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#アラスター
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「な、なんだよこれ……ふざけるな! 払えるわけないだろ!」
書類を引ったくり、目を通した慎一の顔が、さらに紙のように白くなっていく。そこに並ぶのは、離婚の条件、慰謝料、そしてお父さんの形見である美術品の賠償請求。
形見の美術品を査定してもらったら、結構な額になった。1万円で売れたというのも嘘で、買い取り額は30万円ほど付いていた。それを買い戻そうと思ったら、150万円ほどかかるらしいと査定してもらったのだ。
「払えない? エリートの横山慎一さんが?」
くすりと笑ってみせた。
「おかしいわね、私には生活費2万しか渡さずに、裏では『イケてる俺最強』なんて名前で豪遊していたのに」
「お前……なんでそれを……っ」
「これなーんだ」
私はらぶ美のアイコンを見せた。「私相手に欲情してくれて、どうもありがとう」
「なっ……!?」
「あなたが私をメシマズの無能だと世界に発信している間も、別の女とホテルでマッサージ(笑)をしていることも、らぶ美とのやり取りも、ぜんぶ証拠持っているから」
慎一がガタガタと震え出し、ソファに崩れ落ちた。プライドの塊だった男が、自分の傲慢さのせいで築き上げたすべてを失い、足元から崩れていく。この顔が見たかった。
「……こんなの、認めないからな! 離婚届なんて絶対に出さない! お前だって、僕が泥水をすすることになったら生活できないだろ!」
まだそんな寝言を言っている。生活費2万で私を干からびさせようとしていた男が、今さら何を言っているのだろう。
「勘違いしないで。あなたが泥水をすするのを見届けるために、私は今日まで従順な妻を演じていたのよ」
「な……なにを……」
「私、ひとりでも生きて行けるから。早速デザインの仕事も受注もらっているし、慎一に養ってもらわなくても、結構なんで」
「――!!」
顔色を変えた慎一が私に向かって謝ってきた。
「悪かった! 許してくれ!!」
「今さらなに?」
「美輪がいないとだめなんだ! お願いだ。離婚は考え直して――」
「お断りします♡」
あんぐり口を開けた慎一の顔ったらないわ。
あははっ。慎一が私に縋りついて離婚を撤回して欲しいって言うなんて!
最高だわ。
「明日、弁護士事務所へ行きます。そこにあなたの御両親にも来ていただくよう、すでに連絡してありますから」
「な、親父たちまで巻き込む気か!?」
「当然でしょ。調理を失敗したお料理は、調理した者の責任だから。片づける義務があるわ」
慎一はもうなにも言えなかった。
「協議離婚でよろしくね。ゴネても無駄だから。家庭裁判所なんて面倒でしょ? じゃ、明日事務所でお会いしましょう。さようなら」
それだけ言ってドアを開けると、夜の冷たい空気が頬を撫でる。
胸の奥につかえていた黒い塊が、すうっと消えていくようだった。私は住み慣れた家を後にした。
今の世の中は便利だ。スマートフォンひとつあれば、仕事がいくらでもできる。ナラココというサイトで、自分のデザインした作品を売ったお金を貯めていたので、当面の生活費は困らない。
リリコさんが落ち着くまで家に来てもいいよと言ってくれたので、今は甘えさせてもらおうと思い、お願いした。数少ない荷物はもう、彼女の家に送らせてもらった。
(……お父さん、見ててね。私の人生は、ここからだから)
スマートフォンをタップし、マカロンのチャットに一行だけメッセージを送る。 『調理、完了しました』
ブーッ ブーッ
スマートフォンが鳴った。マカロンのグループチャットから次々と通知が届いている。
『美輪ちゃん、大成功だね!』
『愛人のSNS、特定されて大炎上中だよ~☆』
笑里がパーティー会場で「だから慎一さんに愛されないのよッ!」と叫んだ醜態は、同僚たちの耳だけでなく、彼らのスマホを通じてすでに社内、そしてネットの海へと拡散され始めていた。
二人の逃げ場は、もうどこにもない。
『お疲れ様でした、美輪さん。明日は極上のデザートを用意してお待ちしております』
私は小さく微笑み、地獄のような我が家に二度と振り返ることなく、歩き出した。
※
翌日。夫は観念したのか、離婚は驚くほどあっさりと終わった。義理両親たちも、世間体が悪いと思ったのか、慰謝料の件も軒並み合意してくれた。その代わり、生活費2万円しか渡していなかったことや、慎一のモラハラを誰にも言わない約束の上だ。念書を書かされたので、私が慎一のことを悪く言うことはできなくなった。他は知らないけど。
恐らく、再婚を考慮してのことだろう。孫もまだあきらめていないんだ。こんな腐った男に嫁ぐ人がかわいそうだから、ユカリさんに相談しよう。クズ一家は滅びるべきね。
マカロンに向かった。
私はこの場所に来れたからこそ、立ち直ることができた。
オーナーとどうしてもふたりきりで話がしたかったので、時間を作ってもらった。
扉を開けると、美しいドアベルが鳴り、カウンターの中央に立つオーナーが微笑んで私を出迎えてくれた。
だからちゃんとお礼を言わなきゃ。
「無事、慎一と離婚できました。ありがとうございます。オーナー……いえ、お義姉さん」
コメント
1件
え⁉️オーナーが🫢うわぁー続きがーーー気になり過ぎです😳