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#政略結婚
常陸之介寛浩
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コメント
1件
おお、瑠亜視点か…! これはまた違った角度で刺さるわ。 今までは兄さんの内面とか周りからの描写が多かったけど、瑠亜の「知ってる兄さんじゃない」っていう違和感と焦りが生々しくて、すごく良かった。特に「僕の知らない兄さんになるのは嫌だ」ってセリフ、双子ならではの執着と支配欲が滲んでてゾクッとしたわ。 兄さんが変わったことで、瑠亜の方が揺さぶられてるのが面白い。この先、どう転ぶのか気になって仕方ない🔥
朝、兄さんは早く家を出た。朝食も食べずに。
だから今日は学校に来ないかもしれないと、少しだけ思っていた。
あのままどこかで拗ねて、勝手に休むのかもしれない、と。
でも兄さんはちゃんと学校に来た。
別に遅刻したわけでもない。
目立つことをしたわけでもない。
ただ教室に入ってきて、自分の席についただけだ。
それだけなのに、妙に引っかかった。
(……何だろう)
僕はクラスメイトと話しながら、視線だけを兄さんへ向けた。
顔色はまだ良くない。
身体も薄いし、見た目だけなら相変わらず弱そうだ。
少しつつけば折れそうな、頼りない兄さんのままのはずだった。
でも何かが違う。
前みたいな、触れたらすぐ崩れそうな感じがない。
兄さんはいつも分かりやすかった。
視線を向ければ怯むし、少し煽れば顔に出る。
僕が困ったように笑えば、周りは自然と兄さんを責める方へ流れていく。
そういう風に出来上がっていた。
兄さんはそういう役だった。
――なのに、今は違う。
教室に入ってきた兄さんは、周りの目に気づいていないわけじゃないのに、わざわざ反応もしなかった。
怯えているようにも見えない。
かといって、開き直っている感じとも少し違う。
ただ静かだった。
その静けさが、僕にはひどく気持ち悪かった。
花宮澪が朝から例の召喚配信の話をしている。
僕も少し前に切り抜きを見た。正体不明の召喚士。
戦い方が妙に冷たくて、でも妙に目を引く。
教室のあちこちでその話題が広がっているのを聞きながら、僕は兄さんの様子を観察していた。
兄さんは配信の話に特に興味を示さない。
でも、まったく無関心という感じでもない。
どこか距離を取っているようで、でも耳はちゃんと拾っているような、そんな曖昧な反応だった。
朝比奈が兄さんに話しかけているのも見えた。
あの学級委員は、ずっと兄さんのことを面倒な問題児として扱ってきたはずなのに、今日は少し様子が違う。
花宮もそうだ。
面白がってはいるけれど、前みたいに一方的に兄さんを消費する感じじゃない。
教室の空気が、ほんの少しだけ変わっている。
それが気に入らなかった。
(何で? どうして?)
兄さんはもっと分かりやすかったはずだ。
もっと扱いやすかったはずだ。
何で今さら、周りが少しずつ「あれ?」みたいな顔をするんだろう。
その違和感は、休み時間にもっとはっきりした。
真田たちが兄さんの机へ行った時だ。
あれはいつもの流れだった。
真田がちょっかいを出して、西園寺が笑って、兄さんが反応して、空気が兄さんに不利な方へ転がる。
――そうなるはずだった。
けれど、兄さんは違った。
「それで満足か?」
その声を聞いた瞬間、僕は目を細めた。
怒鳴っていないし、声を荒げてもいない――だけど、前よりずっと冷たい。
しかも、真田の方が一瞬たじろいでいた。
兄さんは机を揺らされても騒がなかった。
被害者ぶることもしない。
ただ淡々と、相手のやっていることがくだらないと突きつけた。
そんなこと、今までの兄さんはしなかった。
兄さんはもっと単純だった。
嫌がらせをされれば顔に出るし、追い詰められれば黙るし、少し責められればすぐ空気に呑まれた。
そうやって下にいてくれるから、周りも動かしやすかったのに。
なのに今は、うまく転がらない。
真田が怒って手を出しかけた時、朝比奈が止めに入った。
その時も本気で驚いた。
朝比奈は兄さんじゃなくて、真田の方を見ていたからだ。
さらに花宮まで言った。
「今の、別に久城くん悪くなくない?」
教室の空気が揺れた。
大したことじゃない――本当に、ほんの少しだ。
兄さんへの評価が一気にひっくり返ったわけじゃない。
でも、それでも十分気持ち悪かった。
今までなら、こんな風に流れなかった。
兄さんが何をしても、何を言っても、結局は「兄さんが悪い」で終わったはずなのに。
視線の先で、兄さんはずれた教科書を何事もなかったように戻していた。
その時、初めて兄さんと目が合う。
――ぞくり、とした。
何がとはうまく言えない。
でも、前とは違う。
今の兄さんの目は、僕を見て怯えない。
痛そうにも、苦しそうにも見えない。
ただ、まっすぐ見てくる。
それが嫌だった。
昼休みも、兄さんは妙だった。
透花がプリントを落としかけた時、兄さんがさっと手を伸ばしたのを見た。
自然すぎて、一瞬だけ目を疑った。
(……何で?)
