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「そこにいる、典晶君達も嫁入りで宝魂石を探しているんだよ。そんな簡単にとれるものじゃない」


「そうなのか?」


「結構、苦労しています」


典晶の言葉に、白鳳も「だよな」と、無念を滲ませる。


「わたし、ごはん、食べられないのか?」


お腹を押さえ、朱華が白鳳を見上げる。


「大丈夫、なんとかするよ。仕事が軌道に乗れば、すぐだ」


「仕事? なんの仕事なんですか?」


仕事とはなんだろうか。人間の世界で、宝魂石を効率的に集める仕事があるのだろうか。


「払い屋だ。幽霊を払って、宝魂石を集めようとしている」


「そう、それで、役立つアイテムはないかな~って」


「そんな都合の良いアイテムがあれば、典晶達に渡しておるわ。とはいうものの」


腕を組んだ八意は、溜息をつきながら朱華を見る。


「一番、可愛そうなのは朱華だよな……」


典晶の呟きに、那由多が「そうだな」と溜息交じりに応え、朱華の頭を優しく撫でる。


「とは言うものの、俺が出たところでな」


「なにも貴様がメインに動けという話でも無かろう。典晶の時と同じように、手助け程度ならできるのではないか?」


他人事だ。歌蝶と宇迦が絡んでいないと、八意は気軽に何でも応えてしまうようだ。


「…………」


那由多は腕を組み、逡巡している。


彼も彼で忙しいのだ。気持ちはよく分かる。こうして、典晶達のゴタゴタにも那由多は付き合ってくれているのだ。今も、彼は自らの力を封印し、一般人としての生活を楽しんでいる。そんな彼の貴重な時間を潰したくはないし、潰して欲しくなかった。


「バイト代くらいなら、少しは出せるけど」


「バイト代?」


朱華の頭を撫でていた那由多の手が止まる。那由多の変化を敏感に感じたのだろう、朱華が目を丸くして那由多を見上げる。


「一応、払い屋の看板を上げているから、仕事をこなせば報酬は手に入る。俺の目的は朱華の宝魂石と、生活するだけのお金で十分だから……」


「よし! 手伝いますよ! いつやりますか? 客集めからやりますか?」


白鳳の言葉を遮り、那由多が元気よく立ち上がる。


「那由多さん、勉強は?」


典晶の言葉に、那由多はフフンと鼻を鳴らす。


「大丈夫、あとはラジエル辺りから適当に答えを聞くから」


「そんなのでいいんですか? 普通の人間としての日常は?」


「その日常を楽しむためには、先立つものが必要だろう? うちには、一人無駄遣いの天才がいるから、少しは家計の足しにしないとね」


恐らく、ハロの事を指しているのだろう。


「もちろん、典晶君達も手伝ってくれるんだろう?」


「はい! 私、那由多さんの手伝いをします!」


美穂子が真っ先に手を上げる。


「手伝いたいのはやまやまですが……」


典晶は、隣に座るイナリを見る。宝魂石集めは、自分達もしているのだ。朱華は可愛そうだが、イナリをおいて朱華の宝魂石探しを手伝うというのは、気が引ける。


「典晶、私は構わない。私の宝魂石集めには、タイムリミットがないからな。それよりも、問題は朱華だろう。彼女がお腹を空かせている。仮にも、玉依姉の子供だ、助けてやりたい」


「イナリちゃん、『仮』じゃなくて、本当に私の子供なのよ? もう、白鳳君が好きすぎて、気が付いたら卵を産んでいたのよ」


「卵? 玉依、お前、本当に卵を産んだのか?」


呆れたように那由多が言う。呆れた、といよりも、典晶にしてみれば驚きの連続だ。神様というのは、鳥類や爬虫類の様に、卵で出産をするのだろうか。もしかすると、自分もそうなのかも知れない。


「もしかして、俺もそうなのかな?」


「後で、歌蝶さんに聞いてみたら?」


「歌蝶おばさんだったら、卵も産めそうよね」


文也と美穂子が、笑いを堪えて典晶に返答する。なんとも複雑だ。自身が完全な人では無いと聞いたときもショックだったが、もし卵から生まれたとしたら、本当にショックは大きい。


「安心せい」


そんな典晶の心を察したのか、八意が言った。


「卵で生まれたのは、そちの父親の典成じゃ。あやつの母親は、蛇女だからの。そちは、ちゃんとした赤子で生まれておる」


「へぇ、八意って、典晶の赤ちゃんを見たことあるんだ」


文也が素朴な疑問を口にした。八意は、途端に苦虫を噛み潰したような表情になる。


「出産祝いを持ってこいと、歌蝶姉様から鬼電が掛かってきたのじゃ」


「…………そういう事ね」


ホッとした典晶だったが、美穂子が別の疑問を口にする。


「あれ? でも、白鳳さんって、その、アレだって玉依さんが言ってたわよね?」


「アレよね?」と、美穂子が隣の文也に話を振る。美穂子の言う、『アレ』とは、『童貞』の事を指しているのだろう。確かに、童貞であるならば、果たして朱華の父親は誰なのだろうか。


