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恋人の宮本にまで喧嘩を吹っかけていた展開を聞き、橋本に逢ったときに菓子折りつけて謝罪しなければと、テーブルに置いてるスケジュール帳に手を伸ばした。
橋本に逢う週のページを開き、※高級菓子折りつきでハイヤーに乗り込む。という注意書きをしておく。もちろん黒い手帳の預かり料も、自動的に込みだった。
「それって昴さんが、いろんなヤツと喧嘩がしたいだけでしょ。気に食わない相手なら、立てなくなるくらいに打ちのめすくせに」
『さすがは昇さん、俺のことをよくわかっていらっしゃる』
「つまり、橋本さんと宮本のことが気に入ったんだね」
これまでの会話から察することができた、笹川の心情を言い当ててやる。
『やっぱりわかっちまうか』
「たとえるなら、そうだなぁ。恋人が仮出所してきたんじゃないかと思わせるような、妙なテンションだったからね。簡単すぎるでしょ」
『俺さ、宮本が欲しくてたまんねぇ』
「なんだかなぁ。昴さんの言い方が、どうにも卑猥なものにしか聞こえない。橋本さんが今のを聞いたら、速攻でブチのめしに来るよ」
注意する感じの強い口調で言ってみたのに、電話のむこう側の笹川がクスクス笑いだした。
『確かに宮本のブツは、昇さんの義弟といい勝負だし、ヤられてみたいって願望は、ほんのちょびっとあるけど』
「アハハ! 絶対にちょびっとじゃ終わらせないくせに! というか、穂高といい勝負と言いきれるところが怖いよ」
『橋本さん、エロい顔して何度も昇天してるんだろうなぁ。羨ましいぜ』
(昴さんってば、言葉の端々に寂しさを漂わせていること、知ってるのかな――)
「羨ましいとか言っちゃって。本当は仲のいいふたりに、嫉妬してるんでしょ」
『俺に勝てないことがわかっているのに、それでも抗おうとする姿に胸を打たれちまったのかもな』
藤田の言葉を認めない発言を堂々とした、笹川に対しての返答に困った。大切な友人だからこそ地雷を踏んで、これ以上傷つけたくなかった。
息を飲んで黙りこくった藤田の様子を慮ったのか、笹川が静かに語りかける。
『あのときの俺に抗う勇気さえあれば、アイツがムショに行く運命を、もしかしたら変えることができたのかもしれない。一緒に出かけても並ぶことなく、俺の背中を守るみたいに、後ろばっかついてきてなぁ。なんだかんだいつも、大事なところを守られていた』
「昴さん……」
『橋本さんを守ろうとしていた宮本と竜生(りゅうせい)の姿が、不思議と被って見えちまった』
受話器から伝わってくる声を聞きながら、ゆっくり目を閉じた。まぶたの裏には、笹川が嬉しそうに微笑んでいる顔が映り込む。
『俺の手から必死になって逃げる宮本を捕まえようと、必死になっていたら、久しぶりに心から笑うことができたんだ。あいつらは、本当にいいカップルだった』
「そんなふたりを見たなら、恋人に早く出所してほしくなったでしょ?」
珍しく穏やかな笹川の声色を聞いて、口角に自然と笑みが浮かんでしまう。
『早く出所してほしい気持ちが半分、出てこなくていい気持ちが半分ってとこだなぁ』
「素直じゃないね。彼氏のぬくもりが恋しいくせに」
『竜生は俺にとって大切な存在になるが、逆に言えばウイークポイントにもなる。脅しに、もってこいの材料になるわけさ。下手すりゃ、狙われるだろうなぁ』
藤田は閉じていた瞳を開けながら、唇に浮かべていた笑みを消した。この間までは恋人の出所を首を長くして待っていたはずなのに、笹川がこんなことを言うとは思ってもいなかった。
「弱気の発言、らしくないね。この界隈では、負け知らずの昴さんなのに」
『どんなに喧嘩が強くても、鍛えられない部分は出てくるだろ。年々、躰の衰えを痛感しているところでさ』
「俺の知ってる友人笹川昴って男は、好きなヤツも守れないヘタレだったんだ?」
珍しく藤田が笹川を貶めた状況に困ったのか、ちょっとの間だけ無言になった。どんな返答をするだろうとワクワクしながら待っていると、いきなり大笑いしだす。
(――なんなんだよ、昴さんの笑いのツボがさっぱりわからない)
『この間までは暗いことばっか考えてたけど、橋本さんとやり合ってからは、気分が変わった』
はっきりと言いきった笹川のセリフに、首を軽く捻った。
「何かあったの?」
『宮本が現れてから、橋本さんの殺気が上がったって言ったろ?』
「そうだね」
『俺とやり合っていた時点で、限界を見せていたはずだったのに、殺気を放ったと同時に、戦闘力がぐんと上がったんだ』
「それって、橋本さんの火事場の馬鹿力っていう感じかな。昴さんとしては、嬉しい展開だったんじゃないの?」
弾んだ声色に導かれるように、藤田も明るい声で疑問を投げかけた。
『嬉しいというか、そうだなぁ。追い込まれた人間は、底に秘めた力を発揮させるんだということを、しっかり確認させられたといったところだ。宮本を守るために放たれたハイキックと、最後に食らったアッパーの威力は、俺でもヤバいと思ったくらいに凄かったし』
(橋本さんカップルに、いろいろ学んだことがあったんだね――)
「昴さんが限界突破するような事態がないことを祈りたいけど、彼が出所して帰ってきたら、その可能性はあるのかな」
『自分の命を代えても守りきるさ。だから昇さん』
「なに?」
『いつまでもキレイなマグロって言われてないで、恋人のひとりくらい作れよな』
いきなり自分をディスる笹川に、思いっきり顔が引きつった。
「不感症で昴さんに迷惑をかけてるんじゃないんだし、別にいいでしょ」
『いい加減に義弟さんを諦めて、燃える恋をしてみろって。案外簡単に、不感症が治るかもしれないぜ』
「大きなお世話だよ、そんなの!」
『俺は宮本にアタックする。アイツを舎弟にしたい』
自分に無理難題を吹っかけたあとだからか、余計にクるものがあった。
「ちょっと昴さん、これ以上面倒なことになるのがわかるから、そういうスカウトやめてよ。橋本さんに顔向けできなくなる」
『安心してくれ、昇さんに迷惑かけるつもりはない。どっちが先に相手を落とせるか勝負だ。じゃあな!』
「待っ」
藤田が返事をする前に、通話が勝手に終了されていた。
(ヤバいよ。このこと橋本さんに伝えた時点で、自分の首を絞めることになるし。謝罪代わりに、ハイヤーをたくさん使ってあげようっと)
こうして宮本&橋本の苦難が、嫌でも続く予定になったのである。