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ゆうき あきや
1,642
厚揚げ衣
20
なんたろ
1
いちご@ホロオタ×ぴちりす
295
「……ん、あ……?」
帯広市のボロアパート、四畳半の畳の上。
俺は、どれくらいの間そうしていたのか、冷え切った床の感触でゆっくりと意識を取り戻した。
PCのモニターからは、ジェミニ先生が弾き出した『来年の税金:約1034万円』という絶望の数字が、まるで血文字のように赤々と光を放っている。
「……夢じゃ、なかった」
体を起こそうとすると、全身の筋肉が軋み、腰の奥から鈍い痛みが走った。
港区のスタジオでの同接三十万人という狂乱の夜から、二日。
俺の肉体も精神も、そして『未来の財布の中身』も、完全にズタボロに引き裂かれていた。
「一千万、か……」
俺は、畳から這い上がり、俺の相棒である、リスナーから貢いでもらった三万円のゲーミングチェアにドカッと腰を下ろした。
一千万円。
俺が底辺の派遣社員時代、血反吐を吐きながらコールセンターでクレーム処理をして、何年かかっても貯められなかった途方もない大金だ。
それが、来年の俺の口座から、国税庁と帯広市役所という『国家権力』によって、合法的に、かつ強制的にむしり取られる。
「……バカバカしい」
俺は、力なく自嘲した。
何がインフルエンサーだ。何がミリオンVTuberだ。
スパチャの雨を降らせて、グッズを売りまくって、ついに成功者の仲間入りを果たしたと思っていたのに。
現実はどうだ?
稼げば稼ぐほど、税率という名の見えない壁が高くなり、インボイスという名の新しい足枷をはめられる。
「これじゃあ、まるで……終わらないランニングマシンじゃねえか」
俺は、薄暗い部屋の天井を見上げた。
資本主義という名の、巨大なランニングマシン。
貧乏な時は、時速三キロでトボトボと歩いていればよかった。景色は変わらないし、腹は減るが、転んで大怪我をすることはない。
だが、一度『成功』という名のスイッチを押してしまったら最後。
マシンの速度は時速十キロ、二十キロとどんどん上がっていく。
降りることは許されない。
もし足を止めれば、背後に待ち構えている『税金』という名の巨大なトゲ付きローラーに巻き込まれ、全てを失って破産する。
だから、走り続けるしかない。
吐きそうになっても、筋肉が悲鳴を上げても、腰が砕けても。
「……もう、嫌だ」
俺の口から、本音がポロリとこぼれ落ちた。
「こんなプレッシャーに耐えながら生きるくらいなら、ペラペラの二次元アバターのまま、細々とゲーム実況でもやってりゃよかったんだ……。アリスちゃんと3Dで踊るなんて、四十歳のおっさんが見るには、デカすぎる夢だったんだよ」
机の上には、昨夜食い散らかした百五十円の『限界みそラーメン』の空き容器が転がっている。
これだ。俺には、これがお似合いなんだ。
チャンネルを閉鎖して、スタプロからの案件も全部断って、税金も分割払いにしてもらって、またあの静かで暗い底辺の生活に戻ろう。
そう決意し、PCの電源を落とそうとマウスに手を伸ばした、その時だった。
『ピローン♪』
ブラウザの端に、一つの通知がポップアップした。
それは、YouTubeからの『コメント新着通知』だった。
昨日から配信を休んでいるというのに、俺のチャンネルのフリートーク掲示板には、絶え間なくリスナーたちからの書き込みが続いているのだ。
『和尚、筋肉痛で死んでるのか?ww 早く配信つけろよ!』
『昨日の3D配信、何回見ても腹痛いww 伝説すぎるだろ』
『税金にキレてる時の和尚、マジで輝いてたぞ! インボイスなんかに負けんな!』
『スパチャ投げたいから早く枠取ってくれ! おっさんの苦しむ顔(イケメン)が見たいんだよ!』
「…………お前ら」
文字の羅列。
ただの、インターネット上の見ず知らずの人間たちの、無責任な言葉の数々。
