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酔い醒ましに月が静かに見下ろす道を歩いていた二人だったが、リオンが片手を月に向けて高く伸ばし、満足そうな声で今日は楽しかったと告げてウーヴェの顔を窺うように目を細める。
「楽しかったか?」
「すげー楽しかった。アニキも出来たし?」
先程陽気に次の再会を約束したアニキことカスパルとの会話が本当に楽しくて仕方がなかったと笑うリオンにただ苦笑しつつも、友人と恋人が険悪なムードにならなくて良かったと胸を撫で下ろすが、険悪一歩手前にまで達しかけていたもう一人の友人の顔が脳裏に浮かび、酔いが一瞬で醒めたような顔付きになってつい考え込んでしまったウーヴェは、リオンが意味ありげに見つめてきていることにも気付かずに歩き続けてしまう。
「・・・オーヴェ」
不意に呼ばれた己の名前に我に返って顔を上げるが何故かその声が遠いところから聞こえてきた気がして横を見てみると、今の今まで隣で笑みを浮かべていた筈のリオンの姿が無く、慌てて振り返って街灯に凭れ掛かりながら腕を組むリオンを発見して大股に駆け寄る。
「どうした?」
「俺がいなくなっても気付かないなんてヒドイぜ、オーヴェっ」
「・・・悪かった」
拗ねたように上目遣いで睨んでくるリオンに素直に謝罪をし、本当にそう思うのなら今すぐキスをしろと言われて絶句したウーヴェは、ここでキスをしなければ機嫌を損ねたリオンが何をしでかすか分からない危惧と周囲の人影とを天秤に掛けるが、瞬時に恋人の機嫌をとる方へと天秤を傾け、寒さの為とアルコールの為に赤くなっている頬に両手を宛がい、鼻の頭と額、そして薄く開いている唇に触れるだけのキスをする。
「────リーオ」
「・・・早く帰ろうぜ、オーヴェ」
頬に宛がわれる手に手を重ねて破顔一笑したリオンは、不意に芽生えた欲を何とか堪えつつウーヴェのこめかみにキスをし、今からウーヴェの家に歩いて帰るのもまどろっこしいと宣ってウーヴェの呆れ混じりの溜息を貰ってしまう。
「あ、なんだよ、それ」
「・・・ここからだとタクシーを呼んでいる間にお前の家に帰れるんじゃないのか?」
だからそんな我が儘を言わずに自分にとっては限りなく居心地の良いあの部屋に帰ろうと提案し、拗ねるべきか喜ぶべきか思案するような顔のリオンの手をそっと握ってコートのポケットにその手を一緒に突っ込むと、拗ねる気持ちを吹き飛ばしたリオンの顔に音がしそうな勢いで笑みが広がっていく。
今夜もまたその笑顔を見られたという満足が胸の中に広がるが、隅々に行き渡る頃には別の思いへと表情を変えていて、それを悟られないように気を配りつつ石畳の道に二人分の足音を響かせているが、リオンの老朽化に拍車が掛かったようなアパートが見えたと同時に一つの足音が急に速さを増し、それにつられたもう一つも自然と速くなってしまう。
「リオンっ」
「悪ぃ、オーヴェ────もうガマンできねぇ」
本音を言えば場所など関係なく今すぐお前を抱きたいと顔を見ることなく囁かれるが、きっと今リオンの顔は男の欲に染まっていると気付き、ウーヴェの腹の奥で同じ色をした炎が小さく爆ぜる。
互いに同じ欲望を体内に宿しながらも表情はいつもの通りの冷静さと陽気さを保ち、二人で階段を登ろうとするが、先に歩くリオンが限界と呟いて振り返り、階段の途中の壁にウーヴェの背中を押しつけて白い髪に顔を寄せる。
