テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
今まで経験したことの無いだる重い感覚がする。まるで鈍器で頭を思い切り殴られたような。
恐る恐る目を開けると、そこには怖いほど無機質な天井があった。
全くもって今自分が置かれている状況が分からない。というか、そもそも頭が働かない。今感じるのは、この世に生きているとは思えない体の重苦しさだけ。
必死に記憶を呼び起こそうとするが、思考するほどにどんどん頭の芯から痛んでいく感覚がした。
ダメだ これ、死ぬかも
「ッめんど……」
考えることすら放棄した末に出た己の声のありえないかすれ具合に驚いてしまう。なんだ、俺は声も出せなくなったのか?
未だぐるぐると渦巻く脳内を整理しようとしたその時、
『えっ……あ!!!起きました、
先生今すぐ呼んでください!』
ジャッッと言う激しい音と共に慌ただしい声が聞こえた。
決死の思いで首だけを音のする方向に傾ける。
自分を囲うように全開になったまま余韻を残すように揺れているカーテンと、バタバタとこちらに向かってくる白衣を着た集団が目に入った。
ここに来てようやく気づいた、
ここは…病院だ
どんどんと頭が冴える感覚に目眩がするが、そんなことは露知らず、記憶がどんどん流れ込んでくる。
思 い出せ。何故ここにいるのか、自分の身に何が起きているのか……と言わんばかりに。
『……さん、…………さん!!』
体を揺さぶられてようやく意識がそれた。ビクリと肩を震わせて体を傾けると白衣に黒縁メガネをした、いかにも医者の格好をした男と目が合う。
『目を覚ましましたか、本当に危なかったんですよ』
「あ、はあ」
情けない声しかでない。
ただそんなことより、今に至る経緯を思い起こすことの方が自分にとって最重要だった。
『いいですか、よく聞いてくださいね……』
至近距離にいる医者の声が遠くで聞こえるぐらいの集中力で記憶を呼び起こす。
なんで俺は病院に?何故意識を失っていた?
考えろ、
考え………
―――あ、そうだった
思い出すと同時に医者の声が病室に響いた。
『あなたは過労で倒れたんです』
――――――――――――――――――――――――――
「過労……か」
誰に聞かせるわけでもなく、病室のドアの前に立ち、一人つぶやく。
あの日から3日経ち、正式に病棟に移され、入院することが決まった。医者は、
最低一ヶ月は入院することになる、と言った。
どうやら俺は勤め先のオフィスでバタリと倒れ、救急車で運ばれてきたらしい。
馬鹿らしい、情けない
30も終わりに近づいているというのにこんなことで社会から遠ざかるなんて
働く事ぐらいしか俺には出来ないというのに
ただし、一時期は本当に危なかったそうで、緊急入院という形でこの病院で治療をするという。
昨日、詳細な説明を先生にされたばかりだった。
『2 人部屋をご用意していますので、そこで安静に治療をしていきましょう』
「え、ちょっと待ってください。ふ、二人部屋?」
『?はい』
「あのぉ………その、、同部屋の方ってどういう…」
『………?あ。あ〜!』
いきなり素っ頓狂な声を上げた俺の担当医である小田先生は続けた。
『吉田君ね!彼はもう長いこと入院しててね。
二年前に異動してきた僕よりもこの病院のこと詳しいんじゃないかって思うくらい……それぐらい闘病生活が長くて、』
「はあ……」
『あっプライベートな空間は、二人部屋でもしっかり確保してあるから、安心してくださいね。吉田君は静かな子ですし、面会も同級生だった子が一人来るぐらいなので、ね?』
小田先生に縋るような眼差しで見つめられ、断ろうにも断れなかった。本当は周りなんて気にせず生活したかったに決まってる。
ただ、いい歳した大人が部屋ごときで駄々をこねるわけにはいかない。
「分かりました……よろしくお願いします………」
渋々引き受けた俺の顔はきっと引き攣っていただろう。
―――――――――――――――――――――――――――
この扉の先が今日からの新しい生活空間になると思うと、無駄に緊張してしまう。
プライバシーが確立されているとはいえ、緊張するものはやはり緊張するのだ。
「たった一ヶ月の我慢……よし」
声に出すことで己を鼓舞し、ドアに手をかけた。
そのまま一気に扉を横滑りさせる。
すると、ブワッと春の香りが鼻腔をくすぐった。思わず目をつぶってしまうほどの、部屋いっぱいに広がる緑の匂い。
ゆっくりと瞼を上げると、全開に開いた全ての窓から大きな満開のソメイヨシノが覗いている。
そのまま窓際に沿って目線を走らせると目に入ったのは―
真っ白のシャツを身に纏い、ベッドに体を起こしている。
陶器のように白い肌に映える落ち着いた小麦色のふわふわとした長めの襟足とともに、美しい金髪頭がこちらに傾いた。
黒曜石のように深い瞳に、スッと通った鼻筋
ぽってりとした唇がゆっくりと開いた。
『 よろしくね、』
そう言うと少し目を細めて上品に微笑む彼
これが俺と彼との出会いだった