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#アラスター
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「自慢じゃありませんが、生活費2万円で毎月やりくりしておりますから、もう少しお給料のアップをいただきたいと、いい機会なので社長様の耳に入れておこうと思いまして」
「に……2万!?」
社長が目を剥いて驚いている。
「はい。おかげで節約術が身に着きまして。あ、今日は参加費はいりませんよね? もし参加費を1円でも払ったら、2万円のやりくりだけだと厳しいので……」
「いえ、本日は日ごろわが社で頑張ってくれている社員や、そのご家族へ向けたサービスですから、存分に楽しんでいただこうと企画した次第で参加費は不要で……」
「ほんとうですか!? 実は夫の代引きのお金、5400円を立て替えたので、ずっとお昼ご飯を食べずに今日までやってきたから、今月厳しくて困っていたんです。あ、今日のお料理、余ったら持って帰ってもいいですか? あと1週間、残り2000円で頑張らなきゃいけないので」
社長の顔がみるみる曇っていく。慎一がこんなことをする男だったなんて、知らなかっただろうなぁ。
私の話を信じさせるために、ようやくこの映像が役に立つ。
「あっ、社長! こんな映像が送られてきましたっ」
わざと大声を上げ、他の人たちにも注目させる。
『あっ、はげしっ……♡』
『やっぱ笑里がいちばんだ。サイコー』
『あぁんもっと言って♡』
笑里と慎一が控室でやっている映像だ。
「ひどい……こんな……」
私は目に手を当てた。涙はもう用意してあった。
「社長、私……どうすればいいんでしょう。夫からはずっと仕事が忙しいから、と相手にしてもらえなくて、我慢してきたのに……」
その場が完全に凍りついた。派手な笑里の嬌声だけがスマートフォンから無情に流れている。
『もっとして♡ 慎一さんじゃないとダメなのぉ』
社長の顔が、赤から白へ、白から紫へと変わっていった。
「……総務部長」
「は、はい」
「横山くんと向井さんを、今すぐここへ」
「かしこまりました」
別室から連れ戻された二人の顔を、私は一生忘れないだろうと思った。
慎一と笑里は状況が飲み込めていない顔で会場に入ってきた。
「横山くん、向井さん、君たちは今、どこでなにをしていたのかな?」
「えっ……あ、その……外で話を……」
「いったい、どんな?」
「ええと……」
慎一が困惑している。
「先ほどの控室での密会、見させてもらったよ」
「「――!?」」
血の気が引くとは、ああいうことを言うのだろう。2人そろって、まるで紙のように白くなっていた。
「横山くん」
社長の声は静かだった。怒鳴らなかった。それがかえって、恐ろしかった。
「弁解はあるか」
「……あの、これは」慎一の口が、かすかに動いた。「その、状況が」
「状況?」
社長が一歩、歩み出た。
「社内不倫。業務時間中の行為。どんな状況でそうなるのか説明したまえ」
慎一は黙ってしまった。言いようもないのだろう。
「向井さん」
社長が笑里に向き直った。「君からも話を聞かせてもらおう。既婚の上司との不倫関係、しかも会社の施設を利用しての不貞。いったい、どう考えているのか——」
「待ってください」
笑里が、突然口を開いた。
震えていたが、目に力があった。まだ諦めていない目だった。
「なにか誤解されていらっしゃいます」
笑里が慌てて派手なジェスチャーを交えながら言った。「私が少し酔ってしまって、横山さんに介抱していただいていただけです。なにもありません。誓って!」
『あっ、はげしっ……♡』
『やっぱ笑里がいちばんだ。サイコー』
『あぁんもっと言って♡』
誓って! の後に、さっきの映像の音声を大音量で流してやった。
あんあん言っている彼女の声が会場に流れる。
「ちょ……なに撮っているのよ! プライバシーの侵害じゃないのっ!!」
頭に血が上った笑里は私に突進してきた。
「きゃああっ」
「向井さんやめるんだ!!」
飛び掛かられたはずみで私は倒れ、笑里から殴られそうになったが、社長たちが止めてくれたおかげでなんとか助かった。
「彼女を別室へ!」
「いやあああっ。ふざけんな! こんな盗撮するなんて人間として終わってる!! だから慎一さんに愛されないのよッ!!」
うわ。すごいこと言ってくれて、愛人の分際で面白いひとね。
証拠をどうもありがとう。
暴れ倒す笑里を彼らが引きずっていった。
後には後味の悪い空気感の会場に残された慎一に刺さる視線。すべて、蔑んだものだった。
※
あの後、私たちは家に帰された。なんと、夫は本日付で懲戒解雇させられた!
いい評価をもらっていただけに、その転落は一瞬だった。
社内不倫、業務時間中の不貞行為、さらに会社の施設を汚した背信行為。そして何より、社長の目の前で本妻に暴力を振るおうとした愛人の狂態。
そんな彼に会社側が下した決断は、容赦のない懲戒解雇だった。
リビングのソファに、慎一は抜け殻のように座り込んでいた。つい数時間前まで、会社のホープとしてお偉方に囲まれていた男の見る影もない。ネクタイは歪み、エリートのプライドは文字通り粉々に砕け散っていた。
「……お前、最初から知ってたんだろ」
低く、地を這うような声で慎一が私を睨みつけてくる。
「何のこと?」
「おかげで僕はクビだ! 退職金も出ない、業界の噂になれば再就職だって絶望的だぞ!? どう責任取ってくれるんだよ!!」
立ち上がり、怒鳴り散らす慎一。
自分の不倫のせいで自滅したくせに、まだ私に責任を転嫁しようとするその浅ましさ。本当に期待を裏切らないクズ。
「責任?」
私は彼の申し出を鼻で笑い、冷ややかな笑みを浮かべた。 「責任を取るべきなのは、あなたの方でしょ。横山慎一さん」
私はポケットから、弁護士に作成してもらった離婚協議書と、あの控室の映像、さらにこれまでの裏アカでの暴言、お父さんの形見を無断売却した証拠書類一式を、テーブルに叩きつけた。
コメント
1件
慎一さん、今までの悪行を反省して下さい!! ついに天罰が…スカッとしました😁 続きが楽しみです🤗