顔の横に両手をついて頭を囲われてしまったウーヴェも今すぐ受け止めたいと叫ぶ心とあと少しだけ我慢してくれと懇願する心が綯い交ぜになり、頼むから後何段か昇ってお前の部屋に辿り着くまで堪えてくれと背中を撫でれば、苛立ち混じりの歯軋りがウーヴェの耳に投げ掛けられる。
「リーオ・・・頼む」
「────シャイセ」
毒突きながら拳を壁に押しつけたリオンだったが、ここで文句を言っていても埒があかない事に気付いて白い髪にキスをすると苦笑するウーヴェの腕を引いて階段を駆け上がり、最速の手付きでドアを開けて中に引っ張り込む。
いつ来ても乱雑な部屋-ただ一つ誉めたいのは散らかってはいるが生ゴミや食べ物の残りなどは一切落ちていない-を見渡したウーヴェにリオンが何ごとかを思い出したような素っ頓狂な声を上げ、ウーヴェが首を傾げてどうしたと問い掛けながらコートを脱ぐ。
「あ、そうだ・・・オーヴェ」
「なんだ?」
「今度アニキに会ったらさ、言っといて欲しいことがあるんだ」
ウーヴェのコートを開け放ったままのクローゼットのドアにハンガーを使って吊し、自分のブルゾンは床に投げ捨てたリオンがやけに真剣な顔でウーヴェを見つめて微かに笑みを浮かべる。
「うん────絶対に聞かせてやらねぇって」
「何を聞かせるんだ?」
「ん?ナイショ」
含みをもったその言葉にウーヴェが眉を寄せて何の事だともう一度問いかけるが、肩を抱かれてこめかみにキスをされてしまうと何故か背筋に嫌な汗が流れ落ちる。
「・・・リオン、さっきはカールと何の話をしていたんだ?」
「カール?ああ、アニキのことか?」
「そうだっ。何の話をしていた・・・?」
自分がマウリッツと話をしている間、ずっとカールことカスパルと一緒に飲んで騒いでいた筈だが、何の話で盛り上がっていたんだと恐る恐る問いかけたウーヴェは、にたりと不気味な笑みを浮かべるリオンを見た瞬間、ろくな話をしていない事に気付いてベッドに座り込んでしまう。
「・・・何も言わなくても良い」
「へ?良いのか?」
「・・・・・・どうせろくな話をしていなかったんだろう?」
その顔を見れば分かると溜息混じりに呟いたウーヴェだが、次の瞬間に背中がシーツに沈んで肩に痛みを覚えたことに碧の目を限界まで見開き、見下ろしてくる蒼い双眸に背筋を震わせる。
「分かるか?」
「その顔を見て分からないはずがないだろう?」
「さすがはドクだ」
俺の顔から察することが出来るなんてさすがに若くして開業している精神科医は違うねと笑みを浮かべるリオンを呆然と見上げたウーヴェは、軽口の裏に潜んでいる重苦しい空気を感じ取るが、それを口に出す前にリオンがウーヴェの鼻先にキスをして眼鏡を奪い取り、だったら今俺が何を考えているのかも分かるだろうと笑いながらウーヴェの腕を掴んで立ち上がらせた為に言葉に出すことは出来なかった。
「シャワー浴びようぜ」
「・・・先に使ってこい」
いつも言っているが先に使ってくればいいとリオンの肩に額を押し当てながらぽつりと呟いたウーヴェだったが、俺もいつも言ってるが今日もガマンできねぇと一声吼えたリオンがウーヴェの後ろ髪をぐいと掴んで顔を上げさせ、強い光を湛えた双眸でウーヴェの瞳を覗き込む。
「リオン・・・頼む」
「イヤだね。今日は絶対に嫌だ」
宥め賺しても無駄だと断言されて小さな音を立ててキスをされ、仕方がないと溜息を吐こうとしたウーヴェの脳裏に先程の重く感じる空気への疑問が芽生え、覗き込んでくるリオンの瞳の奥にも言い出せない何かがたゆたっている事に気付く。
