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えんか!
帰り道だった。
特に何かあった日じゃない。
授業を受けて、適当に話して、適当に笑って、少しだけ疲れて。
そんな、よくある日の帰り道。
住宅街の端っこ。
ひび割れたコンクリートの隙間に、小さなダンゴムシがいた。
……いや。
正確には、それをじっと見つめている変な人がいた。
長い黒髪はぼさぼさで、サイズの合っていない伊達眼鏡がずるりと鼻から落ちかけている。
そのくせ本人は気にした様子もなく、しゃがみこんだまま、やけに楽しそうに笑っていた。
「見て。」
突然、その人が言った。
こっちを見ないまま。
「丸まった。」
ダンゴムシが、ころんと小さく縮こまる。
「すごくない?」
いや、何が。
そう思ったのに、なぜか声には出なかった。
「別に丸まる必要ないのにねぇ。」
その人はくすくす笑う。
「なのに丸まるんだよ。無駄すぎる。かわいい〜。」
変な人だ。
第一印象は、多分それで合ってると思う。
その人は、指先でダンゴムシの前に小枝を置いた。
するとダンゴムシは、しばらく迷ったあと、のそのそと枝を乗り越えていく。
「えらい。」
ぱちぱちと拍手する。
いや、本当に何なんだこの人。
帰ろうと思えば帰れた。
でも、なぜか少しだけ気になって、俺はその場に立ったままだった。
「……何してるんですか。」
「観察〜。」
「いや、それは見れば分かりますけど。」
「じゃあ質問の意味なくない?」
その人は、ようやくこちらを見た。
大きすぎる伊達眼鏡の奥で、妙に得意げな目がにやっと細まる。
「人間ってさ、“分かってること”を確認するの好きだよね〜。」
「はぁ……」
「安心するからかな。」
その人は立ち上がった。
思ったより小さい。
けど態度だけは妙に堂々としていて、なんだかアンバランスだった。
「君、帰り道?」
「……そうですけど。」
「ふ〜ん。」
その人は俺の顔をじーっと見たあと、急に笑った。
「つまんなさそうな顔してる。」
「初対面ですよね?」
「でもしてるじゃん。」
失礼だ。
けれど、不思議と嫌な感じはしなかった。
その人はポケットをごそごそ漁ると、ぐしゃぐしゃになった紙切れを取り出した。
そこには、雑な字でこう書いてあった。
『カラスが三回鳴いた日に飴を食べると、ちょっといいことがある』
「……何ですかこれ。」
「おまじない。」
「雑。」
「でも“ちょっと”って書いてあるから信頼できない?」
「知らないです。」
「ちなみに私は二回試して、二回とも自販機で当たり出た。」
「それ本当に関係あります?」
「ないかも。」
その人はケラケラ笑う。
「でもさぁ。」
眼鏡がずるりと落ちる。
本人は片手で適当に押し戻した。
「関係ないかもしれないものを信じるのって、結構楽しいよ?」
夕方の風が吹く。
どこかでカラスが鳴いた。
その人は「あ。」と呟いて、にやりと笑う。
「今、三回目。」
その人はポケットから飴を取り出した。
包み紙の端が少し潰れている、よくある安っぽい飴。
「はい。」
「……え?」
「おまじない実行中だから。」
「いや、他人巻き込むタイプなんですか。」
「一人でやるより面白いじゃん?」
そう言って、その人は勝手に俺の手へ飴を乗せた。
軽い。
それだけなのに、なぜか妙に断りづらかった。
「ほらほら、早く食べなよ〜。」
「警戒とかしないんですか。」
「毒入ってると思う?」
「思ってませんけど。」
「じゃあ平気。」
理屈が雑すぎる。
俺は小さくため息をついて、包み紙を開けた。
オレンジ味だった。
「どう?」
「普通です。」
「普通かぁ〜。」
その人は残念そうに笑う。
でも次の瞬間には、もう道端の雑草を見ていた。
忙しい人だ。
「君ってさ。」
しゃがみこんだまま、その人が言う。
「毎日ちゃんと帰ってる?」
「……帰ってますけど。」
「ん〜、違う違う。」
細い指が、くるくると宙を回る。
「家じゃなくて。」
「心?」
「うわ、今のちょっと恥ずかしい言い方だった。」
「そっちが振ったんでしょうが。」
その人は声を上げて笑った。
笑い方まで子どもみたいだった。
でも、と俺は思う。
笑っているはずなのに、たまに妙に古い感じがする。
古い、というか。
ずっと昔から、こうやって笑っていたみたいな。
「まぁでも、うん。」
その人は立ち上がり、ぱんぱんとスカートの埃を払った。
「君、ちょっと急ぎすぎかもね〜。」
「……何がですか。」
「全部。」
即答だった。
そのくせ本人は、深刻そうな顔を一切しない。
「急ぐとさ、見落とすじゃん。」
その人は道端を指差した。
さっきのダンゴムシが、いつの間にかまた歩き出している。
「ほら。」
「いや、ダンゴムシですよね。」
「うん。」
「……?」
「見落としてない?」
その人は、また得意げに笑った。
正直、何を言ってるのかはよく分からない。
でも。
夕焼けのせいか。
それとも、この変な人のせいか。
いつも通ってる帰り道が、少しだけ違って見えた。
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