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To: ennma@andoh.music.jp
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From: Himemori Kodama
Subject: コラボにご興味ありませんか?
初めまして!こちらは安藤えんまさんのアカウントで間違いありませんか?
先日の新曲は大変素晴らしいものでした!よろしければ案件をお受けして頂けませんか?
良い返事をお待ちしています!
「えんま、何見とるん?」
突然の問いかけに驚いたアタシは思わずスマホを手から滑り落としそうになった。
はっと前を見ると、燈萌が前の席の机を動かしていた。
「昼休みなったよ、お弁当食べよう。」
「あ、うん。」
アタシは慌ててスマホの電源を落とした。暗闇に包まれた画面に、アタシの顔が反射する。眉間にしわが寄っていた。アタシはスマホを鞄に押し込んで、代わりに弁当を取り出す。アタシの振る舞いが気になるのか、燈萌は横目で様子をうかがっているのが見えた。
「ん、なんもないよ、まじ。」
ガタンと、アタシの席に机をくっつけ向き直した燈萌は納得のいかない顔のまま、まだなにか言おうとしたが奴に遮られてしまった。
「新曲良かったよーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!!」
大声で耳がキーンとなるのと同時に、体に奴の腕が巻き付いてきた。
「イナミ⋯」
「えんま!がち今までの曲で一番好きだわ新曲。やばい。最後の盛り上がりで鳥肌立ったわ。」
毎度これだ、アタシが新しい曲を発信するたび感想を叫びに来る。恥ずかしいたらありゃしないからいい加減にしてほしいんだけど、だからといって自分のファン同然のこいつを突き放すのもなんだか癪だから、最低限の感謝だけいつものように伝えてた。
「ありがと。今回のはいつもよりTikTokでも使われてんだけど___ウケがいいんかな。」
「そーかも?ま、えんまの曲、私は他も同じくらい好きやけどねーん。」
「はいはい、アンタも昼食べるんでしょ。はよ机くっつけてちゃんこして。」
こいつはすぐこう恥ずかしげもなくまっすぐに言葉を伝えてくるから、アタシは適当にあしらってから包みから箸を取り出した。イナミがようやく落ち着いて席についてくれた頃、燈萌が掘り返してきた。
「ね、えんま。さっき見てたん何?DMってか___メールの画面やったよね?怖い顔しとったけど。」
ぎくりとした。アタシはうまく誤魔化そうとしたけどイナミが食いついてきたもんだから、折れて白状することにした。
「え?え?えんまのDMって何の話?なに男?!?!?」
「だら、そんなわけないやろ!!!!!」
変な方向に飛び交っていく話題を急いで払拭するため、さっきしまったばかりのスマホを再び鞄から取り出した。電源を入れると、画面はさっきの受信箱のまんまだった。アタシはスマホを二人に向ける。
「_____なにこれ?Eメール?コラボ?ひ、ひめ?」
イナミが言う。
「ちょっと、口に出さんくてもいいってば!」
慌ててアタシは止めに入り、身を乗り出してすばやくイナミの口を塞いだ。もごもご動いていた唇の感触が手のひらの中で止まる。アタシが口から手を離しても、イナミは暴れず呆気に取られたように画面を凝視した。隣で黙って同じく画面を凝視していた燈萌が沈黙を破る。
「ひめもり。ひめもりって、あの姫守谺やよね?」
「え!そうやよね?こだまひめやよね?!」
イナミが生き返ったように燈萌に擦り寄る。その顔が笑っていることに、少し苛立ちを覚えた。
「うん、歌もダンスもすごい人。」
燈萌が言う。〝すごい人〟という言葉が更にアタシを苛立たせる。アタシは空気を壊したくなくて、なんともない顔をして席についた。
「__そうやよ、姫守谺やよ。今朝このメールが届いたの。」
「えーーーー!案件ってコラボってことやん?!やば!えぐ!」
また騒ぎ始めたイナミのほっぺを、燈萌がつねる。わめくイナミをよそに、燈萌はつねったままアタシに言った。
「えんま案件受けるの?」
胸の奥が、音を立てて軋んだ。
「受けないの?」
「⋯うん。だって利用されとるみたい。美人って性格悪いんやよ、たいてい。」
と言うと、燈萌はバツが悪そうに目を泳がせた。
「燈萌は例外の美人やよっっっ」
どこからともなくイナミがフォローを入れた。
くそ、また変に言い回した。これじゃまたアタシが加害者じゃない…⋯⋯⋯⋯
「ううん、ウチのことは気にしんといて。それよりえんまこそ、気にしなくていいんじゃない?」
予想外の返答にアタシは固まった。
「うん、そーやよねー。それって本当に利用なんかな?」
「まあ実際のことは分からんけどさ、どっちにしろ、えんまの曲が認められとるって証拠やと思う。」
お世辞だと思いたかったが、そうでもなさそうだ。普段と変わらない口調で広げられる二人の会話はアタシの縮まっていた気持ちをほどいていった。
「まーあ、別にすぐ返信せんでもいいやん。しばらくほっといちゃおー?」
イナミが軽く言う。アタシはそれに返事はしなかったけど、代わりにスマホを伏せて机にそっと置いた。