カスパルと楽しく下らない話で盛り上がっていたと言っていたが、自分には言えない何かを言われたり聞かれたりしたのだろうか。それとも下らない話と決めつけたが、リオンにとっては重要な話をされたのかも知れない思いから疑問を口にすると、リオンの目の奥で感情がゆらりと揺れて口元に笑みとして広がっていく。
「何も言われてねぇよ」
「本当か?」
「ああ」
カスパルと話していたのはリアが聞けば目を吊り上げそうな話ばかりで、自分たちの付き合いに関しては何も言われていないと断言するリオンに安堵したウーヴェだが、その言葉の奥にも何かが潜んでいることを察したものの、それを上手く口にすることが出来ずに溜息一つで紛らわせる。
「ほら、脱げよ、オーヴェ」
一緒にシャワーを使うのだから早く脱いでしまえと陽気な声で誘われても素直に乗ることなど出来ず、良いから先に使ってこいと苦笑混じりに告げたウーヴェのこめかみに宥めるようにキスをしたリオンは、角度を変えてウーヴェの目を再度覗き込みながら今日は我慢出来ないと言っただろうと低く告げてウーヴェの抵抗を封じると、言葉が持つ強さとは裏腹な手付きでウーヴェのシャツのボタンを一つずつ外して肌を露わにさせていく。
「リオン・・・っ」
見られたく無い、その言葉を最後まで言えずに俯いたウーヴェの髪にキスをし、ベルトのバックルを鳴らしてスラックスを足下に落とさせて下着一枚にすると同時にウーヴェが身体を震わせてしまい、脱がしたシャツやスラックスの上にジーンズとシャツを脱ぎ捨てたリオンがウーヴェの自宅とは違って古いシャワーカーテンで仕切られているバスルームのドアを開ける。
シャワーブース-と呼ぶには寂しすぎる小ささのそこ-のドアを開けてシャワーから少し熱めの湯を出したリオンは、バスタオルを棚から引っ張り下ろして洗面台に無造作に置くとウーヴェを呼んで視線を合わせる。
「じゃあさ・・・見ねぇ代わりに、アレを使っても良いか?」
「・・・っ!」
リオンが出した代替案も素直に受け入れるのが難しいものだったが、己の中で秤に掛ければやはり見られたくないと言う思いは他のどんなものよりも強くて、リオンの目を見ることが出来ずに白い髪を上下に揺らせば、ダンと小さな声で囁かれて湯気が立ちこめるシャワーカーテンの中に引きずり込まれてしまう。
「こらっ!」
まだ下着を穿いたままだと目を吊り上げるウーヴェにリオンがシャワーの湯を頭から浴びせ、どうせ洗濯するのだから気にするなと朗らかに笑って自らの頭にも湯を掛け、いたずらが成功した子どもの顔でウーヴェの額に額を触れあわせてくる。
「手で洗って欲しいな、オーヴェ」
「・・・手なんて贅沢だ。掃除用のブラシで洗ってやる!」
「ヒドイっ!俺のデリケートな肌が傷だらけになったらどうしてくれるんだよっ!!」
リオンの暴挙にようやく平静さを取り戻して反論したウーヴェは、口を尖らせるリオンを鼻先で笑い飛ばし、デリケートだなどとどの口が言うんだと冷たく笑って頬を軽く引っ張ると、何故か不敵な笑みを浮かべられて思わず手を離してしまう。
「俺の背中に傷を付けられるのはお前の手だけなのにさぁ・・・」
耳元で湯が流れる音に混じって告げられた言葉に思わず息を飲んだウーヴェは、俺が傷付けても良いのだから掃除用ブラシで俺が洗ってやる、早く背中を出せ今すぐ出せと立て板に水を流すように言い放ちながら再度リオンの頬を今度は力を込めて引っ張ると、不明瞭ながらも痛みを訴える声が響き渡る。
「アゥゥゥ・・・っ、ごめーん!ゆるして、オーヴェ・・・っ!!」
「う・る・さ・い!お前の頭の中にはそれしかないのか!!」