「ああ、童貞ね! そうよ、美穂子ちゃん。白鳳君はまだ童貞よ。私が産んだ卵に、彼が精子を掛けてくれたの」


「…………うわぁ」


スッと、美穂子が体を引いて白鳳から離れようとする。確かに、玉依の言葉が本当なら、控えめに言っても変態だろう。


「おいおいおい! なにを言ってる! 皆、引いちゃってるじゃないか! 間を飛ばしすぎだろう!」


 胸ぐらを掴みかかる白鳳に、玉依は「まあまあ」と、笑顔で受け答えをする。


「彼の使用済みティッシュを拝借して、それで受精させたの。体外受精ってやつ?」


変態は、いや、ド変態は玉依のようだ。


「色々突っ込みどころは満載だけど、白鳳さんの為にも止めておくが、一つだけ突っ込んでおく。お前は魚か」


これには、那由多も苦笑いを浮かべるしかない。恥部をさらされた格好になった白鳳は、深い溜息をつきながら、目頭を押さえている。


「ま、何にせよ。これで決まったな。白鳳さん、とりあえず、軌道に乗るまで、俺たちが手伝いますよ」


「ありがとう、助かるよ那由多君。それに、みんなも」


「気にしないでください」


典晶は応える。だが、一つだけ問題がある。


「でも、俺たちの場所と、白鳳さんの場所は、かなり離れているんでしょう? 手伝うと言っても、そちらにいけないんじゃ……」


「それは、心配せんでもよい。那由多の力を使えば、瞬間移動など容易い。それに、儂も色々不便に思ってな。少し、社を改造した」


「社?」


八意は頷く。


「そち、月読や素戔嗚が人間界に行ったと聞いたとき、不思議に思わなんだか? 典晶達は、入った場所からしか出られないが、他の神はある程度好きな場所を選んで出ることが出来る」


「そういえば、月読は初めて会ったとき、鯛焼きを買っていた。素戔嗚も東京に行っていたっけ……」


「我ら神は、神社や教会を利用して、移動が出来るのじゃ。特に、素戔嗚を祀る神社は其処此処にあるから、あやつはすぐに何処でも行くことが可能じゃ」


「じゃあ、それを使えば?」


「そうじゃ。人の身では流石に使用は出来んが、理屈は同じじゃ。儂がそれに変わるゲートを作った」


「凄いじゃないか! それって、あの未来から来た猫型ロボットのアレみたいじゃないか!」


「コレッ! 文也、馬鹿を申すでない。儂が人のアイデアをパクると思うか? 儂は数百年も前から、構想を練っておったのじゃ。恐らく、儂の構想が漏れて、それを人が『天啓』として、キャッチしたのじゃな」


「そんな事があるの?」


まだ何も知らない美穂子が尋ねるが、典晶とイナリ、文也の三人は首を横に振った。


「…………まあよい。見よ、これが儂が開発した、オリジナルのゲート! 『どこでも襖(ふすま)』じゃ!」


八意は背後にあった襖を勢いよく開けた。それは、八意の部屋に通じる襖の、隣の襖だった。


襖の先は、海のように深く蒼く輝いており、渦潮のごとく渦が巻いていた。


「ここを通れば、目的地近くの神社へひとっ飛びじゃ!」


「凄いものだとは思うが、完全にパクりだな」


「猫型ロボットもびっくりのパクりだ」


「黙れ! それ以上言うと、使わせんぞ!」


「よし、典晶、朱華の宝魂石探しの開始だな」


いつも以上のやる気を見せるイナリ。だが、そんなイナリを八意が止めた。


「イナリ、貴様はダメじゃ。貴様だけは残って勉強じゃ」


「私だけがか?」


イナリは不服そうに唇を尖らせる。


「そうじゃ。歌蝶姉様との約束じゃ。そちは残れ。それに、白鳳の手助けをすれば、典晶にも良い勉強になるじゃろう」


「じゃ、決まりだな。白鳳さん、まずは何からやりましょうか?」


「そうだな、まずは……」


白鳳は語り出した。


自分の置かれている状況、そして、舞い込んだ一件の依頼。その依頼は、典晶、文也、美穂子が経験したことのない、人間の愛憎溢れる事件だった。


白鳳の話を聞き、典晶は自然と拳を握り、汗を掻いていた。



第二部 狐の嫁入り ~其の弐~ 女神に托卵された俺は、仕方なく幼女と祓い屋を始めました へ続く

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