テラーノベル
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⚠実在する人・グループの名前が出てきますが、こちらは完全二次創作でありご本人様とは無関係です⚠
瞳に映るその文字に、頭が真っ白になった。それは俺だけじゃないようで……同じテーブルに座る3人も時が止まったように硬直していた。
「……卒…業?」
イッテツの口から絞り出された声が、俺たち以外誰もいない部屋に響く。ここ最近のお決まりだった、ウェンのお店で開かれる推し活会。今日だっていつものようにライブハウスの公式Xから出されるライブに4人で申し込みをするはずだったのに……。
公式Xから出されたのは、PDF化されたかしこまった文章。そこに書いてあるのは、ライブハウスから卒業するというメンバーの名前。
宇佐美リト、叢雲カゲツ、緋八マナ、そして……小柳ロウ。
見間違えるはずもなく、俺達が推しているグループの4人だ。突然の知らせに言葉を失った俺達はただただぼーっと画面を眺め続ける。そんな中、沈黙を破ったのはライだった。
「あのさ……今メジャーで活動してる、2時だとかっていうバンドわかる?」
俺でも知ってる、有名なバンドの名前だ。でも……それに今何の関係が?3人の目線がライに集中する。
「2時だとかは…実はあのライブハウス出身の人たちなんだよ。このバンドがメジャーデビューする前にも、こんな感じで卒業っていうお知らせが出たんだ。だから……」
「カゲツくん達がメジャーデビューするかもってこと?」
被せられたウェンの問いかけに、ライがこくりと頷く。その瞬間、強張っていた空気がぱっと緩んだのがわかった。卒業=引退というわけではなく、あくまで次のステージへ移るということなのだろう。
「そうだとしたら……俺はすごく嬉しい。リトくんの……みんなの凄さがもっと多くの人に伝わるんだ…!」
イッテツの発言に俺たちは小さく微笑む。素人目に見ても彼らの容姿、歌声、踊りなどは、どれをとっても申し分ない。そんな彼らがメジャーデビューするのなら……それは喜ばしいことだ。
「あ、ライブ申し込みのお知らせも出てますよ!4人の卒業ライブですって。終わった後にはファン一人一人とのお話会も設けてる……らしいですよ。」
更新された情報をそのまま読み上げる。俺らは迷わず申し込みをした。その後はいつものようにライブの話や世間話などをして、いい時間になったら解散という流れだった。
別れ際、みんな嬉しそうな顔をしていたが心の内では分かっていたのだろう。メジャーデビューした彼らには、もう今までのように会うことができなくなるということを……。
「最後に皆で来れて良かったねー!」
ウェンの言葉に小さく頷く。見事チケットを勝ち取った俺たちは、既に薄暗いホールの中でひそひそと会話をしていた。
いつものライブハウス。いつもの定位置。それも今日で終わってしまうのかも知れない。そんなことを思っていると照明が暗くなり、人々のざわめきが大きくなった。
ぱっと照明が付くと、ステージ上には4人の姿が並んでいた。いつものにこやかな雰囲気とは一転、どこか緊張した面持ちで並ぶ彼らに、こちらまで緊張がはしる。
「今日は俺らの卒業ライブに集まっていただき、ありがとうございます!」
リトくんが場を代表するように一歩前に立ってぺこりと頭を下げる。未だ張りつめた空気を和らげるように、今度はマナくんとカゲツくんがにこりと笑って一歩前に出た。
「そして、もう一つ追加で僕らからお知らせがあります!それは……」
もう一度照明が落ちた。痛いほど早く脈打つ心臓に手を当てて、なんとか呼吸を整える。次に照明がついた時には……舞台上に白い弾幕が張られていた。そこに書かれた文字を、マナくんが明るく跳ねた声で読み上げる。
「俺達……メジャーデビューが決まりました!!」
瞬間会場に歓喜の声が溢れる。ちらりと横を見やると、3人も嬉しそうに顔を綻ばせていた。……まぁかく言う俺も、安堵の笑みを浮かべていることに変わりはないのだが。
会場のざわめきが落ち着いた頃に、小柳くんが一歩前に出た。
「俺たちはこれから、更に上を目指す。お前ら……着いてきてくれるよな?」
真剣な眼差しで問いかけた声に、また大きな歓声があがる。4人がスタンドマイクから離れ、それぞれの定位置についた。音響調整の関係で少し時間あるようだ。3人は笑顔で客席に手を振っている。
そんな中、最後までつんと澄ました態度で舞台に立つ小柳くんの姿に、ブレないなぁ……と自然に笑みがこぼれる。ぼんやりと彼を眺めてると、不意にその視線が動いて目が合った。……俺の自意識過剰じゃなければですけど。
「……ふっw」
