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藤井渚が教室を去った翌日、伊織は学校を休んだ。藤堂の執拗な復讐が、渚をどれほど追い詰めたか。そして、その復讐を止めることができず、最終的に渚の「愛してる」という願いに応えられなかった自分。その自責の念と、渚を失った喪失感が、伊織の心を重く圧し潰していた。
自室のカーテンは閉め切られ、部屋は薄暗い。伊織は布団の中で丸くなり、一日中、泣き続けた。目が腫れ上がり、喉は枯れ、体は鉛のように重かった。渚が自分にもたらしてくれた「自由」という名の光は、藤堂の闇によってかき消され、伊織の心は再び藤堂に支配される前の、冴えない灰色に戻ってしまったかのようだった。
午後三時を過ぎた頃、玄関で微かな物音がした。伊織は気にも留めなかった。どうせ家族だろうと思った。
しかし、やがて、自分の部屋のドアが、ノックもなくゆっくりと開いた。
伊織は驚いて、涙で腫れた目でドアを見た。そこに立っていたのは、藤堂蓮だった。彼は、いつもの制服姿ではなく、黒いタートルネックに身を包み、手には小さな紙袋(おそらく見舞いの品)を持っている。
「…蓮、なんでここに」
伊織は、声が掠れてほとんど出なかった。藤堂は、伊織の家に合鍵を持っていたのだ。
藤堂は、伊織の部屋に入ると、すぐにドアを閉め、伊織の布団の横に静かに座り込んだ。その顔は、以前の怒りや冷酷さとは違い、どこか寂しげで、しかし強い愛情を秘めていた。
「伊織が学校を休んだって聞いて、心配で来た」
藤堂は、伊織の濡れた頬にそっと触れた。
「こんな顔して……泣いてたのか。誰のせいで?」
藤堂の問いは、自己言及的な皮肉を含んでいた。伊織は、その手の優しさと、言葉の支配欲に、再び心を乱された。
「…渚がいなくなったから」
伊織が正直に答えると、藤堂の表情が一瞬硬くなったが、すぐに優しさに戻った。
「そうか。あの女のせいで、お前がこんなに苦しんでる。腹が立つな」
藤堂はそう言うと、伊織の体を抱き起こし、自分の胸に引き寄せた。
「泣くな、伊織。あいつは、お前の心を乱す存在だった。俺が言っただろ。お前の傍にいるのは、俺だけで十分なんだって」
藤堂は、伊織の腫れた目を優しく撫でた。
「あの女は、お前を連れ出して、結局、お前をこんなに傷つけた。俺は、お前を誰よりも大切に愛してるのに」
藤堂の言葉は、伊織の心を慰めると同時に、彼の行為を正当化するものだった。伊織は、藤堂の胸の中で、彼の強い腕の力と、温かい体温を感じながら、反論する気力を失っていた。
「もう、どうしたらいいか、わからない」
「簡単だろ、伊織」
藤堂は、伊織の耳元に顔を寄せた。その声は甘く、呪文のようだった。
「もう、どこにも行くな。誰にも、目を向けるな。お前が帰る場所は、俺の腕の中だけだ」
藤堂は、伊織の顔を上向かせ、優しく、そして深くキスをした。
「お前は、俺のところに戻ってきたんだ。もう、二度と手放さない。もう、誰も、お前を傷つけさせない」
伊織は、藤堂の愛の檻に戻ることに、絶望的な安堵を覚えた。渚を失った痛みと、藤堂に求められる熱が、伊織の心を同時に支配していた。伊織は、藤堂の胸に顔を埋め、彼の独占的な愛に、再び溺れていくのだった。