で、無光は一瞬かかりかけたがすぐに戻り、葉泣は殴ったら帰ってきた。他のメンバーは外傷を無効化するうえに、外界からの衝撃をなかったことにしてくる。
ついでに言えば、無光たちは完全に脱出できたわけじゃない。あくまで幻覚の世界内にいるけど、それを幻覚だと知覚している状態だ。他のメンバーはそもそもこれを幻覚だと認識できていない。
無光は右側を、葉泣は左側を周ってきた。そして、その成果を発表している最中だ。
「俺の方は、先輩がたくさんいたな。店長と、後はまあ……正直顔も知らないような連中もいたけど」
「そうか。久東さんがいなくて不安だったが、無光の方に」
「あ、丁度それ聞こうとしてた。久東さんってそっちに……」
「「え?」」
「うーんと、じゃあ久東さんってここにいない……のか?」
「そうなんだろうな」
「まぁ久東さんのことだし、幻覚なんて突破出来てっか」
「それにしては、従業員の事を放置しすぎている」
「前エイリアンと戦った時相当放置されたの忘れたか?葉泣。お前が一番知ってるくせに」
「あれは俺らが下っ端だからだと勝手に邪推していた」
「だとしたら最悪な年功序列だな」
「全くだ」
「んで、葉泣の方はどうよ」
「同期がたくさんいて、射撃練習に最適だったな」
「外傷ないって知った途端これだぜ?」
「あったとて、機会があれば」
「絶対すんなよ?!」
「ああ、でも雑魚が一匹足りなかった」
「Bチームの誰なんだよ……」
いまだに葉泣はBチームのメンバーを全員雑魚呼びのままだ。うるさいサラリーマンにうるさい陰謀論者、ヒーローに変身するオタク女と失踪中のシスターと、かなり個性的な面子だが、区別がついていないらしい。
「女」
「桃蘭だっけか?」
「多分そうだ」
「見楽は?」
「誰だ?」
「失踪してる奴」
「Bチームは三匹では?」
「ああ、じゃあ帰ってきてるとかはないと」
なぜかこの世界にいないやつは、桃蘭と見楽、それから久東。流石に名前も知らないやつがいなかったら分からないけれど、現状知ってる範囲の奴はこの三人だ。
失踪中の見楽はともかく、桃蘭と久東がいないのは違和感がある。女子の事情は知らないが彼女は咲と瓜香の部屋に一緒に住んでいるらしいし、特段任務もなかったはずだ。久東はどこにいたのか知らないが、「最近は任務もなくなった」と誇らしげに話していたし、少なくとも本部内にいたはずではある。
「なんでいねぇんだ、あいつら」
「さぁ?ぜひとも死んでいて欲しいところだ」
「そうだ……ってあぶな」
「……?」
「あー、じゃあ探しに行くか?」
「雑魚を?気乗りしない」
「第一は久東さんだろ。あの人がいないとどうしようもない」
そんなこんなで、久東を探す旅が始まった。この最中、無光は一つの疑問を抱く。
それは、なぜこの件が”知らされていなかったのか”、という点だ。
というのも、無光は怪異の王に最も近い存在だし、現状怪異を牛耳っている二大巨頭のうちの一人・息吹に執着されているのだから、怪異のおおまかな流れは知っているのだ。
だから、Aチームにはあいつが当たるとか、あいつが誰かを殺しに行ってるとか、そういう話は全て知っているし、無光が巻き込まれるような事象は大抵予告される。
だが、今回は全くのアポなし。事前に知らされていなかった。だから無光も引っ掛かりかけたし、脱出方法も知らないのだ。
葉泣と全く同じ状況にいる、と言っても過言ではない。だから、普段から優位な立場に立てていたからこそ冷静に事を運べていたものの、ボロを出しそうで怖い。
なぜ知らされていなかったか。おそらく、考えたくはない可能性だが、息吹も知らなかったんじゃないかと思う。
息吹も知らなかった怪異の動き。今のあいつは、様々な情報を握っているおかげで脅しの材料が大量にある。だからこそ怪異の動きを全て把握しているのだ。なのに、そんな彼が見落としている情報なんてあるだろうか。
答えは単純。ない。
では、この状況を引き起こした真犯人は?