そんな風に動けるなら、もっと前からそうしていればよかったじゃないか。
今さらそんな顔をされても困る。
透花も何か感じたらしく、兄さんを見ていた。
どこか懐かしいものを見るような顔だった。
その瞬間、胸の奥がちくりと痛んだ。
兄さんが変わるのは嫌だ。
兄さんが自分の知らない場所へ行くのも嫌だ。
兄さんにあんな目を向けられるのは、もっと嫌だった。
兄さんはずっとそのままでいればよかったのに。
弱くて、扱いやすくて、僕の隣でちゃんと下にいてくれれば、それでよかったのに。
放課後になる頃には、その苛立ちはかなりはっきりした形になっていた。
――兄さんは変だ。
でも、何が変なのかをちゃんと言葉にできない。
違うのは雰囲気。
目、反応、声、そして立ち方。
全部少しずつなのに、全部が前の兄さんじゃない。
だから、確かめたくなった。
人の少ない階段で兄さんを呼び止めたのは、ほとんど衝動だった。
「――兄さん」
兄さんが足を止める。
振り返った顔は、やっぱり前と違った。
僕は笑顔を作ったまま近づく。
でも、たぶん目の奥までは取り繕えていなかった。
「ここ数日、本当に変だね」
兄さんは何も言わない。
その沈黙すら前とは違う。
前ならもっと居心地悪そうにしたのに、今はただ静かに聞いているだけだ。
「前はそんな顔、しなかったのに」
「……」
「もっと分かりやすかったよね。すぐ怒るし、すぐ傷つくし、すぐ黙るし」
言いながら、自分でも少し変だと思った。
どうしてこんなに、前の兄さんの反応を細かく覚えているんだろう。
どうしてそれが変わったことに、こんなにざわつくんだろう。
でも、言葉は止まらなかった。
「最近の兄さん、前より面白いよ」
――これは本音だった。
今の兄さんは、前よりずっと気になる。
何を考えているのか分からない。
何を見てそういう目をするのかも分からない。
だから見ていたくなる。
でも、それと同じくらい気持ち悪かった。
「でもさ」
僕は少しだけ声を落とした。
「――僕の知らない兄さんになるのは嫌だな。だって僕たち双子でしょう?」
その瞬間、兄さんの空気が少しだけ冷えた気がした。
(ああ、やっぱり……)
今までの兄さんなら、その言い方で揺れた。
なのに今の兄さんは、もう揺れない。
「……勝手にしろ。俺はお前に合わせる気はない」
その返しに、一瞬だけ笑みが止まった。
――合わせる気はない。
そんなこと、前の兄さんなら言わなかった。
言えなかった。
言う前に折れていた。
なのに今は違う。
「そっか」
甘い声で返しながら、胸の奥では何かがじわじわ濁っていくのが分かった。
兄さんは変わった。
変わってしまった。
でも、何で?
誰かに何か言われた?
外に何かできた?
それとも、本当に壊れた?
「じゃあ、もう少し見てようかな」
そう言って一歩引く。
兄さんはそれ以上何も言わず、そのまま階段を下りていった。
追いかける気にはなれなかった。
というより、追いかけても前みたいな反応は返ってこない気がした。
背中を見送る。
兄さんは、もっと分かりやすかったのに。
前の兄さんは、もっと簡単だった。
痛がる顔も、黙るタイミングも、怒る線も、全部分かっていた。
だから扱いやすかった。
だから安心できた。
――でも今は違う。
自分の知らない兄さんが、少しずつそこにいる。
それが、ひどく気に入らなかった。
誰にも渡したくないと思った。
兄さんは兄さんなのに。
僕の知っている兄さんでいてくれないと困るのに。
勝手に知らない顔をして、勝手に変わっていくなんて、そんなのは駄目だ。
僕はしばらく階段の上に立ち尽くしたまま、兄さんの消えた先を見つめていた。
胸の奥にあるのは怒りなのか、不安なのか、自分でもよく分からない。
ただ一つだけ、はっきりしていた。
このまま放っておくのは嫌だ。
兄さんが何を隠しているのか。
どうして変わったのか。
どこでそんな目を覚えたのか。
ちゃんと知らないと落ち着かない。
だから――もう少し見ていよう。
今までみたいに壊れるのか。
それとも、どこまで変わってしまうのか。
その答えを知るまでは、絶対に目を離してやらない。
そう思いながら、僕はゆっくりと階段を下り始めた。