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最初の変化は、あまりにも静かだった。
ドラコ自身、すぐには信じられなかった。
あの禁書の奥で見つけた古い術式。
魂を少しずつ削る代わりに、痛みと恐怖の輪郭を曖昧にする禁忌。
一歩間違えば終わると分かっていた。
分かっていたのに、それでも手を出した。
他に手がなかったからだ。
夜ごとハリーを求めてしまう自分も、昼に取り繕いきれなくなっていく自分も、杖を持つたび喉を締め上げられる恐怖も、何もかも限界に近かった。
だから、ほんの少しだけ。
本当に少しだけなら。
自分なら制御できる。
その程度の冷静さは残っている。
そう思った。
最初の儀式は、小さなものだった。
血は使わない。
派手な魔法陣もいらない。
ただ、古い言葉を正確に唱え、自分の魂の輪郭へ刃先を入れるような繊細さが必要だった。
終わったあとの数分、ドラコは椅子に座ったまま動けなかった。
胸の奥が、ひどく冷たい。
息を吸うたび、自分の内側に薄い空洞が増えたような感覚がある。
それは恐ろしかった。
けれど同時に、もっと恐ろしいことにも気づいた。
静かだ。
耳の奥で鳴っていたざわめきが遠い。
杖を握った瞬間に蘇っていたあの冷たい声も、今は聞こえない。
ヴォルデモートの影が、初めて少し薄い。
ドラコはそこで、長く息を吐いた。
その吐息は、ここ数ヶ月でいちばん深かった。
⸻
次の日の朝、ハリーは食堂へ入ってきたドラコを見て、足を止めた。
顔色が少しましだ。
目の下の影も薄い。
完璧とは言えない。
でも、前より明らかに呼吸が落ち着いている。
ハリーはすぐに分かった。
何かが違う。
ドラコは席につく。
いつも通り背筋はまっすぐだ。
でも今日のそれは、無理やり立てている硬さではなく、少しだけ自然だった。
昼のあいだ、ハリーは何度もその横顔を盗み見た。
授業で杖を持つ手も、前より震えていない。
ぎこちなさは残るが、少なくとも固まってはいない。
休み時間、ハリーは廊下でとうとう声をかけた。
「今日、少しましだろ」
ドラコは一瞬だけ目を細めた。
けれど、以前ならすぐに皮肉が返ってきたところで、今日は少し違った。
「そう見えるか」
その返し方が、妙に素直だった。
ハリーは少しだけ戸惑ってから頷く。
「うん」
それから少し笑う。
「やっと少し眠れた顔してる」
ドラコはそれを聞いて、ほんのわずかに口元を緩めた。
笑った、と言い切るには小さすぎる。
でも、やわらいだ。
確かに。
その小さな変化だけで、ハリーの胸は熱くなった。
「……今夜」
気づけばそう言っていた。
ドラコは少しだけ視線を流し、それから低く答える。
「行く」
たったそれだけの返事だった。
なのにハリーは、その二文字だけで一日を持ちこたえられる気がした。
⸻
夜、教室へ行くと、ドラコはすでに来ていた。
窓辺ではなく、机の端に腰を下ろしている。
灯りは少しだけついている。
いつもより明るい。
それだけで、今夜は違うのだと分かる。
ハリーが扉を閉める音を聞いて、ドラコが顔を上げる。
その目に、以前ほどの張りつめた警戒がない。
「遅い」
いつもの言葉だ。
でも、声音がやわらかい。
ハリーは思わず笑う。
「待ってたの?」
「勝手に解釈するな」
そう返しながらも、追い出す気は最初からない顔だった。
ハリーはゆっくり近づく。
ここ数日のあいだ、二人の関係は明らかに変わっていた。
もう、ただ肩を並べて座るだけではない。
口づけも、抱擁も、互いの体温へ深く踏み込むことも、すでに知っている。
それでも今夜は、何かが違った。
ドラコのほうが、先にハリーへ手を伸ばした。
ローブの袖を指先で軽く引く。
その仕草だけで、ハリーの胸の奥は一気に熱くなる。
「……どうした」
聞いた声が、自分でも少し掠れていると分かった。
ドラコは答えず、ただ近づいた。