万年発情男がと冷たい声で止めを刺そうとしたウーヴェだが、リオンが涙目でそんな発情男に付き合えるお前も万年発情男だと言い放たれてあまりの言葉に何も言い返せずに耳まで真っ赤になってしまうと、その隙をついたリオンがウーヴェの手首を掴んで壁に身体を押しつけさせ、掴んだ両手首を顔の横でしっかりと固定する。
「離せ、バカリオン!」
「バカで結構─────お前と抱き合えるのなら、バカと呼ばれてもどうって事ないね」
「・・・っ!!」
「確かに俺はバカだけど、バカはバカなりにどうすれば一緒に気持ちよくなれるか考えてるんだぜ、オーヴェ」
だからそんなことを言わずに恋するバカの気持ちを酌み取ってくれよ、ドク、と、自嘲気味に笑うリオンに一つ首を振って溜息をついたウーヴェは、くるくる変わる表情の由来に思いを馳せると同時に不安を感じ取ってしまい、飲み会で口に出すことのない不安を感じていたのかも知れないとも気付くと、さっきとは全く違う気持ちから手を離してくれと囁き、言葉通りに自由を得ると同時にリオンの濡れた髪を胸に抱え込む。
「リーオ・・・」
「・・・だからさ、手で洗って欲しいな」
お願いどうかお願いと懇願する声があまりにも必死で、堪えきれずにウーヴェが小さく吹き出すと、自嘲気味だった気分がすっかりと払拭されたらしいリオンが片目を閉じる。
「一緒に気持ちよくなろうぜ、オーヴェ」
「・・・当たり前だ」
自分一人だけが気持ちよくなろうなどと甘い考えは捨ててしまえと笑い、ウーヴェが買い置きしておいたお気に入りのシャワージェルを手に取ってしっかり泡立てると、口ではどうこう言いながらも結局いつもしているようにリオンの肌にその泡を載せていき、お互いの気持ちを確かめ合うように掌を使って泡まみれにしていくのだった。
今も見下ろしてくる蒼い瞳の底に滲んでいた思いが気に掛かり、そちらに意識を向けてしまったその刹那、意識を逸らしたことに気付いたらしいリオンがウーヴェの腿を抱え込んで腰を押しつけた為、意識外からの突然のその衝撃にウーヴェの身体がびくんと跳ねる。
「────ッ・・・ア!」
「何考えてんだ、オーヴェ?」
「何も・・・っ!」
考えていないと快感の滲む声で告げながら白い髪を左右に振って否定するが、ウーヴェの声よりも遙かに強い声がそれを否定する。
「ウソだね」
「・・・ッ・・・ンっ・・!」
こんな時まで意地を張るのは悪い癖だと笑ったリオンがウーヴェの腰と背中に腕を回して抱き起こして足の上に座らせると、しっとりと汗ばむ背中が快感に震える。
「なぁ、言えよ、オーヴェ」
何を考えていたんだと間近にある耳朶を口に含んだついでに思っている事を口にしろと囁きかけたリオンは、しがみつくように背中に回されていた手が肩胛骨を撫でて肩に辿り着いたことに気付くが、ウーヴェの口から言葉らしいものが流れてこないことにも気付くと、本当に強情なんだからと太い笑みを浮かべてウーヴェの尻に手を回して持ち上げる。
鋭く息を飲む音と震えて掠れる嬌声がリオンの顔の横で上がり、いつもよりも間近でウーヴェの存在を感じられる歓喜にリオンが更に腰を突き上げれば、嬌声をかみ殺したような声が流れ、肩に額を押しつけられる。
シャワーを使い二人とも髪が濡れたままでベッドに倒れ込み、胸の奥や腹の底で大きくなり始めた炎を二人で更に燃えあがらせようと笑みを浮かべあったが、今夜は約束通りにリオンがストックしておいた新製品らしいジェルを試してみようと宣った為、約束を破ることが出来ないウーヴェが渋々付き合っていたのだが、ジェルの効能かそれとも何時間か前に摂取したアルコールのせいか、はたまたシャワーで互いの身体を掌で洗いあった為に敏感になっているからか、いつも以上にウーヴェが快感を享受して悩ましげな溜息を零していた。
