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夏目莉央
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くま🐻☁️
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上品な光沢を放つシルクが織り込まれた生地。
それで仕立てたスリーピーススーツは、高級感を演出している。
朝倉くんはノータイにすることで、ほどよくカジュアルダウンして着こなしていた。
朝倉くんの実家は都内にある。
目的地に向かって、彼が車を出してくれた。
私は助手席に座り、彼を真横から観察してしまう。
(さすが朝倉くんだわ。隙なしのカッコよさ)
整った横顔に、きちんと仕立てられたスーツ。
ハンドルを握る長い指まで様になっている。
私はどこか誇らしげに、ふっと微笑んでしまう。
「瞳子さん、どうかしましたか?」
私の視線に気づいた彼が、ちらりとこちらを見る。
けれど、その表情はどこか浮かない。
「朝倉くん、実家に戻るときはスーツを着るのね」
そう伝えると、彼は一瞬だけ自分の服装に視線を落とした。
「私にとって、これは鎧です」
「鎧? そんなに身構える必要があるの?」
「母は平気で人を傷つける言葉を使います。きっと瞳子さんにも、ひどい言動をしたはずです。あなたは優しいから、僕に黙っているだけでしょう?」
言い当てられて、思わず動きを止める。
(正解。さすが、実の母親のことをわかっているのね)
それだけ過去に、母親から辛い言葉を掛けられてきたのだろうか。
私とのスピード婚を狙うのも、母親の登場を懸念してのことだったのだろう。
そう考えると、すべて辻褄が合う。
「まぁね。でも、美麗さんの言葉で、私は朝倉くんと喧嘩をして絆を深めることができた。美麗さんの思惑通りにはいかせないわよ」
私は余裕を見せるように微笑んだ。
けれど、朝倉くんは笑わない。
「母は魔人です。実の息子が忠告するのですからね」
「うん……」
冗談めかしているようにも聞こえるけれど、その声には笑えないほどの実感がこもっていた。
実の子が親を警戒するなんて──。
自分の両親を思い浮かべると、胸がきりりと痛んだ。
「今日はお兄さんもいるのよね?」
「ええ。久しぶりに会うので、僕も楽しみです」
ようやく彼の顔が嬉しさで綻んだ。
その笑顔を見て、私は少しだけホッとする。
黒川さんの言う通り、朝倉くんはお兄さんからも愛情をたくさん受けていたのがわかる。
このことが、唯一の救いだった。
高速を走り、東京へ入った。
朝倉家は都内の高級住宅地にあった。
区画整備され、建築制限のある町。
一軒一軒が広い土地を持ち、鉄壁のような塀で囲まれている。
(ドラマで見るような豪邸ばかり……)
私は周囲をきょろきょろと見渡し、目を見張る。
もしかしたら朝倉くんは、とんでもないご子息なのかもしれない。
そんなことを考えているうちに、緊張がどんどん高まっていく。
やがて車が、三階建ての建屋の前で減速した。
自動ゲートが作動し、重厚なシャッターがゆっくりと開いていく。
到着したようだ。
「地下に駐車場があるの?」
「ええ、地下ガレージです。うちには地下室があるので」
「地下室?」
「母が蒐集した骨董品の収納部屋があるんです」
そう、彼はさらりと説明した。
「趣味で骨董品を集めているの?」
「瞳子さんに何も伝えておらず、すみませんでした。母は、日本を代表する蒐集家のかっ鳳栄一郎の一人娘なんです」
「蒐集家──って、どんな仕事なの?」
「美術品や骨董品、価値のあるものを目利きして集めるコレクターのことです」
骨董品の目利きと聞いて、支社で初めて会ったときの美麗さんを思い出した。
流木を手に取った私に向けられた、あの冷たい目。
『三流品ね』
あのとき、美麗さんは流木を三流品と即座に切り捨てた。
けれど、それは知識があった上での発言だったのだ。
ただの嫌味だと決めつけていた自分が、少し恥ずかしくなる。
「美麗さんは、すごい人なのね」
「ええ。しかし、父の事業を引き継いでからは、アンティークハントからも遠ざかっています。事業を兄に譲った後も、趣味に戻ることはなく、中途半端に経営に口を出しているようですが」
「……そうだったのね」
浮気をしたご主人の事業を引き継ぐことは、心情的にも苦しかったはずだ。
それなのに、従業員のために個人の感情を押し込め、ホテル業をさらに飛躍させた。
それは、素晴らしい功績だと思う。
けれど──その輝かしい光を作り上げるために生まれた闇は、彼女にどんな影響を与えたのだろう。
「瞳子さん」
そう名を呼ばれて、我に返った。
いつの間にか、車は地下ガレージに停められていた。
「着いたのね。ありがとう……」
シートベルトを外そうとしたところで、朝倉くんの手が伸びてきた。
彼は神妙な面持ちで私を見つめている。
そして、私のシートベルトをカチンと外した。
スルスルと戻っていくシートベルト。
それと入れ替わるように、彼の腕が伸びてきて、私の身体を包み込むように抱きしめてきた。
「朝倉くん──」
呼ぼうとした口を、彼の唇で塞がれてしまう。
突然のことに、私は目を瞬かせた。
なぜ、今ここでキスをするのだろう。
ここは、朝倉くんの実家なのに。
離れようと腕で押し返す。
けれど彼は、それ以上の力で私を引き寄せた。
執拗に唇を重ね、そして名残惜しそうに離れる。
彼の呼吸が、わずかに乱れていた。
少しだけ苦しそうで、その瞳にはどこか翳りがある。
色欲ではない、私を欲することで、安心を得ようとしている。
そんな感情が、ひしひしと伝わってきた。
「瞳子さん……僕たちの愛は揺らぐことはない。そうですよね?」
「うん。私たちの愛はびくりとも動かない。心配しないで」
「いきなり……すみませんでした。急に不安になってしまって」
「これで落ち着くなら、私も嬉しいよ」
「……瞳子さんは、僕の精神安定剤ですね」
「そう? ありがとう」
朝倉くんが不安を抱く理由は、過去のトラウマとの対峙かもしれない。
ミラーハウスで見たのは、離れていく母にすがった朝倉くんだった。
また新たな傷を負うかもしれない。
そんな不安が、今になって込み上げてきたのだろう。
私は彼の手を握った。
安心して──と、言葉にする代わりに、ぎゅっと指を絡める。
今回の対面で朝倉くんの傷を抉るなら、私は黙ってはいない。
彼は、私の大事な夫なのだから。
「朝倉くん、私があなたを守るから」
「心強いです」
彼はようやく、頬の力を柔らかく緩めた。
そして、穏やかな笑みを浮かべた。