小柳くんがにやりと口角を上げて不敵に笑った。 それはいつも握手会の時にだけ見えるような、心を許してくれてるんじゃないかと錯覚してしまうようなあの顔。
「なんや……珍しいやん?w」
隣に立つカゲツくんが、からかうように小柳くんの腕をとんっと叩く。何か言おうとした小柳くんの声は、流れ始めた音楽による女性たちの黄色い悲鳴によってかき消された。
ライブは永遠のようにも、一瞬のようにも感じた。間にトークタイムなんかも挟みながら彼らは4曲を披露した。どの曲も一度はライブで披露したことのある曲で、最後までずっと楽しかった。もう一度最初のように4人が横に並び、深く礼をした彼らに拍手の嵐が降り注ぐ。
「この後にあるお話会も絶対来てな〜!」
舞台袖にはけていく彼らを最後まで目に焼き付ける。ファンの女性たちがお話会へと急ぐ中、俺たち4人は無言のままその場に立ち尽くしていた。
「……ライブ最高だったね。」
もう俺ら以外居なくなってしまったホールに、ライの声が響く。それを機に、誰かがまたぽつりぽつりと感想を呟いていった。
「これで最後かぁー。」
ウェンのその言葉に、俺たちは押し黙る。しまった!と思ったのかウェンは矢継ぎ早に話を続けた。
「メジャーデビューしたらさ、またライブがあるんだよね。そん時はまた僕らで行こうよ。ね、約束!」
ウェンが差し出した小指に、ライが真っ先に自身の小指を重ねた。そして次にイッテツが控えめに小指を合わせる。
「約束……ですよ。」
最後に俺が小指を添えて誓いが完成する。そろそろ人の波も落ち着いたのでは?ということで、俺たちは各推しのお話会へと向かうことにした。
小柳くんのところにはまだ後5人程列に並ぶ人がいた。最初はかなり空いてたのになぁ…なんて思いが頭に浮かんでは消えていく。
お話会、というのはファンとアイドルとが1分間対面で話をできる会のことを指すらしい。アイドル側がOKすれば握手とか軽いスキンシップもありらしいけど……まぁ小柳くんはそういうのやらなさそうだな。
チェキ会や握手会よりも質素ですね。なんてケチもつけたくなるが、ファンの急増した彼らの負担を考えたら何とも言えない。
……もうすぐ俺の番だ。話しておきたいことを確認しておかなくちゃですね。相変わらず雑なパーテーションから顔を覗かせると、いつもと変わらない様子の彼がいた。
「やっと来た。」
そう言って、少しあどけない顔で彼は笑う。
「メジャーデビュー応援してますから。頑張ってくださいね…?」
よし、とりあえず言いたかったことは言えた。小柳くんは「ん。」なんて言って軽く頭を下げる。その姿に初めてチェキ会に来た時の帰り際を思い出して、なんだかすごく懐かしく、そして哀しくなって顔を伏せた。
「デビューしたら今の何倍も大きな会場で、何倍もの人の前でライブするんだと思う。」
「…うん。そうですよね。」
「でも絶対……星導のこと見つけるから。」
強く言い切ったその声に、はっと顔を上げる。いつかの時みたいに真っすぐな瞳。
「最後列でも?」
「見つける。」
「2階席だったら?」
「もちろん見つける。」
「当選すらしないかもですよ?」
「それでもいつかは来るだろ。」
あぁ……駄目だ。俺はこの人に敵わない。
「というか、別にライブじゃなくたっていいだろ………ほら。」
小柳くんが俺に向かって手を差し出した。あ、握手会の時と同じやつだこれ。小柳くんこういうのしないと思ってたのに。
ゆっくりと手を差し出せば、ぎゅっと強い力で捕まえられた。でも、何か手と手の間に違和感がある。その正体を確かめる前にタイマーの音が鳴り、魔法が解ける時間がやってきた。
「待ってるから。」
そう言って手を離した彼は、なぜだか少し悲しそうに見えた。……いや、未練がましい俺の気のせいかもしれない。スタッフさんに促されるままパーテーションの外へと歩く。
周りに誰もいないのを確認して手を開くと、そこには折りたたまれた紙があった。震える手で開いたそこには、明らかに電話番号のような桁の数字が並んでいる。小柳くんって意外とキザなとこあるんですね。知らなかった彼の一面を、また知ってしまった。
でもね、ごめんね小柳くん。俺はその小さな紙を乱暴にポケットへと突っ込み、駅に向かって歩き始めた。
きっと小柳くんは俺のことを、「友人」になれる存在として認めてくれたんですよね。俺がこんな邪な……あなたの「恋人」になりたいだなんて思ってること、知らないですよね。
俺は今日、あなたのファンを卒業します。
あぁ……後で3人とのグループラインも抜けなきゃな。
スクロールありがとうございました。
次回、ついに最終回です!
コメント
7件
な、なんか不穏…? 最終話楽しみにします…!
うわぁぁぁぁ‼️めちゃめちゃ凄い展開に…‼️🫣最終話楽しみにしてます‼️