そんな恋人の姿を見てリオンが堪えられる筈もなく、使いたくても許しが出なかった為に使えなかったグッズの一つを使ってウーヴェの過敏な反応を楽しんでいたのだ。
そんな時間を過ぎているからか、ウーヴェの身体は強い快感を苦痛にも感じ取ってしまっているようで、今もリオンが突き上げたことで嬌声の合間にもう止めてくれという懇願の声も混ざっていた。
「もう・・・無理か?」
「・・・ん・・・っ、・・・ム・・・リ・・・っ!」
後始末が面倒だからと無造作にコンドームを被せたウーヴェのものをちらりと見下ろしてその中に吐き出されているものを確認すると、顔のすぐ傍にある白い髪に手を差し入れて頭の形を確かめるように撫でて顔を上げさせる。
「何を考えてたか話してくれたら止めてやっても良いぜ、オーヴェ」
「だから・・・何も考えてな・・・っ!!」
「はいはい。素直になれっての」
良くこの状況で意地を張れるものだと感心したような声をリオンが挙げ、視線を逸らそうとするウーヴェに一つ溜息を零すとそのまま背後に倒れ込み、ウーヴェの背中をつるりと撫でる。
「俺には言えないこと?」
「ちが・・・っ、・・・気になった・・・だけ、だ・・・」
情けなさを装って問いかけたリオンにウーヴェが途切れながらも答えたかと思うと、リオンの顔の横に手をついて上体を支えて軽く瞠られる蒼い瞳を真っ直ぐに見下ろす。
「・・・皆といる、とき・・・何か考えていた・・・のか?」
「オーヴェ・・・?」
途切れている声が快感のせいなのか、それともウーヴェ特有の本心を伝える際の癖なのかが咄嗟に判断出来ずに瞬きをしたリオンは、カールと楽しそうにしていたが、もしかして何か思うことがあったのかと辿々しい口調で問われて本心を伝えようとしていることに気付き、見下ろしてくる顔に掛かる白い髪を指で掻き上げてやる。
「それが・・・気に、なった・・・」
「・・・・・・そっか」
自分自身意識していなかった感情を読み取られていたことに感心すると同時に、いつも気に掛けてくれている恋人の心遣いが嬉しくて、リオンがウーヴェの髪を撫でて後頭部に手を宛がいながら引き寄せると、微かに快感を堪える声が響いた後で大人しく肩に顔を寄せてくる。
「────ダンケ、ウーヴェ」
「・・・リ・・・オン・・・?」
「何も考えてなかったって言えばウソになるからさ・・・」
その話はまた後でしようと囁きかけて自嘲の笑みを浮かべたリオンは、目尻のほくろにそっとキスをすると有無を言わせない強さでそのまま寝返りを打ってウーヴェの口から嬌声を零れさせる。
「今は・・・何も考えずに俺だけを感じてろよ、オーヴェ」
こうして素肌を重ねて思いを伝え合っている今は何も考える必要はないと囁き、返事の代わりに背中を撫でられたことに目を細めたリオンは、感じていた思いを後で告げると胸の裡で呟くと、後はただ己の言葉通りに二人で快楽の海へと沈み込もうと誘いかけるのだった。
お座なりにウーヴェと己の身体をタオルで拭き、身動ぎしないウーヴェの横に潜り込んだリオンは、その動きにつられてウーヴェの身体が動いたことに感謝の言葉を告げ、ウーヴェの自宅ベッドとは比べられない狭くて古いベッドを軋ませながら目を閉じている恋人の腰に腕を回して身を寄せる。
「・・・リオン・・・」
「ん?」
