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「はーい。授業はじめまーす。まずは体育館三周ー」
体育教師である秋山則夫のやる気のない号令が、底冷えする体育館に響く。
寒さを堪えながらるえむたちは走り出す。
「秋山、マジでキモイわ」
「わかる。担任になったら自殺するレベル」
「せりらの担任ちょっと陰気臭いけど、口うるさくないしいいよな」
「おミキな。まあ新任教師やし、緊張してんちゃう」
前を走るせりときろるが愚痴りあっている声が、嫌でも耳に入ってくる。
秋山を好いている生徒はいなかった。
ご多分にもれず、るえむも秋山のことが嫌いだった。直接的に何をされたわけでもないが、好きになる要素はなかった。手の甲までをも覆いつくす体毛の濃さも、常に汗ばんでいるようなねっとりした肌も、無理だった。
「じゃあ次は、準備体操ー。適当に二人一組になってくださーい」
走り終えると、息を調える暇も与えられないままに次の号令がかかる。
背後から、せりの舌打ちが聞こえてくる。やる気がない上に、そうやって生徒たちをぞんざいに扱う態度も嫌われている要因の一つだった。
「れもん、組もう」
るえむは、隣にいるれもんに手を伸ばす。
「いいぜ」
その手を、迷いなくれもんが掴む。
周囲でも次々に二人一組ができていく。
もはや誰が誰と組むのかなど、号令がかかる前から決まっている。
「赤根、また余ったのか。今日も先生と組むか」
嫌われている要因の半分を占めているだろう秋山の無神経な物言いに、赤根葵が無言で頷く。
秋山と身体を密着させなければならないなんて、地獄だ。
同情しながらも、るえむは葵から目を背ける。
二人一組になってください──その号令がかかると、いつも余ってしまう彼女のことは気の毒に思うが、仕方がない。このクラスは二十七人で奇数なのだから、必ず一人が余る。そして、三軍のなかでも最下層にいる亡霊のような彼女と、二人一組になろうという奇特な生徒はいない。
るえむは、無意識に繋いでいるれもんの手を、ぎゅっと握る。
「どうしたん」
「れもんの手、あったかいと思った。」
「そうか?」
「うん」
頷き、るえむは視線だけで他の生徒を見渡す。
きっといま、このクラスの誰もが、彼女がいることにより自分が余ることがない事実に、心のどこかで安堵しているはずだった。
「なぁれもん、ずっと親友でいような」
れもんに微笑みかけながら、るえむは想像する。
もしもれもんがいなければ、自分は誰と二人一組になっているのだろう。もしも、誰も手を差し伸べてくれなかったとしたら。葵のように秋山と手を繋がなければならなくなったら。考えるだけで恐ろしくなる。
大げさでなくあんなふうに孤立するくらいなら、いっそ死んだほうがマシだとるえむは思う。大人になってからはわからないが、少なくとも高校生の間は。