そしてそのまま、ハリーの肩へ額を寄せる。
拒絶もためらいもない。
今夜のその近づき方は、あまりにも自然だった。
ハリーは一瞬だけ動けなかった。
それから、ほとんど本能みたいに腕を回す。
細い背中。
馴染み始めた体温。
それが腕の中へきちんと収まる。
ドラコは力を抜いていた。
こんなふうに、最初から自分を預けてくる夜は初めてだった。
「……ドラコ」
名を呼ぶと、肩口で低い声が返る。
「何だ」
「今日、ほんとに違う」
ドラコは少しだけ沈黙し、それから言う。
「そうかもな」
それは肯定だった。
曖昧に濁さない肯定。
ハリーはその一言だけで胸がいっぱいになりそうだった。
口づけると、ドラコはすぐに応えた。
以前なら、最初の数秒にわずかな迷いがあった。
ハリーは深く舌を絡め、ドラコの唇を貪るように吸った。
ローブの前を開き、シャツの下へ手を滑り込ませる。
熱い肌。
指先で乳首を捉えると、ドラコの背筋が小さく震えた。
「……待て」
息の合間にドラコが言う。
でも、その声に拒絶はない。
ただ少しだけ呼吸を整えたいだけだ。
ハリーはその唇の近くで止まり、目を見た。
灰色の目は、以前より穏やかだった。
穏やかなのに、その奥で何かが薄くなっていることに、この時のハリーはまだ気づけなかった。
「お前」
ドラコが少し息をつきながら言う。
「今日は、やけにひどいな」
「君が」
ハリーは低く返す。
「ちゃんと受け入れてくれるからだよ」
その言葉に、ドラコは一瞬だけ視線を伏せた。
でも否定しない。
否定できないのだ。
今夜の自分は、実際そうだから。
禁忌に手を出したことへの嫌悪はある。
自分の魂へ刃を入れた感覚も残っている。
それでも、そのおかげで今だけは少し楽だ。
悪夢も、幻覚も、呪文への恐怖も、薄い膜の向こうへ遠ざかっている。
だから、こうしてハリーへ向ける。
今までなら怖くて出せなかったものを。
弱さも。
渇きも。
触れてほしいという欲求も。
ハリーはそれを、まるごと受け取った。
受け取ってしまった。
もともと依存の気があるところへ、こんなふうにきちんと腕の中へ収まってくるドラコを与えられて、正気でいられるはずがなかった。
「もっと」
気づけばそう言っていた。
情けないと思う暇もない。
ドラコはその言葉を聞いて、少しだけ目を細める。
拒まない。
むしろ、その欲深さごと見つめ返す。
「……お前、ほんとに際限がないな」
「君が受け入れるからだろ」
その返しに、ドラコは少しだけ笑った。
今まで見たどの笑いよりも静かで、でもずっと本物に近かった。
それがハリーにはたまらなかった。
ローブを床に落とし、シャツを頭から引き抜く。
ドラコの白い肌が露わになる。
ハリーは唇を首筋に這わせ、鎖骨を噛み、胸を舌で舐めながら下へ下りていく。
ズボンのベルトを外し、硬く張りつめたドラコのものを掌で包むと、ドラコの喉から甘い吐息が漏れた。
「ハリー……」
初めて名前を呼ばれた。
それだけでハリーの理性が飛んだ。
指で先端を擦り、根元を強く握りながら上下に扱く。
ドラコの腰が跳ね、膝が震える。
ハリーはさらに深く口に含み、喉の奥まで飲み込みながら舌を絡めた。
ドラコの指がハリーの髪を掴み、引き寄せるように力を込める。
「……待て、ばか……」
掠れた声で訴えるドラコを、ハリーは床に押し倒した。
ローブを完全に剥ぎ取り、自分の服も乱暴に脱ぎ捨てる。
二人の肌が密着する。
熱い。
硬い。
互いの欲情が擦れ合う感触に、どちらも息が荒くなる。
ハリーはドラコの脚を開かせ、準備もそこそこに指を二本沈めた。
中を掻き回し、敏感な場所を的確に擦るたび、ドラコの背が弓なりに反る。
「んっ……あ……ハリー……」
今夜のドラコは、声を隠さない。
弱いところを全部見せている。
ハリーは指を引き抜き、自分の熱く脈打つものを押し当てた。
ゆっくり、しかし容赦なく、根元まで沈める。