人間。それしかない。
つまり、これは誰かの超異力。
この超異力を発動させている候補は、桃蘭、見楽、久東の三択。見楽だったら息吹が知っているはずだから、実質二択。
しかし、久東だとしても、桃蘭だとしても、やる理由がない。なんせ、この二人は怪異と一切繋がっていないから。
謎が謎を呼んでいる。間違いなくこれを発動させているのは人間なのに、誰もできない。
やがて、無光は決めた。息吹は今人間のふりをして怪異討伐部隊にいるらしい。もしかすると、この幻覚世界にいる可能性だってあるし、脱出できた可能性だってある。
あれだけ大好きな無光を息吹は助けるに違いない。葉泣の存在はノイズだが、きっと助けてくれるだろう。
無光は久東を探すと同時に、息吹を探すことも目標の一つに入れた。
*
「覚異何くん?」
「……あ、ゆーふぉー」
「覚異何?」
「クソ」
文字化けみたいな名前の弟に湧きあがる怒りを抑えつつ、息吹は名前を呼んだ。
今、彼の目の前で拗ねている男は饗場覚異何。饗場息吹の弟である。漢字が頭おかしいが、読みは単にサイカ。
彼は、二文字の単語の漢字を左右入れ替えて言う。例えば「読書」なら「書読」というように。話す時いつも頭を使うので、面倒になることも多い。
彼は能力として「幻覚の世界に招待する」ことができる。幻覚の世界ではありえないことばかり起きることもあれば、覚異何が見せたい幻覚を見せることもできる。要は、幻覚を自分でカスタマイズできるし、カスタマイズしなければわけわからん世界が自動生成されるのだ。
幻覚の世界は、範囲が広ければ広い程、範囲の中にいる人が多ければ多い程、造りは稚拙になり、幻覚と見破るのが簡単になる。普段彼が狭い洞窟にいるのはこれが原因だ。
息吹は、祭り会場みたいな場所に気付いたら居た。そして、その時に真っ先に思いついたのが彼の能力だったのだ。それで聞いてみたところビンゴだったようで、問い詰めている。
「違う、やったの僕じゃない」
「いや君でしょ?」
「やったのは僕の腕食べた人」
「……あ?え、君……」
実を言うと、覚異何は色々特殊で、自身の体の一部を食べさせると捕食した奴に能力を移せるのだ。仮に、AがBの腕を食ったとする。そうすると、AにはBが持っていた能力の超異力が宿るのだ。
覚異何は、そうすると怪異討伐部隊に超異力をただ貸ししているようなものなので、基本それをすることは禁止されている。はずなのだが……。つまり、彼は腕を食べさせてしまい、その腕を食った奴が起こした幻覚だと主張しているらしい。
信じるわけがないと思っていたが、右腕を異様に上着の中に隠そうとしているあたりで察してしまった。どうやら事実らしい。
「えーと……君への処遇は後回しね。じゃあそいつが死なない限り、幻覚は終わんないと。で、誰?」
「前名忘れた」
「ふざけんじゃねぇぞてめぇ」
「怖い貴兄」
「なんか、覚えてないわけ?特徴とかさ」
「……尾語で在存の無有を論議してた」
「あ?……えっと……語尾で存在の有無を議論してた?どゆこと?」
「連れのサラリーマンがそう言ってた」
「てことはBチームの……えもしかして『~アル』のこと?!はぁ?ふざけんなよマジで……」
「分かった?」
「桃蘭ね。……まぁ、分かったとて出来ることないけど……。なんかさ、幻覚から強制脱出する方法ないわけ?」
「ちゃんとしたのは意用されてない。でも、覚幻作った人から中は見れる。だから、みんなを元に戻したくなるようなことをしてればいいんじゃない」
「もう意味わかんないんだけど……えじゃあ、『外出してー!』って言ってればいいの」
「うん」
「マジか……最悪」
*
「と、桃蘭さん。これ、どういう状況なんですか」
「さぁ、私は分からない」
「そうなんですね……。あの、この状況を引き起こした怪異とかも」
怪異、という言葉に一瞬桃蘭が反応したように見えた。いや、確かに反応を示した。
「私は怪異なんかじゃない!」
「え?いや、この状況を作り上げた怪異のことでして、桃蘭さんのことでは」
「……違う。私、だから。貴方が言うところの、この状況を作り上げた人」
「それって」
「私がみんなの時間を止めて、みんなを幻覚に陥らせたの」
「そんな……そんなことって」
できるわけが、と言葉を続ける前に、桃蘭が話を始めた。
「見楽は神様を信じてるんだ」
「え?まぁ、そうですが……その、急にどうなさいました?先程から様子が」
「神様なんていないよ、見楽」
聞きなじみのある言葉だった。シスターをやっていれば、乱入してきた暴漢がそんな言葉を吐いてくることもある。だから、もうその程度では傷つかなかった。
「あのね、もし神様がいたら、私の事救えてたはずなんだ」
「ど、どういう意味でしょうか?」
「私、貴女の教会に行ったよ。それで、懺悔したよ。救って下さいって言ったよ。でも、私は救われなかった」
「……」
今は亡き母の顔が思い浮かぶ。あの時、母は言った。
『たった一人、救えなかった子がいたの』
ふと、視界に何か透明なものが入った。いや、”もの”程度じゃない。もっと巨大な、壁?
もっと視線を引く。すると、それの正体が見えて来た。
それは、巨大な蛸みたいな怪異だった。壁と勘違いするくらいに大きい。
そして、その蛸は何かを食っていた。腹の中身が視認できた。
蛸が腹に入れていたものは、
「は……」
久東流瑠、その人だった。
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