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きれまゆ
🤖と📡
ソファでくつろぐ頭には、珍しくトレードマークのバケットハットがのっていない。
スマホを眺めてはいるが、開かれているのはホーム画面で、特に目的がある訳でも無いのだろう。
声をかけるべきか逡巡して、もう少し待つことにする。ハイライトのないその黒い目は、何か考え事をしているように見えたからだ。
通常装甲の時は目線がバレにくい。いわゆる顔面の内側に位置するカメラは、黒塗りの保護部を通すと途端に見えづらくなるのだ。
それをいい事に、机を挟んだ目の前に座る彼の顔を、今一度観察する。
年相応の皺やなんかは刻まれているが、それでも若々しいと言えるだろう。健康的に日焼けした肌は彼の特徴の一つだ。茶色がかった黒髪は中年男性らしくパサついている。もっと手入れをすればいいものを。スマホに注がれている視線、伏せられたまぶたに綺麗に睫毛が生えている。男の割に長い。
そこまで観察してふと気づく。彼の右目側の眉、切れ込み、スリットと言うのだろうか、とにかく毛が一部生えていない所があるのだ。
「店長。」
「…ん?」
気づいてしまったからには、そこを話のネタとさせてもらう。停滞した部屋の空気を動かすには充分だろう。
「右の眉、切れ眉なんですね。」
「ああ、これ?」
するりと右手で眉をなぞる。左手にあったスマホを伏せて置いたことから、提供した話題にのってくれるようだ。
「オシャレですか?」
「いや、昔のケガ。傷は塞がったんだけど、跡になっちゃってね。」
「……なるほど。」
「なに、聞きたい?」
「はい。」
店長はあまり自分の事を話したがらないから、こういう時くらいはいいだろう。黒歴史でも武勇伝でも、私にとっては大差ない。
「あぁそう、じゃあかいつまんで。」
「じっくり聞きたいです。」
「えー。……んまあいいけど…。」
『ごめん俺もうヘリ落ちるわ。穴上見るね。』
撃たれまくってエンジンのイカれたヘリは、それでも危なげなくビルの屋上に着地する。
空は雲ひとつなく、晴天。刺すような日差しが肌を焼く。
『四つ又から入ってる人気をつけてね、そこ2人居た。穴は俺見てるから。詰めていいよ。』
ビルの縁ギリギリに立って下を見下ろす。金庫前にいた奴は先程まで俺のヘリを撃っていたから、俺がここにいる事も恐らくバレている。
アイツを殺れれば、盤面がこちらに向く。あーくそ、俺エイム悪いのに。
ちか、と視界の端で何かが光る。
ほとんど反射で顔を逸らし、弾丸が右目を掠めた。だくだくと血が流れる。まずい。
『ごめ、俺ちょっと巻く。穴見れてない。』
雑に包帯を巻きながら、先程の光は銃口の反射か。と嫌に冷静に考える。ヘッドショットを免れただけ良いか。早く体制を立て直さないと。
もう一度下を覗き、がむしゃらに撃つ。左目だけじゃ照準がブレてしまう。ほとんどお祈りエイムだ。
当たれ、当たれ。
穴の中で、人影が倒れた。
『金庫前やれたかも。四つ又どう?』
『詰めてるのね、OK。そのまま金庫まで行けるはず。金持ち1人だから、出てきたの潰していいよ。あー、うん護送優先で。』
『やった?ナイスー!収束収束ー。』
最後の1人、金庫中を無事に拘束。オニオンヘイストが収束した。ブレブレだったけど俺も1人持ってったし、貢献したと言えるだろ。
ファーストエイドキットを噛み砕いて、ヘリを簡易的に修理する。
とりあえず、病院。牢屋は任せよう。
『もうちょっと避けんのが遅かったら失明してたね。自分の反射神経に感謝しなよ。』
治療が終わって開口一番がそれか。口の悪い馴染みの医者が、カルテを叩き言い放った言葉。
「とまあ、こんな感じか。」
「……そうでしたか。ユニオンみたいなものですかね。オニオン?ヘイストは。」
「そうね。」
懐かしむように腕を組み話す店長。
きっと、私の知らない傷が、まだたくさんあるのでしょう。
「……店長。」
「ケイン?どした……、」
スプリングを鳴らしてソファから立ち上がる。店長の前に立ち、左手を伸ばした。
「……ふふ、労わってくれてんの?」
親指で眉をなぞる。拒まれない。何度も、何度もなぞった。
「分からないです。…何故か、こうしたくなって……?」
「そう。」
店長は動かなかった。静かに目を伏せ、私から与えられる何かを、ゆっくりと享受している。
手を離す。店長の体温が移って、機械のはずの手が暖かかった。
「店長は、私が守ります。この街では同じ怪我はさせません。」
「えへぇ?それは無理じゃない?」
「無理でもいいです。私がそうしたいと思ったんです。」
店長は、目を逸らさずに私を見ていた。
「それはケインの意思、てことね?」
「はい。」
「なら、好きにしたら?俺はいつも通り、今まで通りに動くからね。」
店長は立ち上がり、私の頭を軽く撫でる。
帽子の無い顔は、少し恥ずかしそうに、嬉しそうに緩められていた。
もうちょっと書ける気はするけど気力が尽きたためここで切り