「くっ……お前、締まりすぎ……」
ドラコの内壁がハリーを強く締めつける。
熱い。
ぬるぬるした感触。
腰を動かすたび、ドラコの喉から甘く淫らな喘ぎがこぼれる。
ハリーは激しく突き上げながら、ドラコの耳元で囁いた。
「もっと……もっと俺を受け入れろ……」
ドラコは両腕をハリーの背に回し、爪を立てる。
涙目でハリーを見つめながら、掠れた声で返す。
「お前が……こんなに奥まで……来るからだろ……」
二人は何度も体位を変え、机に寄りかかり、壁に押しつけられながら交わった。
汗と体液の匂いが部屋に満ちる。
ドラコが果てるたび、ハリーも限界まで追い詰められ、最後にはドラコの中に熱をすべて吐き出した。
抱いても抱いても足りない。
唇を重ねても、腕の中へ閉じ込めても、まだ足りない。
この人が本当に自分のほうへ来ていると確かめるたび、もっと欲しくなる。
失うのが怖い。
だから確かめる。
確かめるたび、もっと欲しくなる。
完全に依存だった。
でもハリーは、その時にはまだそれを幸福の形だと思っていた。
ドラコもまた、今夜だけはその依存を拒まなかった。
普段なら息苦しくなるはずの深さも、今夜はむしろ心地いい。
ハリーの腕が強いほど、自分の輪郭が戻る気がする。
胸の奥のざらつきが遠のく。
“今ここにいる”という感覚だけが、久しぶりにはっきりしていた。
だからドラコは、今までよりずっと素直だった。
自分から名前を呼ぶ。
目を見て、逸らさない。
触れられて気持ちが揺れた場所を、隠さない。
弱いところへ手が伸びても、今日は拒まない。
「……お前」
耳もとで低く言う。
「今日、ひどく意地が悪い」
「君のせいだよ」
「僕の?」
「君が、こんなにちゃんとここにいるから」
その一言に、ドラコの胸の奥で何かが小さく痛んだ。
ちゃんとここにいる。
その言葉が、今夜に限ってひどく遠く感じる。
なぜなら、自分でも分かっているからだ。
今の落ち着きは、本当の回復ではない。
借り物の静けさだ。
けれど、その真実を今夜のハリーへ渡すことはできなかった。
だからドラコは、代わりにハリーの背へ腕を回した。
今までよりも深く。
まっすぐに。
ハリーの呼吸が揺れる。
その反応を感じると、ドラコは少しだけ目を閉じた。
欲しいものを与えれば与えるほど、ハリーはさらに深く沈んでいく。
そのことも分かっている。
でも今夜は、止める理由が見つからなかった。
自分も同じように、この温度へ沈みたかったからだ。
その夜、二人は今まででいちばん長く一緒にいた。
話す時も、触れ合う時も、どちらかが少し離れようとするともう一方が引き戻す。
そんなことを何度も繰り返した。
教室の冷たい壁。
月明かり。
寄せた机。
少し乱れた呼吸。
指先の熱。
その全部が、ハリーには甘かった。
ようやく辿り着いた安息みたいに思えた。
「……ドラコ」
肩へ額を寄せたまま、ハリーが低く呼ぶ。
「何だ」
「ずっとこうしてたい」
それはほとんど無意識の本音だった。
ドラコは少しだけ動きを止めた。
それから、すぐには答えず、ハリーの髪へ指を差し入れる。
「お前」
静かな声。
「そういうことを、簡単に言うな」
「簡単じゃないよ」
「重い」
「知ってる」
「知ってて言うな」
そのやりとりのあと、ドラコは小さく息を吐いた。
そして、ごく低く言う。
「……今夜くらいは、許してやる」
その言葉に、ハリーの胸はきつく締まった。
嬉しくて。
ほっとして。
同時に、こんな一言で救われてしまう自分が少し怖くて。
けれど、それでも腕はゆるめなかった。
その夜が終わる頃には、ハリーはもうはっきり自覚していた。
自分はドラコへ深く沈んでいる。
もう後戻りできないくらいに。
そしてドラコもまた、今夜だけは、その重さを受け止めていた。
だからこそ、いずれ来る破綻はもっと残酷になる。
二人とも、そのことをまだちゃんと見ようとはしていなかった。
⸻