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俺の名前は|信楽竜也《しがらきりゅうや》。今年で十八になる。
小学校の頃はずっと音楽の部活をしていた。
音楽は楽しかったけれど、楽器は精々笛くらいしか吹けなかった。
――中学校に入ってからは、ずっと飼育係をやりつつ、吹奏楽部へ所属。
山羊や兎、蛇に鳥など無数の動物を学校で育てていた。
中でも空を飛ぶ鳥が好きで、将来は獣医になりたいと考え猛勉強を開始。
――そして高校。高校には残念ながら飼育に関する部活などはないようで、専門学校へ
通うことにした。
その頃になると、小説やアニメを見るようになった。
ファンタジーの世界。その中にはどう猛で空を大きな翼で飛ぶ、屈強な動物が描かれて
いた。
ドラゴン。自分にはたまたま竜也という、竜が付く名前に産まれた。
本やアニメの中の世界なのに、その存在にどんどんと惹かれた俺は、いつからかその世
話をしてみたいと、本気で願うようになっていた。
――専門学校での勉強も一通り終えて、獣医になるべく短大を受験。
幼い頃から憧れていただけあり、難なく合格することができたその矢先の話。
今日から始まる大学生活に心を躍らせていた。
「竜くん、起きてる? 今日から大学でしょ?」
「起きてるよ母さん。もう高校生じゃないんだ」
「あら、そうだったわね。でもそろそろご飯食べないと」
「ごめん。今日からだけど早速実習があるんだ。念入りに支度しないとさ。直ぐに行くか
らもう少し待ってて」
「うふふっ。念願の夢が叶って本当に良かったね」
「まだだよ母さん。俺の夢は竜に乗る事だから!」
「父さんはあんたのこと『泣き声からしてこいつは竜に違いない! 竜也だ!』って。懐
かしいわね……」
学校へ行く支度を終え、二階の部屋を出て、隣の部屋でアイロンがけをしていた母に顔
を出していた。
昨年父が他界してから、母さんはすっかり元気が無くなっていた。
今年、俺が大学に受かってからは、とても元気な顔を見せてくれるようになった。
「その話、何度も聞いたよ。父さんはきっと、竜みたいにたくましく育って欲しかったん
だろうね。でも俺が竜になりたいんじゃなくて、竜を育てたいの」
「竜君なら本当に出来そうね。小さい頃から動物、大好きだったもんね」
「ああ。自信はあるんだよ? みんなに言うとバカにされるけどさ。そんないないもの育
てられるはずないだろってさ。本当にいるかいないかわからなくても、決めつけてできな
いって思ってたら、本当に竜がいてもできないと思うし、どうしたらいいかもわからない
んじゃないかなって。だから俺は、あらゆるシミュレートをして、いつでも竜を育てられ
るようにしてきたんだ!」
「ふふっ。それも何度も聞いたわね。さ、ご飯食べてらっしゃい。洗い物は置いといてく
れればいいから。初日だから、気を付けて行ってくるのよ?」
「わかってるよ母さん。今日は大学終わったら、真っすぐ帰るつもりだから。必要な物と
かあったら連絡しておいて」
「うちの事は気にしなくていいわよ。それよりも楽しんできたこと、ちゃんとお父さんに
報告してあげてね……」
「うん。それじゃご飯食べて、行ってくるね」
母が用意してくれた食事を済ませる。朝からしっかりとした食事メニューだ。
獣医も体が資本。この道へ進むと決めてからには、しっかりと体も鍛えて体調管理も
行っている。
そんな規則正しい生活をしていたら、周りの友人はどんどんと離れていってしまった。
専門学校時代の、クラスメートの会話を思い出す――――。
「竜ちゃんて本当真面目だよねー」
「つまらねーんだよな、あいつといても。スマホゲーの話とかもできねーし」
「あんな頑張っても将来なんて絶望しか待ってないのにねー」
「本当終わってるわーこの国」
「遊べるだけ遊んでおきゃいいのにな」
「言えてるわー。ゲームして彼女作ってる方が百倍楽しくね?」
「俺はスロットやってる時が一番楽しいけどな」
「何言ってんだラーメン食ってるときが一番じゃねえの?」
「ぎゃはは、どっちもだろそんなの。はー、社会とか出たくねー。どっかに養ってくれる
女いねーかなー」
「安口の面じゃ無理くね? せめて小野くれーはイケメンじゃねえと」
「あ、やべえ宿題やってねえわ。悪いけど見せてくんない?」
「あれ、竜いねえじゃん。本当存在感もねえな。あれ? あっちの隅にいるか」
「まぁシカトしとこうぜ。どうせ俺たちと違ってエリート様なんだからよ」
「あれで大学落ちたら傑作だよな。テストなんざぎりぎりで詰めてうかりゃ後は適当に勉
強して資格取って、手抜いて働きゃそれでいいんだろ? くだらねー」
「そういやこの間リリースされたアプリでさー……」
俺の記憶には殆ど残らない内容だった。
毎日毎日同じような会話が聞こえた。
遊び、彼女、ギャンブル。
十八にもなると、そういった日常会話ばかりだった。
否定はしないけど、やりたいことは勝手に自分たちだけでやればいい。
それを他者と同調させようとするクラスメートは、好きになれなかった。
俺は何より動物の生態を観察したり、読書をしたり、アニメを見たりで満足できる。
将来だって苦しんでる動物を助けて生活を出来れば十分だって、考えてた。
楽して生きたいなんて、父さんや母さんを見ていたら、そうは思えなかった。
――中学までは、飼育委員でよく動物の話をする女の子がいた。
とても仲が良かったけど、彼女は普通の高校に行くことになったらしい。
獣医を目指すというのは限られた人だけだと思う。
それに、俺がなりたいのは獣医というより空を飛ぶ動物の専門医だった。
「そんなマニアックな話なんて、ネットでもそうそう無いんだよな……さて、行くか」
大学へ通う初日。家から電車に乗り三十分。
目的の駅から歩いて十五分の道。
道端を歩いているのは同じ大学の女性だろうか?
それよりも可愛い小鳥が歩いているのに癒された。
小鳥が飛んでいかないよう道の脇を歩こうとした。
急に上部で【バチン!】という大きな音がした。
その音で、俺はとっさに鳥たちを追い払い、前を歩いている女性を突き飛ばした。
ぐしゃりという音とともに一瞬で視界が真っ暗となる。
――――そして。
意識が、戻った。
俺はどうなったんだ? 上から……恐らく鉄骨のようなものが落ちてきた。
鳥を逃がして……それで。
「ファウ。アンルシアベリフォウトオブナーラ。エスビオートシンスピルドシュウ?」
「ジャーグアグト。オルレンディスウェールオ。グラークス。フフフ」
「あーう。あーー」
「ファニィ! シャンビストオングリーーーーーッ! チュッ」
柔らかいものが顔にあたる感触。これは……唇。あれ、もしかして母さん? 恥ずかし
いからやめてくれないかな。目が……少しだけ開く。痛みはない。
あれ? 病院じゃ……ないな。ここはどこだ? 木でできた家の中? それに誰だろう。
若い綺麗な銀色の髪の女性。それと格好いい西洋の黒髪をした男性みたいだ。
「あー、あーうあー」
だめだ、声が出ない。喉が潰れてるのか。手で喉を触ってみればわかる……あれ?
俺の手、小さい。手だけじゃない。全部、小さい……。
もしかして俺――――死んで生まれ変わったのか!?
「あーうあー!」