テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
「……聞いてる?」
目の前で不機嫌そうな顔をしながら、手に込められる意外な力の強さに意識が戻される。小柳くんは最初に比べ大分打ち解けて、ライブ中は見れない表情をすることも増えてきた。
俺はファンサを貰った日から数えて、もう5回はライブや握手会に参加している。週1の楽しみと言っても過言ではないこの時間だが、来週はそうはいかないのだ。
「小柳くん、来週もライブしますよね……。」
少しの望みにかけてそう聞いてみるが、小柳くんは残念ながら首を縦に振る。顔を歪めた俺に気づいた彼は怪訝そうに眉をしかめた。
「もしかして来週来れない?」
「……はい。」
図星をつかれて渋々理由を話す。
「サークルで天文観測会があるんですけど……俺は教授のお手伝いがあるから絶対来いって言われちゃって……。」
緩いはずのサークルが、ここにきて自分の首を絞めることになるとは思ってもみなかった。
「へー……天文観測。どこでやんの?」
「ここから歩いて20分くらいのとこでやります。」
ライブにいきたい気持ちは山々だが、自分から望んで入ったサークルを即刻辞めるのはいやだ。教授にも普段お世話になってるし行かないわけには……。
「小柳くん来ます?……なんてね。」
「……考えとく。」
他愛のない冗談を言ってみるがやはり心は晴れない。それにもう一つ気になっていることもある。
「最近、ライブにくる女性増えましたよね。」
「……?そう…なのか?」
客席にいる俺から見てもわかるくらい、小柳くん達目当ての女性客が増えている。今では中年男性よりも多い数を女性が占めているように思える。最初に来た時の5倍近くはいるんじゃないですか?
「ネット受付もそろそろ抽選になりそうなくらい人が増えてますし……。」
小柳くんに会えなくなる日もくるのかな、という言葉を寸前で飲み込む。言霊を信じてるわけじゃないが、なんとなく言いたくなかった。
「再来週は絶対いきますからぁ……。」
「ん、待ってる。」
とぼとぼと歩いて握手会の会場を出る。もう帰ってふて寝しようかな……なんて考えていた時だった。
「るべくん!」
「あ……イッテツ。」
俺を待っていたのか、イッテツが笑いながら近づいてくる。その後ろにいる2人も俺に気づいて微笑んだ。
「るべしょー!久しぶり〜!」
「星導!やっほー!」
ピンク髪の彼はウェン。ライブハウスの近くにあるバーで働いているらしい。黄緑のメッシュが目立つ彼はライ。ここでスタッフとしてバイトをしてる彼だが、今日はシフトが入っていないようだ。
2人とは以前ライブであって以来、推し活仲間として話すことが増えた。ウェンはカゲツくん、ライはマナくん、と推し先が分かれていることもちょうどいい関係性になっている。
「来週のライブ……俺も行きたかったです…。」
駄々をこねる子供のようにつぶやけば、3人は気の毒そうな表情を浮かべる。
「ロウくんの新しいグッズ出てたら買っといたげるから……ね!」
「再来週は一緒にいこう…!」
ウェンがぽんぽんと俺の肩を叩き、ライがファイト、っと小さく拳を握る。イッテツもこくこくと力強く頷き、自身の心が少し軽くなったような気がした。
4人で談笑しながら駅へと向かい、改札前で手を振り別れる。1人になり駅のホームで電車を待つ俺は、自身のスマホの裏へ目を落とした。初めて小柳くんと会ったときのチェキは今も変わらずここにある。
「……よし。」
小さく独り言を漏らし、軽く深呼吸をする。ライブに行けないのはやはり辛いが、それでも未来は変わらない。俺は憂鬱な気持ちに蓋をして、再来週のライブのために日々を頑張ることにした。
「うぅ……重い…。」
気を抜くと手に持つ教授のお高い望遠鏡を落としそうになってしまう。普段筋トレと縁遠い俺にとって、この重労働はきつすぎる。
結果から言うと、天文観測会はあまり楽しくなかった。参加者はそこそこ居たものの、星そっちのけでロマンチックなムードによる恋愛効果を狙ってる人ばかりだった気がする。
俺は星を見ていたかったのに、話したことない女性から何度も何人も話しかけられたし……。挙句の果てには、どっから情報を仕入れたのか「私もライブハウスに興味があって……」なんて話をしてくる人もいた。まぁもちろん丁重にお断りしましたが。
