「一花ちゃん、一花ちゃんのお父さんが声優の夢を諦めさせたかったのはね、私と一花ちゃんを仲違いさせたかったからなの。一花ちゃんのお父さんは、私のことを、かつて不倫した相手の娘だってすぐに気付いた。”蓼原”なんて苗字、珍しいでしょ。それですぐ気づいたみたい。私がかつて不倫した相手の子供だったって。私の方から、昔の話を蒸し返されたりしないかを恐れたんだよね。でも、おおっぴらになにかをすれば、それこそ藪蛇になってしまいかねない。だから一花ちゃんの夢に反対して、私との関係を妨害しようとしたんだよ」
「仁美はいつ、そのことを知ったの?」
「つい最近。いきなり、お母さんが帰ってきたの。ほら私の名前、ネットで乗っちゃったでしょ? それをたまたまお母さんも見ちゃったの。お母さん、お金に困ってたみたいでね、私のところにやってきた」
“仕事してるならお金あるでしょ”
“ていうか、アンタがそんな良いところの学校に通ってるなんて知らなかった”
“そんな学費を出せるお金があるなら、ママのこと助けてちょうだいよ”
仁美の母は、そんな言葉を娘に投げつけたのだ。
「私ね、お母さんの事、殺しちゃったんだ。私が人間の時、こんな風になる前に」
仁美は寂しそうにため息をついた。
「笑っちゃうよね。私は、一花ちゃんと二人で舞台演劇をするっていう夢をかなえたかった。私にとって、一花ちゃんと同じ夢を追いかけることが、たった一つの生きる希望だった。私が頑張れば、一花ちゃんもまた一緒に夢を見てくれるのかなって思った。みくねぇにお願いして、一生懸命声優のレッスンを受けて、いっぱい頑張ったのに。私が夢を追い求めれば追い求めるほどに、なにもかもが裏目に出た……。私は一花ちゃんに嫌われて。寄ってきたのは、私もパパも捨てて、お金目当てて現れたママだけだった。一番望んでいた一花ちゃんとの夢、私が前に進めば進むほどに遠ざかっていっちゃった。その挙句、私は生みの親まで殺しちゃった。私、もう生きる意味が分からなくなって。あはは、私、自分で自分の事を殺しちゃったんだよね。なのに、未練がましくこんな風になっちゃって、学校の同級生とか、みくり姉ちゃんまで死なせちゃった」
「私のお父さんとお母さんも、もう生きてないんだよね?」
「………………………………」
仁美は妖魔になる前に母親を殺した。
ということは妖魔になった仁美の恨みの対象は、もう私のお父さん一人しか残っていないはずだ。
お母さんはとばっちりだけど、今の話を聞く限り、恐らくお母さんもお父さんの不倫を知ってて、でも黙認したのだろう。
だとしたら、私のお母さんもある意味では共犯と言えるのかもしれない。
「ごめんなさい。一花ちゃんがお父さんのこと尊敬してるの知ってたのに、私は、一花ちゃんのお父さんを呪う事でしか自分の事を保てなかった――。一花ちゃんと二人になりたくて、一花ちゃんのお母さんまで巻き添えにして。私、本当に最低だよね」
「違う、仁美は悪くない! 全部私が悪いの! 私はあなたのこと、ただのストレスの解消と自分の願望をかなえるような道具にしてた。仁美は私の事、本当に真剣に好きって言ってくれてたのに。私が仁美にもっと向き合って、もっと真剣に夢を追いかけたら。お父さんに何を言われても、夢を諦めたりしなかったなら。仁美の辛い事、なにもかも忘れさせてあげることができたのに……!」
「いいの、一花ちゃん。何もかも失ってようやく気付いたよ。私は、本当に一花ちゃんと一緒にいられれば良かったの。将来の夢なんか本当にどうでもよかった。私が本当に欲しかったのは一花ちゃんだけだった。なのに私が、変に夢を見て、勝手に将来を期待して、それを一花ちゃんに押し付けた。ごめんね。一花ちゃんだって、いろいろ苦しい思いをしてたの、知ってたはずなのに。私のカセットテープを一花ちゃんに渡したのも、私は一花ちゃんのおかげで、こんなに幸せになれたって、そう伝えたかっただけ、本当にそれだけだった」
「仁美……!」
「お願い、一花ちゃん。私に、一花ちゃんの気持ち、ちゃんと聞かせて。お芝居の言葉なんかじゃなくて、一花ちゃんの本当の気持ち、本当の声で聞かせて」
枢木みくりが言っていた。
――あなたにとって仁美は何?
――友達? それともストレスのはけ口のための便利な道具?
――それとも、ほんのちょっとでも、あの子と同じように恋愛感情を持っていた?
――あの子にとって、一番大事なのはそこなのよ?
みくりの問いかけを、ずっとずっと自分に私は問いかけていた。
そしてもう伝えるべき気持ちは固まっていたのだ――。
「仁美!」
私は仁美の事をぎゅっと抱き寄せる。
「私は、仁美のこと大好き! 仁美と一緒に、もっといろんなことをしたかった! 仁美と一緒に、もっと色んな夢を見たかった! 仁美と一緒に、もっと愛し合いたかった! 仁美、愛してる!」
「………………………………」
仁美はしばらく呆然としていたようだったが、
仁美は私の身体を抱き返して、幸せそうにつぶやいた。
「あぁ、嬉しいなぁ。一花ちゃんから、そんな声を私に聞かせてくれるなんて……。ありがとう。ありがとうね、一花ちゃん」
そして私にささやく。
「私、一花ちゃんの言葉、忘れないよ。ずっとずっと一緒だよ、一花ちゃん――。だからね、ちょっとの間だけバイバイだね。ほんの、ほんの少しの間だけのお別れ。また会おうね、一花ちゃん――」
「うん、いつかまた会おうね」
私と仁美はどちらからともなく、顔を寄せ――
そしてキスをした。
「一花ちゃん、大好き」
仁美は光に包まれ、
そして消えてしまった。
気付くと、やわらかな朝の陽ざしが私の顔を照らしていた。
「ん、ん……」
気付くと、私は仁美の部屋で倒れていた。
仁美はどこにもいない。
そして私の手には、仁美のおもちゃのガラガラが握られていた。
それを私は胸に抱きしめる。
「仁美。仁美のこと、私は忘れない。仁美、大好きだよ」
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