「・・・明日は少し早く起きて一度家に帰る」
「ん、分かった・・・じゃあ目覚まし早く合わせておくかぁ」
サイドテーブルに置いた携帯を手繰り寄せてアラームをセットしたリオンは、ウーヴェが枕に頭を預けながらじっと見つめてきたことに気付いて首を傾げる。
「どうした?」
「・・・明日、何を考えていたのか教えてくれないか」
「オーヴェ・・・」
今日はさすがにもう疲れているし声を出すのも億劫だと苦笑され、ごめんと素直に謝ったリオンにウーヴェが目を細め、すぐに調子に乗るんだからなと眉を寄せられてしまって逆にリオンの眉尻が下がって情けない顔になる。
「ごめん、オーヴェ」
「・・・もう良い。・・・一つだけ教えてくれ」
「うん」
ウーヴェの問いに素直に頷いたリオンに投げ掛けられたのは、小さな小さな、だがその意味を考えれば小ささに反比例する重さをもった言葉だった。
「今夜は・・・嫌な思いをしなかったんだな?」
「ちょっと寂しいなと思っただけで、嫌な思いはしてない」
「そうか・・・お休み、リーオ」
それを確認出来れば良いと言いたげに小さく欠伸をし、今日は楽しかったなと笑ってリオンの額にキスをしたウーヴェは、呆然と目を瞠るリオンにもう一度お休みを告げてそっと目を閉じる。
ウーヴェが言わんとすることを察し、口元に手を宛がって穏やかな寝息を立て始めたウーヴェを見つめたリオンは、確かに嫌な思いはしていないが、どうしようもない寂しさを感じていたことの一端を伝えたことで無意識に安堵するが、ただひとつ気になる存在を思い出して眉根を寄せて眼球を左右に動かして思案する。
今夜の飲み会で仕事の呼び出しを食らって帰って行った男が一人いたが、その彼を追いかけていった時のウーヴェの態度と、出て行く二人を視線だけで追いかけていた男がいたことを思い出し、自分には知ることのない過去での関係を垣間見た気がするが、ウーヴェのあの時の様子からただ友人の仕事ぶりに危惧を抱いているだけだと気付いて無意識に安堵の溜息を零す。
過去に同性の恋人をもった経験がないことはウーヴェが出て行った後に友人達から浴びせられた質問の数々から理解出来たが、それでも一足先に帰ってしまった背の高い男がウーヴェを見つめる視線に込められている思いが引っかかり、まさかと疑いつつも何故か感じる苛立ちから親指の爪をカリカリと引っ掻いていると、小さな溜息混じりに名を呼ばれる。
「どうした?眠れないのか?」
「・・・先に帰ったオイゲンってさ、結婚してたっけ」
「うん?ああ、今勤めている病院の経営者の娘と結婚しているが、どうした?」
まだ声に眠気の残滓がたゆたっていたが問われた意味が理解出来なかったのか、ウーヴェが預けていた枕から頭を擡げて瞬きを繰り返すことで眠気を覚ましてしまう。
「結婚してるのは彼だけか?」
「そうだな・・・ミハエルとカスパルには恋人はいるが、まだ結婚するとは聞いていないな」
「じゃあ・・・マウリッツは?」
「ルッツは・・・彼女はいない」
学生の頃の失恋から立ち直れていないから生涯結婚はしないと決めていることを伝え、何が気になるんだと呟きつつリオンの頬に手を宛がったウーヴェは、言うべきか口を閉ざすべきかと悩んでいる顔で見つめてくるリオンにもう一度溜息をつき、そっと名を呼ぶ。
「リーオ」
その胸で渦を巻いている思いを口にしてくれと囁き、言葉だけではなく頬に宛がった手の温もりでも告げたウーヴェにリオンがゆっくりと目を閉じ、同じ速さで目を開けた時にはいつもと同じ表情が瞳に浮かんでいた。
