「……〇〇……?」
目の前に立つ神官を見て、震えた声が零れる。
その目が、焦点を結び――
全てを思い出してしまう。
⸻
あの時。
自分の手で確かに触れた。
守るはずの手で、愛した人をーー
「……やめろ……っ」
勇者が後退する。
崩れそうな声を押し殺すように、地面に膝をつく。
「やめてくれ……思い出させないでくれ……俺は……!」
吐き出すような叫びが、夕焼けに散った。
「俺が……俺がやったんだ……!
何も知らずに、何も止められずに、全部……俺の手で……っ!」
仲間に触れてしまい、目の前で命が崩れた瞬間。村人の恐怖に、子どもたちの泣き声に。
そして神官に向かって歩いていったあの時。
――何一つ止められなかった自分。
「俺はお前を守るはずだったのに! それなのに、俺の手が――!」
拳を地面に叩きつける。
地が裂けるほどの勢いで、自分を打ちつける。
それでも足りないとばかりに、喉を潰すように叫ぶ。
「お前の顔が崩れていくのを、俺は……見たんだ………」
神官は、何も言わずに勇者の傍へしゃがみ込んだ。
「……そうだね。壊された。苦しかった。
“もう駄目だ”って思ったよ」
それでも――と、神官は勇者の手を取った。
「それでも、こうしてきみが戻ってきた。
戻ろうとした。……それで、十分だよ」
勇者は唇を噛む。
目の奥で涙が揺れている。
けれど、どれだけ悔いても、誰かの命が戻るわけではない。
「俺は……許されない……」
「許されなくていい。
ぼくも、きみも、誰かを取り戻せるわけじゃない。
でも、生きてる。
だったら――せめて、これからは誰も傷つけないで、生きて」
神官の額が、勇者の額にそっと触れる。
手を、指を、腕を――そのすべてで、ただ、勇者という存在を受け止める。
「もう、きみの手は、何も壊さない。
だったら今度は、ぼくがきみを抱きしめて、何度でも何度でも言うよ。 きみは、ここにいていいんだって。
ーーぼくを救けてくれてありがとう」
勇者の身体が、神官にすがるように崩れ落ちる。
嗚咽が、涙が、呼吸のすべてを奪う。
けれどその傍にいる手は、温かく、確かだった。
日が沈む。
空が紫に染まり、風がやさしく吹き抜けていく。
ふたりは、言葉を交わさない。
でも、それでよかった。
この日、ようやく勇者は“自分を取り戻した”。
そして神官は、“もう一度だけ触れる”という約束を果たした。
罪は消えない。
命は戻らない。
でも、生きていくことはできる。
そしてふたりは、太陽の逆方向へ、ゆっくりと歩き出した。
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