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朝霧ユウトは、寝坊した。
いつもならバスに間に合う時間なのに、スマホのアラームが鳴らなかった。いや、正確には鳴ったのに、寝ぼけて止めた。結果として、二駅分を歩く羽目になった。
「……もう、最悪。」
鞄を肩にかけ、ため息をつく。
だが不思議と、空気が澄んでいて気持ちがよかった。
朝の光がビルの窓を反射して、どこか異世界のように見える――そんな感覚は、たまにある。
小さいころから、ユウトは「景色がずれる」瞬間を感じることがあった。
空の色が変わったように見えたり、誰もいないはずの道で人影を見たり。
病院に行ったこともあるが、「疲れですね」と言われて終わった。
その“ずれ”が、本当に起こるのは、この日が初めてだった。
信号が青に変わった瞬間、
世界が――波打った。
目の前の交差点が、薄い水の膜を張ったように歪む。
空が反転し、アスファルトが光を放つ。
ユウトは思わず目をこすった。
「……は?」
音が消えた。
代わりに聞こえるのは、どこか遠くの鐘の音。
顔を上げると、見知らぬ街並みが広がっていた。
古びた建物、浮かぶ二つの月、空に走る白い軌跡。
目を疑うほど鮮やかな異世界が、交差点の向こうにあった。
「ちょ、ちょっと待って。夢か……?」
足を引いたはずなのに、地面が引き寄せてくる。
重力の方向が、ねじれる。
ユウトは叫ぶ間もなく、光の裂け目の中へ落ちた。
気づけば、石畳の上に寝転がっていた。
空気が甘い。花のような香りがする。
見上げると、空に二つの月が仲良く並んでいた。
「……すげぇ、本物だ。」
起き上がろうとした瞬間、背後から声がした。
「動くなっ!」
反射的に振り向くと、そこには少女が立っていた。
銀色の髪に、深い青の瞳。
制服のような装束を着て、腰には光る杖のようなもの。
まるでアニメのキャラクターみたいだ――と、ユウトは場違いに思う。
少女は鋭い目をして、彼を見つめた。
「……あなた、人間界の住民ね?」
「え? いや、人間界って、ここも人間界じゃ……?」
「違うわ。ここは“彼方界(アウルディア)”。本来、あなたが来られる場所じゃない。」
ユウトは言葉を失った。
夢にしては、あまりにもリアルだ。
少女はため息をつき、杖の先を軽く動かす。青い光がユウトを包む。
「異界干渉率、七十三パーセント……。くそ、完全に入り込んでるじゃない。」
「な、なにそれ? 俺、どうすれば――」
「とりあえず、動かないで。あなた、戻さないと世界が歪む。」
そう言って彼女は目を閉じ、呪文のような言葉を唱え始めた。
風が巻き、光が強くなる。
ユウトの体が、再び浮かび上がる感覚。
「ま、待って! 君は……!」
「リネア。境界監視局所属、リネア・ノルフェン。
――あなたは、危険な“境界渡り”をしたの。」
目の前が白く弾けた。
そして、ユウトは再び交差点の真ん中に立っていた。
通り過ぎる車。鳴るクラクション。
全てが、さっきと同じ現実。
ただひとつだけ違ったのは――
ポケットの中に、小さな青い石が残っていたことだった。
今回はこれで終わります。
不定期に投稿するので次がいつになるかはわかりません。
読んでくれてありがとうございます。
ではまた次の話で。