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「こんにちはぁ……」
己が絞り出した声はあまりに細く情けなかった。
桜を背に、窓際で穏やかな春の日差しをうけながら微笑む彼とバチッと目が合ったまま、無言の時間が病室に流れる。
なぜか彼から目が離せない。まるで縛り付けられたよう。
たった数秒なのに、この瞬間に歯車が動いたような。時が止まったように永遠にも思えた。
ただ春の風音だけが響く。
すると、その空気をカラッと断ち切るような笑声が。
『ッハッハハ!』
静寂をきり裂いたのは彼だった。大口を開けてガハハと急に笑い出すもんだから、思わずビクリと肩をすくめてしまう。
『はぁ〜〜、面白い。あんた声ガッサガサじゃん。
てか、そんな萎縮しないでよ』
「あ、えと…、すみません、」
おどおどとした返ししかできない自分に悲しくなってしまう。そんな俺の様子をみて、彼はふっと微笑んだ。
『謝んないで。俺、仲良くしたいんだ。二人部屋入るの初めてだからさ。』
そのまま彼は続けた。
『おれ、吉田仁人。一ヶ月よろしく』
―――――――――――――――――――――――――――
そこから吉田君の事を知るのに1日もかからなかった。
看護師さんや小田先生もこぞって吉田君は静かだ、なんて言っていたけど、たった一日でそれは覆された。
まず、吉田君は物静かに見えるが、実は結構話しかけてくれる。
『なんでさ、あんたは一ヶ月も入院するの?まあまあ長いよなあ、』
自分の洋服や日用品を解いていたとき、左隣のベッドにちょこんと佇む吉田君が尋ねてきた。
「えっと、なんか過労で倒れて…
緊急入院するらしいです」
『過労?あんた働いてんだ、すごいな。なんかかっこいい』
「はぁ、どうも」
意味がわからない。働かないと生きていけないだろ。それが当たり前だろ。
わざわざ褒められたことに何故かイライラした。
思わず振り向き、吉田君を軽く睨む。すると、吉田君はキラキラした目でこちらを見つめていた。
そんな顔で見ないでくれ。俺はお前が思うかっこいい社会人じゃないのに。いたたまれなくなって、目を逸らす。
一瞬でも彼を睨みつけたことがひしひしと後悔として胸の中に渦巻いた。
「……君は」
『え?』
「俺は吉田君の話も聞きたい」
罪滅ぼしのような気持ちで軽く聞くだけなのに、声を絞り出す。恐る恐る彼の方を向くと、ぽかんとしていた。
でも、すぐに穏やかな笑顔になって、ゆっくりと口を開き、ぽつりぽつりと話してくれた。
―――――――――――――――――――――――――――
吉田君について分かったこと、まず、吉田君は26才。好きなものはコーヒーとかわいいもの。盆栽が趣味、なんて言ったときはおっさんすぎるだろ、と思ったが心のなかでつぶやいた。後、昔はダンスも得意だったそう。
『俺は高校の時ダンス部入っててさ、それなりに踊れたのよ。』
「ふーん」
興味がなさそうに聞こえるかもしれないが、ちゃんと真剣に話は聞いていた。純粋に彼がどんな人生を送ってきたのか知りたかったからだ。
でも―
彼は肝心の病気のことは話してくれなかった。
『でも、あんたにいろいろ話せてすごい今清々しいかも。
こんなに俺の話聞いてくれてありがとね。』
暫くして、ポロっと吉田君が言葉を放つ。
「入院してると、人と話す機会減るしね」
彼をそっと見て口に出すと、コクンと吉田君は頷いた。
「吉田君はさ、」
『ん?』
彼がこちらを向いて首を傾ける。
「お見舞いに来てくれる家族とか恋人とかいるの?」
本当に、ふと頭に浮かんだだけの疑問を口にしただけ。
でもその言葉を発した瞬間、ほんの一瞬、ほんの少しだけ、吉田君の表情が曇った気がした。
だが、吉田君はすぐに口を開いた。
『家族はねえ、たまに面会しに来てくれる。ホントにオレのこと気遣ってくれてさ。みんな忙しいのに、26の男のためにわざわざ時間作ってくれるんだ。本当にいつもありがたいと思ってる。』
本当に幸せそうな顔で笑みを浮かべる吉田君をみて、ほっと安心した。
そのまま彼の口がまた動く。
『で、恋人は―――』
彼が何かを言おうとしたその瞬間、
『面会希望の方がいらっしゃいましたよ〜』
ガラッと開いた扉の音と看護師さんの声に吉田君の声は遮られた。
面会希望?俺か?いやそんなわけないな。ということは、吉田君の家族だろうか。
吉田君と同時に扉に目を向ける。だが、俺が何かを認識する前に吉田君の声が響いた。
『勇斗!』
今までに聞いたことないくらいに甘くて喜色満面な吉田君の声が耳に飛び込んでくる。
ようやく自分の目は一人の男の姿をとらえた。
一瞬、どこかの俳優か見間違う程整った目鼻立ちをした、
一度見たら絶対に忘れられないであろう人物を。
『仁人、来たよ』
勇斗と呼ばれたその男は柔らかく優しい表情を浮かべながら、ゆっくりと病室に入ってきた。
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