なのに。
それを見た瞬間、俺の胸の奥底で、冷え切っていたはずの炭火に、ボワッ、と熱い風が吹き込んだような感覚があった。
「……ふざけんなよ」
俺は、マウスを握りしめたまま、ギリッと奥歯を噛み締めた。
「ふざけんなよ……。誰が、誰が負けるかよ」
俺の脳裏に、港区のスタジオで大爆笑していたアリスの顔が浮かぶ。
そして、三十万人のリスナーが作り出した、あの圧倒的な熱狂と、極彩色のスパチャの雨が、鮮明にフラッシュバックする。
そうだ。
俺はあの時、確かに『世界』の中心にいたんだ。
四十年間、誰からも必要とされず、社会の隅っこでホコリを被っていた俺が。
何十万人という人間を笑顔にして、腹を抱えて笑わせて、そして何千万円という金を動かしたんだ。
「一千万の税金がなんだ……。インボイスがなんだ……っ!!」
俺は、痛む腰を庇いながら、リスナーからのゲーミングチェアからガバッと立ち上がった。
「国税庁が俺から一千万持っていくなら! 俺はその倍、三千万稼いでやるよ!! 消費税がなんだ! 住民税がなんだ! 払ってやるよ!! 俺はトップインフルエンサーだぞ!!」
四畳半のボロアパートに、四十歳のおっさんの、血を吐くような咆哮が響き渡る。
資本主義のランニングマシンの速度が上がるなら、俺はそれ以上のスピードで駆け抜けてやる。
絶対に降りない。
この熱狂も、この痛みも、この札束も。全部俺の人生の証だ。
「……やってやらぁ!! ふざけんな、また稼がなきゃならねえじゃねえか!!」
俺は怒り狂いながら、しかしその口元には、かつてないほど獰猛で、生き生きとした『笑み』を浮かべていた。
バシッ、と。
キーボードを叩き、配信ソフト(OBS)を立ち上げる。
カメラが俺の動きを捉え、モニターの中の超絶イケメンアバターが、ニヤリと不敵に笑う。
タイトルは『【復活】税金和尚の帰還〜来年の税金が1000万超えたので、今日からまた集金します〜』。
開始ボタンを、ターンッ! と力強く押し込む。
数秒後、待機していた数万人のリスナーたちが、雪崩を打ってチャット欄に押し寄せてきた。
『うおおおおお!! 和尚生きてた!!』
『タイトルからしてもう草』
『税金1000万wwww 終わってて草』
『さあ、地獄の集金枠の始まりだ!!』
「おうお前ら!! 待たせたな!! ルシフェルだ!!」
俺は、高性能マイクに向かって、腹の底から声を張り上げた。
「おい有識者ニキ! 鈴木さん! 見てるか!! 俺の今年の税金は一千万を超えたぞ! だから今日から、またお前らの財布の底を根こそぎ絞り上げて、国税庁に叩きつけてやるから覚悟しろォォォ!!」
『スパチャ:10,000円(よっしゃあ! 絞り取れ!!)』
『スパチャ:50,000円(インボイスの修羅道、共に行こうぜ!!)』
『スパチャ:10,000円(和尚のその強欲さ、最高だ!!)』
画面が、再び極彩色の光に包まれる。
俺は、リスナーの歓声と札束の雨を全身に浴びながら、心の底から高らかに笑い声を上げた。
終わらないランニングマシン。
底辺から這い上がった四十歳のおっさんは、今日も筋肉痛と腰痛に耐えながら、資本主義という名の地獄のデスゲームを、全速力で走り続ける。
彼がこの立ち止まれない修羅道から解放される日は、まだまだ、ずっと先の話である。
(第3部完)
コメント
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読んだわ。第3部完、お疲れさま! 1000万円の税金、インボイス、終わらないランニングマシン…現実の重さと資本主義の修羅場をここまで生々しく描けるのは、ゆうきさんのリアルな解像度の高さだと思う。でも、そこから「ふざけんな、倍稼いでやる」って逆転のスイッチを入れるラストがめちゃくちゃ熱かった。リスナーのコメントが原動力になってるのも、配信者としてのリアルさが出てて刺さるわ。連載、普通に待ってる🔥