せっかく小柳くんのことを考えないようにしてたのに!後半は教授に張り付いていたおかげでゆっくりと星を見れたが……なんだかどっと疲れた。
駅まであともう少し。いつものライブハウス前を通るときにふと視線をそちらへ向けた。あぁ…ここを通ると今日行けなかったライブが名残惜しくなる。俺は足早にその場を立ち去る……はずだった。
「星導ッ…!」
聞こえるはずのないその声に心臓が跳ねる。一瞬幻聴を疑ったが、真っ暗なライブハウスから出てきた彼の姿に現実だと思い知らされた。
「小柳…くん?」
なんで、どうして、という言葉が脳内をぐるぐるして結局口から出るのはう、とかあ、とか意味のない母音だけ。
「天体観測どうだった?」
焦りまくっている俺をよそに、小柳くんはいつもの握手会のような口調で世間話を始めた。
「……あんまりでした。」
正直にそう言えば、彼はそっか…なんて苦笑を浮かべる。
「小柳くんは……?どうして…ここに?」
状況が掴めたわけではないが、やっと言葉がまとまった。ほんの少しの沈黙の後、小柳くんが口を開いた。
「……さっきまでメンバーとダンスの練習してて、帰ろうと思って外出たら星導が居たから。」
居たから?俺が居たから声かけてくれたの…?そんな自惚れた考えが俺の脳に浮かんでくるが何とか振り払う。きっと偶然と気まぐれのいたずら。うん、そうに違いない。
「あ、あぁ……そうなんですか。」
2人の間に沈黙が流れる。経緯はわかったとして、俺はこれからどうしたらいいんだろう。
「それ、望遠鏡?」
彼が指さしたのは俺の腕の中のこいつ。小柳くんと出会った衝撃で忘れていたが、改めて指摘されるとその重さがずしりと腕に乗っかってきた。
「とーってもお高いやつなのでよく見えますよ。」
「へぇ……じゃあ俺も見ていい?」
本日2度目の幻聴疑惑。でも目の前の彼は真っすぐな瞳で俺を見つめてて、現実だと信じざるをえない。
「ライブハウスの上。そこからなら見えるだろ?」
俺の返事を抜きに話は進む。このライブハウスは2階建てだが、周りにそんなに高い建物はないし星を見るには十分な環境だろう。でも、そんな、ただのファンである俺が……いいの…?
「ほら、星導。こっち。」
そんな葛藤も、小柳くんの誘いの前では簡単に揺らいでしまう。外気に晒されて少し錆びた階段を軋ませながら、俺は彼の後ろを着いていく。2階の上はフェンスで囲まれた休憩スペースになっていて、小柳くんはベンチに腰を下ろした。
俺が望遠鏡を設置するのを大人しく眺めているその姿は、いつものきらきらと輝くアイドルとしての彼とは別人に見える。言うなれば対等な友人同士であるかのような、そんな感じがしてしまう。
「はい、これで見えるはずですよ。」
半ば夢のようなこの空間に、俺の感覚がじりじりと麻痺していくのがわかる。時間の制約がある握手会とは違い、彼が許す限り続くこの時間を俺は目一杯楽しもうと思う。
さんきゅ、と短く返事をした小柳くんは背筋を丸め望遠鏡をのぞき込む。その端正な横顔を眺めながら俺は自身の背徳感を誤魔化すように言葉を続けた。
「どうです?よく見えるでしょう。」
「あー、うん。なんか……星が近い。」
素直すぎる感想に思わず吹き出す。望遠鏡から目を離し不満げに睨む彼に平謝りをし、空へと手を伸ばす。
「小柳くん。夏の大三角形って聞いたことありますか?」
「あれとあれと……あれ?」
夜空の中でもわかりやすく三角形を描いているからか、小柳くんはすいすいと指を動かして俺に確認をとる。
「そうです!上からデネブ、べガ、アルタイルって言うんですけど……」
小柳くんは俺の話に時々相槌を打ちながら聞いてくれた。ちょっと専門的な方まで熱が入りそうになって慌てて自身にブレーキをかける。
「……星導って頭いいんだな。」
ぽつりと呟かれたその言葉に、思わず小柳くんの方へ目を向けた。物憂げなその瞳は、何か眩しいものでも見るみたいに細められている。
「自分の好きな分野だけですけどね。だって俺、数学苦手なのに天文学の道にいっちゃうようなヤツですよ?」
冗談めかしてそう言っても、小柳くんの表情は変わらない。どこか寂しそうなその姿のせいか、ベンチに座る彼の隣へ腰を下ろし、こんなことを口走っていた。
