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コメント
3件
そもそもなんで泣くほど思い詰めさせられてるんだ?😅看護師として働き出して、どの人もこの人も、翔太に意地悪だから病んじゃってる?😂😂😂

第十九章 黒豹の手
紫寮は、静まり返っていた。
人の気配がない。
ほとんどのスタッフは食堂にいる時間だ。
足が止まる。
翔太💙「はぁ……」
目黒先生の部屋の前。
ため息をついた瞬間、肩に、そっと触れられた。
振り返ると、阿部先生だった。
亮平💚「先に食堂へ行ってるから」
亮平💚「大丈夫」
少し間。
亮平💚「……取って食ったりは、しないよ」
翔太💙「そうでしょうか?」
両手に抱えたナース服。
亮平💚「せっかく綺麗にアイロン掛かってるのに」
両手にそっと手を当てた阿部先生。
そこで、ようやく気付いた。
力いっぱい握りしめていたことを。
翔太💙「先生なんで……行かなくていいって言ってくれないの?」
一瞬、顔から笑顔が消えた。
亮平💚「フェアじゃないだろ」
その声はどこか……冷たかった。
今朝、亮平の腕の中の温もりを少しだけ思い出した。
安心したはずのあの温もりはもうどこにもなく、
あるのは冷たい扉。
怖いはずなのに、逃げることもできるのに、
どうしてか、ここに来る足は止まらなかった。
コン、コン
亮平💚「渡辺、入りまーす」
翔太💙「!!!」
場違いなくらい軽い声。
蓮🖤「入れ……」
少し間。
蓮🖤「そして去れ、亮平」
〝あらバレてる〟
舌を出しヒラヒラと手を振りながら食堂の方へ
歩いて行く阿部先生の後ろ姿を見ていた。
……俺が何したって言うんだよ。
――
ドアが閉まる音。
カチャリ。
背中で響いたその音が、やけに大きく聞こえた。
翔太💙「……失礼します」
部屋の中は、静かだった。
カーテンは半分閉じられ、薄く差し込む光だけが床を照らしている。
机。整ったベッド。無駄のない空間。
逃げるように飛び出したこの部屋に、再び戻って来た。
その時の事なんて、覚えてもいないし、
きっと何もなかったのに、
心のざわ付きだけは、数日経った今でも止まない。
蓮 🖤「遅い」
低い声。
椅子に腰掛けたまま、こちらを見るでもなく、言った。
翔太💙「すいません……」
ナース服を胸に抱えたまま、立ち尽くす。
沈黙。
何も言われない。
何も、指示されない。
……どうすればいいのか分からない。
上手く息が吸えない。張り詰めた空気に胸が苦しい。
翔太💙「あの……着替え……」
蓮 🖤「好きにしろ」
短い返答。
それだけ。
……それだけなのに、
なぜか動きにくい。
ゆっくりと、服をベッドの上に置いた。
指先が少し震える。
ボタンに手をかける。
ひとつ。
外す。
ふたつ。
外す。
――視線を感じる。
顔を上げなくても分かる。
見られている。
嫌なのに、目を逸らしたら、もっと何かが壊れそうで――
そのままシャツを脱いだ。
肌に空気が触れる。
少し、ひんやりする。
蓮 🖤「手、止まってる」
翔太💙「……見ないでください」
蓮 🖤「無理だな」
即答だった。
翔太💙「なんでですか!」
蓮 🖤「俺の部屋だ」
少し間。
蓮 🖤「俺の視界だ」
言葉が出ない。
ゆっくりと、視線を上げる。
黒い瞳。
逃げ場のない色。
逸らそうとして――逸らせない。
蓮は、ただ見ていた。
試されているみたいだった。
何を、とは言えない。
でも、逸らしたら負ける気がして、目を逸らせなかった。
――なんで、こんなやつに負けたくないって思ってるんだよ。
翔太💙「……っ」
慌てて視線を逸らし、ナース服に袖を通す。
腕を通すとき、少しだけ布が引っかかった。
焦る。
余計に、もたつく。
蓮 🖤「雑だな」
翔太💙「うるさいです」
蓮 🖤「あの日の夜は」
一瞬、手が止まる。
蓮 🖤「もっと素直だったのに」
翔太💙「っ……!」
言い返せない。
違うって言いたいのに、何が違うのか、自分でも分からない。
何があったかなんて考えたくもない。
知らないはずなのに、身体だけが反応する。
ぎこちなくボタンを留める。
最後の一つ。
指が滑る。
蓮が、立ち上がった。
足音。
一歩。
また一歩。
近づく。
翔太💙「……っ」
逃げたいのに、
動けない。
背後に気配。
すぐ、後ろ。蓮の手が伸びる。
指先が、留めきれていなかったボタンに触れた。
カチ、と音を立てて留める。
距離が近い。
近すぎる。
蓮 🖤「ほら」
低い声。
耳元。
蓮 🖤「出来てない」
翔太💙「……自分でできます」
蓮 🖤「知ってる」
少し間。
蓮 🖤「でも、見てる方が面白い」
翔太💙「最悪です」
くすっと、小さく笑う気配。
蓮 🖤「続けて」
ベッドに腰を下ろす。
ストッキングを手に取る。
昨日も、うまく履けなかった。
つま先を入れてみる。
引き上げる。
……引っかかる。
翔太💙「あれ……?」
もう一度ぐっと引く。
布が歪む。
翔太💙「なんで……」
焦るほど、うまくいかない。
見られてるから?
