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そこに、一部とはいえ「クリスがエリナに恐れられたくない」という理由があるなら、これはクリスの身勝手な庇護欲でしかない。
だが、もうそれしかない。すべてが丸く収まる方法を考えるには、時間が圧倒的にたりない。
エリナが彼女自身を、彼女のやり方で守ろうとするなら、クリスはクリスの譲れないもののために、クリスのやり方でエリナを守る。
――だって、もうあなたを喪えないから。
翌日、クリスはエリナを迎えに行った。
仰々しい馬車で、エリナこそが竜王の番であると民草に知らしめた。
それがある程度の抑止力になると思ったからだ。
これで、エリナの顔は城下町に知れ渡った。
雑念が入ると魔法の質は落ちる。だから、エリナを狙うものが少しでも動きにくくなればいい。
クリスは、そう思って目を伏せた。
――やめてよ、クー……。あなた、竜王、じゃ、ないんでしょ……。そんなこと言わないでよ……。
エリナはおびえていた。竜王という、トラウマを、古い傷をえぐるような存在に、体を震わせて、目に涙を浮かべて。
エリナ自身を傷付ける刃のような言葉を封じたくて口づけた、唇の感触を思い出すように唇をなぞる。
エリナの唇は、柔らかくて甘く、こんな時でなければずっと触れていたいほどに愛しくて。
不謹慎だ、と自分をせせら笑って、クリスはエリスティナの涙を思い出した。
泣かせたくなかった。あのちいさなアパートで、幸せそうに微笑むエリナを傷付けたくなかった。
けれど、そうしたままでいるには、クリスの心は弱すぎた。
この手から零れ落ちた、愛しいだけの存在。エリスティナを失ったあの日の傷はまだ癒えていない。
――否、一生、癒えることはないのだろう。傷を抱えて、最期の瞬間まで生きていくのだ。
「ごめん、ごめん、エリー」
クリスは、エリスティナの部屋の、分厚いドアに背を預け、ずるずるとへたり込んだ。
あなたを傷付けた。あなたを怖がらせた、あなたを泣かせて、けれど、それでも安堵している。
これでエリナを守れると、ほっと息をしている。
「怖がらせて、ごめんなさい……」
だから、絶対に守り抜く。
あなたから笑顔を奪ったのだから、もう二度と、誰かの悪意によってあなたを損なわせたりしない。
――そうしたら。
そうしたら、たった一度、一瞬でいいから、ねえ、エリー。
もう一度、笑ってくれますか。
そんなことを思って、クリスは回廊の窓から見える空を見た。
エリナの瞳に似ている空は、広く、冴えるように鮮やかな色をしている。
それが、今のクリスには、ただ、ただ、まぶしかった。
コメント
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クリスの決意の重さ、切なさがひしひしと伝わってきました……。「ごめん、ごめん、エリー」と謝りながらも、守るために強引に進むしかない苦しさが胸に刺さります。エリナの瞳に似た空が「まぶしかった」というラスト、あまりに美しくて切なくて、読後しばらく動けませんでした。本当に素敵な38話をありがとうございます🌙