「俺は……小柳くんの方がすごいと思いますけどね。」
「……まじで言ってる?それ。」
「いつだって大真面目ですよ。」
俺の返事を聞いても小柳くんは納得がいかないというように眉を歪ませる。そして、少し躊躇った後にゆっくりと口を開いた。
「俺は……マナみたいに歌とか話がうまいわけじゃないし、リトみたいに大きな体で踊ることもできない。それをカバーできるほど……カゲツみたいに努力できるわけでもない。」
心の内を吐露する小柳くんの言葉が、ぽつりぽつりと夜の闇に溶けていく。
「今アイドルやってんのだって、あの3人みたいに明確な目標があってやってるんじゃないし……星導が俺をすごいって言う意味が、俺にはわかんない。」
夏の少し湿った風が俺の頬を撫でる。小柳くんは帰る場所を無くした子どもみたいな顔で俺を見つめていた。そのどこか乾いた声色からは、一種の諦めのようなものも感じる。
「それでも、小柳くんはすごいですよ。」
何か言いたげな彼が言葉を発する前に、畳み掛けるように話を続ける。
「俺、小柳くんのおかげで最近すごく楽しいんです。俺が週1回あなたに会える日をどれだけ楽しみにしてると思ってるんですか?そうですねぇ……例えるなら_____」
そこまで言って不意に思考が止まる。例えるならそう、遠距離恋愛中の恋人のように!……という言葉が喉から出る寸前で飲み込まれてしまった。
「……例えるなら、何?」
急に静かになったのを不思議に思ったのか、いつのまにか距離を詰めていた彼が俺の顔を覗き込んでいた。その綺麗な瞳と目が合った瞬間、自覚してしまった。
「おーい?星導?」
「……あ、えと…例えるなら……そう!駅前のパン屋さんの週1特売日と同じくらいです!」
俺の言葉に小柳くんは「なんだよそれ。」なんて言って笑う。虚言癖とかよく揶揄されるけど、今だけはこの性格に感謝したい。
「なんか、ありがと。……もうちょっと色々頑張ってみるわ。」
そう言ってベンチから立ち上がりぐーっと猫のように体を伸ばした彼が、「帰らないのか?」なんて声を掛けてくる。
「俺はもう少し星を見てから帰ります。……小柳くんは先に帰っても大丈夫ですよ。」
ひらひらと手を振って彼を見送った。……俺は今、どんな顔をしていたのだろう。彼の足音が完全に聞こえなくなった後、大きく息を吐き出してさっき自覚してしまった自分の気持ちを振り返る。
俺は、小柳くんのことが好き。
この気持ちは1人のファンとしての好きじゃなくて、星導ショウとしての好きだ。それに……気づいてしまった。
「ぅあーーー……まじかぁ。」
頭を抱えながら腑抜けた唸り声を漏らす。いつから?なんて考えてみたりするが、そんなの自分でも見当がつかない。今日?それともファンサをもらったとき?もしかして最初から…?ぐるぐると交錯する思考に頭の中がかき乱される。
その日はどうやって家に帰ったかも覚えてない。気づいたらベットに突っ伏してて、気づいたら次の日の朝だった。昨日のすべてが夢だったんじゃないか?なんてことも思ったけど、未だ胸に残るふわふわとした感覚がそれを現実だと思い知らす。
同じ性別で?しかも相手はアイドルで?なんて無謀すぎる恋だろう!こんなの深く考えなくても絶対に叶わない願いだとわかってしまう。
でも、一般人の俺とアイドルの小柳くん。いずれは必ず別々の道を歩むことになる2人。それなら……もうちょっとだけ、この夢に浸っててもいいんじゃない…?
やっとまとまった考えを自身の内で反芻する。いつか来る別れの時まで、俺はこの恋心を宝物のように大事にしよう。俺は嘘をつくのがうまいから、彼にこの気持ちがバレることは多分ないはず。これでいい。これで大丈夫。
そんな覚悟がすぐに試されることになるとは、この時の俺は思ってもみなかった。
「……卒…業?」
スクロールありがとうございました。
最初に4話で完結と言ったんですけど、思ったより筆が乗っちゃって5話まで続くことになりました。
個人的には書いてて楽しいんですけど、読んでる側としてはどうですかね……?良ければコメントで感想とかほしいなって…思ってます👉👈
コメント
5件
初コメ失礼します!めちゃめちゃ好きです!すっごい好きです!続き待ってます!
私はこの話が今まで見てきた作品の中で1、2を争うぐらい好きです