違う。
それだけじゃない。
――なんで、こんなに乱されてるんだよ。
患者さんに見せる優しさ、
佐久間さんや宮舘さんから守ってくれたあの
〝優しさ〟
――あれを、信じたかったのに。
今、目の前の彼の〝圧〟とが
うまく噛み合わない。
そのとき。
背後から、影が落ちた。
蓮 🖤「貸せ」
低い声。
振り返る前に、手からストッキングが抜かれた。
翔太💙「……っ」
何も言えない。
ただ、見ているしかない。
蓮は無言で、翔太の前に膝をついた。
自然な動きだった。
まるで最初からそうするつもりだったみたいに。
翔太💙「じ、自分で……」
蓮 🖤「無理だろ」
即答。
足首を取られる。
びくっと体が跳ねた。
ゆっくりと、布が足先に通される。
指先が触れる。
必要以上に、ゆっくり。
なぞるように。
確かめるように。
翔太💙「……やめてください」
蓮 🖤「何が」
視線が上がる。
黒い瞳。
逃げられない。
蓮の指が、ふくらはぎを撫でる。
そのまま、上へ。
ゆっくり。
わざと、遅く。
翔太💙「っ……」
力が入る。
逃げたいのに、動けない。
蓮 🖤「力抜け」
低い声。
命令みたいに。
従いたくないのに、体が、言うことをきかない。
膝の裏。
太もも。
布が上がるたびに、指が触れる。
なぞる。
止まる。
また動く。
翔太💙「……っ、やだ」
どこが嫌なのか、言葉にできない。
嫌じゃない部分があることが、一番、怖くて、
逃げるように吐き出した言葉は思いの外小さかった。
蓮の指が止まった。
蓮 🖤「イヤならそんな目するな」
ほんの一瞬。
そして――
少しだけ、強く触れる。
翔太💙「やめろよ!」
弾くように足を引いた。
ストッキングを奪い取り、ベッドから飛び降りた。
翔太💙「触らないで!!」
そのまま、走った。
ドアを開けて、廊下へ。
裸足のまま。
冷たい床。
そんなの、どうでもよかった。
ただ、離れたかった。
逃げたかった。
自分の感情だけが置き去りで、意味のないものみたいで。
どうしてあの目から
逃げられなかったのかも分からないまま――
誰も自分の〝心〟を見てはくれない。
そんな孤独を抱えたまま行く当てもなく
たた、逃げた。
――――――
ドンッ
鈍い音。
視界が揺れる。
翔太💙「いっ……」
目の前。
あの銅像。
ここへ来た時と同じ場所。
同じようにぶつかって、同じように、止まった。
翔太💙「……っ」
その場にしゃがみ込むと、息が上手くできず胸が苦しい。
手が震える。
翔太💙「……もうやだ」
ぽろ、と
涙が落ちた。
止まらない。
翔太💙「もう帰りたい……」
帰る場所なんてどこにもないのに。
それでも、
口から出た。
不意に出た〝帰りたい〟が
あまりにも惨めで、流れる涙が止まらなかった。
朝の日差しを背に受けて、
絶望の音が近づいて来ていることも知らずに、
ただただ、一人泣き続けた。
開院前のロビーに、響いた泣き声に
靴の音が近づき、止まった。
コツ、
コツ、
コツ。
靴の音。
すぐ後ろで、止まった。
「随分と派手にやってるね」
少し間。
「雪うさぎ――」