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こと-koto
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緑原総合病院の駐車場に車を停めた俺は、複雑な気持ちで、大きな建物を見上げた。
野々宮果歩に大病院の一人娘という地位が無ければ、彼女もあそこまで助長しなかったのだろう。
|二十歳《はたち》ぐらいまでは、我が儘も可愛く見えるが、もう30になろうとしているのに、いつまで経っても自分勝手が抜けないでいる。
そんな野々宮を”困った大人”という言葉で片付けてしまうのは、生ぬるい気がした。
「どっか、壊れてるよな」
何度、別れ話を切り出しても受け入れようとしない野々宮と、この先、どうやって対峙していけばいいのか……。
また、美緒に何かされたらと思うと、やたらな事も言えない。
「ふーっ、自業自得とはいえ、まいったな……」
良い考えが浮かばないまま、美緒の病室の前に着いた。
すると、部屋の中から楽しそうな声が聞こえて来る。
誰かお見舞いに来ているのか?と思いノックをした。
「はーい」と言ってドアを開けたのは、小松さんだった。
俺の顔を見た瞬間、小松さんはキッと目を吊り上げ睨みつける。
その気迫に押され、咄嗟に言葉が出ない。
「こんにちは。昨日は美緒先輩が大変でしたね。私も連絡もらって、驚きましたよ。だって、昨日見送ったとき、あんなに元気だったのに……。まさかご主人とお見舞いに行って、大けがするなんて考えられませんよね」
小松さんは一気にまくし立てた。
そう、責められるべきは、すべての原因を作った俺自身だ。
まるで、病室に入らせまいとするように、小松さんは俺の前に立ちふさがる。
だからと言って、どうする事もできない。
野々宮果歩との関係を美緒に知られる訳にはいかないのだから。
俺は、営業で培った対人スキルを駆使し、笑顔を取り繕う。
「私の配慮が足りないばかりに、美緒に痛い思いをさせてしまいました。小松先生、美緒がお休みする間、仕事の事でご迷惑をお掛けすると思います。よろしくお願いします」
そう言って、頭を下げると、小松さんは口をへの字に曲げ、ものすごく不服そうな顔をして道を開けた。
「健治……来てくれたんだ」
美緒の細い声が聞え、ベッドに近づく。すると、ベッドを囲むカーテンの影に、三崎医師の姿があった。
もしかして……と思っていたが、実際に会うとおもしろくない。
「三崎先生もわざわざ時間を割いて来てくださって、ありがとうございます」
「いえ、美緒さんがおケガをされて、菅生さんも驚かれたでしょう」
「ええ、もしもあの時、自分が買い物に向っていたなら、美緒がケガをする事態は避けられたんじゃないかと考えてしまいます」
これは、本心だ。
あの時、せめて一緒に行っていたなら、美緒がこんなに痛々しい姿になる事は避けられたはずだった。
申し訳ない気持ちで、視線を美緒に移した。すると、美緒がおもむろに話しだした。
「健治……。あのね、私、転院させてもらう事にしたの。三崎君の知り合いの整形外科の個人医院なんだけど、ベッドが確保できてね。ここの副院長の野々宮先生にも転院の許可を頂けたから、直ぐにでも移ろうかと思っているの」
美緒のベッドの横で三崎医師が、大きくうなづいた。
俺は引っかかりを感じたが、果歩との電話の内容を考えれば、反対は出来るはずもなかった。
「ああ、そうだな。その方がいい……」
美緒の転院の手続きは、俺が想像していたよりもスムーズに話が進んでいた。
美緒はストレッチャーに横たわったまま、手配済みの民間の移送救急車に乗せられた。それに三崎医師が付き添いと称して乗り込む。
確かに、医師が付き添うというは、何ら不思議じゃないのかも知れないが、夫の立場としてはなんとなく納得できない。
もっと納得できないのが、俺の車の助手席に小松さんが座って居る事だ。
三崎医師が美緒の移送救急車に乗り込んだから、俺の車で送る事になった訳だが、なんていうか、小松さんは俺以上に納得できないと言わんばかりの不機嫌さで、窓の外を見つめている。
「なんで先輩があんな目に遭わないといけないのか、私、ぜんぜん納得できないんですけど」
と、ブツブツと独り言を繰り返し、俺へ精神的攻撃をかましてくる。
俺は、なんて返事をしたらいいのかわからず、運転に集中するフリをして、前を向いたまま黙っていた。
まるで、刑事と容疑者の取り調べ状態。
これが、宮里医院に着くまで続くかと思うと地獄のようだ。
「私はね。先輩に幸せになってもらいたいんですよ。それこそ、私が男だったら絶対に泣かせるような事はしないし、誰よりも大切にします」
キッパリと言い切る小松さんは、美緒のことが本当に好きなのか伝わってくる。ここはごきげんとりじゃないけど、思った事を伝えた。
「家でも話の中で小松先生の話題が良く出るんですよ。美緒も素敵な後輩を持って、幸せだと思います」
すると、小松さんは一瞬表情を緩めたが、直ぐにキッと睨みつけてくる。そして一言。
「微妙な旦那さんを持っているんで、不幸だと思います」
だから、なんで俺の車に乗ってるんだ。
以前、渋谷で俺との野々宮が一緒に居るところを見られて以来、小松さんの俺に対する当たりはキツイ。
俺は、その負い目もあって、小松さんには逆らえなかった。
カーナビが「目的地周辺です」と告げ、やっと地獄の時間が終わる。
宮里医院に着いたのだ。
ここ宮里医院は、美緒の勤めるさくら薬局から車で10分程にある病床数50ほどの急性期病院だ。
3階にある病室は、6畳ほどの個室。
ここなら、野々宮果歩に何かされるようなこともないだろう。
ひとまず安心できる。
ベッドに移された美緒もリラックスした表情だ。
「ふふっ、個室なんて贅沢ね」
「宮里先生は、大学の先輩なんだ。だから、いろいろ融通してもらえるから、美緒さんはケガを直すことだけ考えて」
「ありがとう、三崎君」
そう言って、見つめ合う美緒と三崎医師の間に、甘い空気が漂っている気がする。
夫の目の前で……。とは思っていても、ケガの原因の一旦が俺にある以上、何も言えなかった。
「健治もありがとう。昨日、頼んだ基礎化粧品持って来てくれたんでしょう?」
「あ、ああ、持って来たよ」
やっと、俺の出番だ。と思い、袋から基礎化粧品を取り出し、ベッドわきのチェストの上に並べた。
「もう、昨日から肌がつっぱちゃっている感じがするのよね」
お気に入りの基礎化粧品を目にして、美緒はぼやく。
だから、ここは俺の出番だ。
「じゃあ、俺が塗ってあげるよ」
すると、横から小松さんだサッと手を伸ばし、化粧品を攫う。
「先輩、肌のお手入れ私にやらせてください。マッサージとか結構うまいんですよ」
「じゃあ、里美にお願いしようかな?」
だから、俺の役目を奪うなよ……。