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週末明けの月曜日。朝のホームルームで、担任教師が藤井渚の転校を告げた。藤堂の執拗な攻撃により、彼女の父親の仕事にまで影響が及び始めた結果だった。ざわめくクラスメイトの前で、藤井渚は教壇に上がった。いつものようにクールなセンターパートだが、その顔色は青白く、目の下には濃い隈ができていた。
「みんな、短い間だったけど、今までありがとう」
藤井は静かに話し始めたが、その声は弱々しかった。
「正直に言うと、この学校にいるの、辛かった」
彼女の言葉に、クラスの生徒たちは藤堂の方をちらりと見た。藤堂は自席で腕を組み、一切表情を変えずに藤井を見据えている。その冷酷な視線が、藤井の心をさらに追い詰める。
「色々と、大変なことがあって……。特に、ある一人の男の子が、ちょっと意地悪でね……」
藤井は、そこで言葉を詰まらせた。その「男の子」が誰なのかは、伊織と藤堂、そして彼女の三角関係を知るクラスメイト全員に明白だった。
「私の、全部を奪いたかったみたい。好きなバスケも、描くことも、友達も……」
藤井の瞳から、大粒の涙がこぼれ落ちた。彼女はすぐにそれを拭おうともせず、ありのままの感情を露わにした。
「すっごく、メンタルが崩壊した」
教室内は重い沈黙に包まれた。誰も、普段ボーイッシュで強い藤井が、これほどまでに追い詰められていたとは思わなかった。伊織は胸が張り裂けそうになり、藤堂の顔を見ることができなかった。藤堂は、藤井の涙を見ても表情を変えなかったが、その視線には、復讐を完遂した冷酷な満足と、公衆の面前での告発に対する苛立ちが混じり合っていた。
放課後。人気のない裏庭の隅で、伊織と藤井は二人きりで立っていた。藤井はもう泣き止んでいたが、その瞳は悲しみに満ちている。
「伊織くん、これで最後だね」
「渚……ごめん。僕が、僕がもっと早く蓮に…」
「やめて。君のせいじゃない。藤堂くんの愛情が、私には強すぎただけだよ」
藤井は、伊織の震える両手をそっと包み込んだ。彼女の手は、以前のような冷たさではなく、少し熱を持っているようだった。
「ねえ、伊織くん。一つだけ、約束してほしいことがあるんだ」
藤井は、伊織の目を見つめた。
「離れても、私のこと、好きでいてくれるよね?」
その言葉は、藤井の最後の縋るような願いだった。藤堂の独占的な愛から伊織を解放したものの、彼がまた藤堂の元に戻ってしまうことへの、拭いきれない不安がそこにはあった。
伊織は、藤井の手の温もりを感じながら、藤堂の影を振り払うように、しっかりと頷いた。
「うん……渚のことは忘れない。僕を自由にしてくれたのは、渚だから」
伊織はそう言って、藤井を優しく抱きしめた。
「ありがとう、伊織くん。それだけで、十分。大好きだよ、伊織くん。」
藤井は伊織の背中に顔を埋め、最後の別れを惜しんだ。伊織にとって、藤井渚は、藤堂という光から逃れさせてくれた、一筋の清涼な風だった。しかし、その風は、藤堂の熱によって、吹き払われてしまった。
藤井が去った後、伊織の心には、藤堂への罪悪感と、藤井への切ない愛、そして、再び藤堂の独占的な愛に戻らなければならないという、暗い予感が残った。