「・・・俺だけが・・・学生の頃のオーヴェを知らない・・・」
そう思ったら無性に寂しくなったと、今の自分にはどうしようもない過去に嫉妬する己を笑う顔で呟くリオンにウーヴェが軽く眉を寄せるが、何かを思い出したように小さく笑ってリオンの目を見開かせてしまう。
「何笑ってんだよ、オーヴェ」
「・・・いつだったか、俺も今のお前と同じことを考えていたなと思っただけだ」
「へ?」
いつだったか自分だけが知ることのない過去を知りたいとウーヴェが詰め寄り、リオンがはぐらかすような態度をとった日を思い出せばつい自然と笑いがこみ上げてくると笑いながら告げ、リオンに同意を求めるように目を細めたウーヴェは、あの時の俺の寂しさが分かったかと少しだけ意地の悪い笑みを浮かべた為、リオンが上下左右に視線を彷徨わせた後、鼻の頭をカリカリと引っ掻く。
「・・・うん、何となく・・・分かった・・・かな」
お互いの胸に秘めた過去を口にするには身体の裡にある総ての力を寄せ集めてもまだ足りず、少しずつしか話せない過去を知りたいと今も願っていることを互いに確かめてしまい、そのおかしさにもう一度笑った時、リオンの口元にも似たような笑みが浮かび上がったかと思うと横臥していた身体が仰向けになってしまう。
「オーヴェ、教えてくれ」
「何が知りたいんだ?」
見下ろす蒼い瞳に浮かぶ色がいつもと変わらない安堵に目元を弛ませたウーヴェがリオンの胸板に手をついて小首を傾げると、白い頬に手を重ねたリオンが目を閉じる。
「・・・あの中で一番仲が良いのは誰?」
「そうだな・・・オイゲンかルッツだな」
「ルッツってマウリッツだよな?」
頭を持ち上げて額と額を重ねるように顔を寄せて笑みを浮かべたリオンの問いにウーヴェが少し思案するように視線を泳がせるが、ギムナジウムの頃からで最も長く付き合っているオイゲンか同じ穏やかさを持つマウリッツだなと答えると、その回答の礼をするようにリオンが耳朶に口を寄せてくる。
「そうだ」
「アニキはカールだろ?・・・じゃあオーヴェは何て呼ばれてたんだ?」
「うん?」
学生の頃のあだ名や愛称はなんだったと問われてパチパチと瞬きをしたウーヴェは、俺は特に愛称やあだ名は無かったと苦笑しつつ答えるが、リオンが首筋に顔を寄せてきたことに気付いて肩を竦めて阻止しようとするが、それよりも先にぐりぐりと顔を押しつけられてくすぐったさに笑い声を上げてしまう。
「じゃあさ、オイゲンは?」
「オイゲンも・・・特になかったな」
何故かイェニーと呼んでいたことを告白出来ずに誤魔化したウーヴェの脳裏にはオイゲンの思い詰めたような顔が浮かび、今夜の態度から自分の恋人が年下の男であることへの戸惑いや嫌悪を感じ取っていたことに危惧するが、最も長い付き合いをしている彼がそんな態度をとるとは思えず、また近いうちに顔を合わせて話をしようと決めると、イタズラなキスを繰り返すリオンの髪をぐいと引っ張って顔を引き剥がす。
「アウゥ・・・ッ!!」
「もう寝るからダメだ」
「オーヴェのイジワル・・・もう一回ダメ?」
「ダメだ」
さっきまで散々人を快感に喘がせた癖にまだ物足りないのかとリオンを睨んだウーヴェは、意味ありげに細めた目で見下ろされて顎を引き、きっぱりと物足りないと言い切られてあんぐりと口を開いてしまう。
「足りねぇから、もう一回」
「こらっ!リーオっ!!」
もうダメだから離せバカたれともう一度叫んでリオンの顎を押し退けるが、お願いだからもう一回だけと懇願しつつもウーヴェの手をシーツに縫い止め、足を広げさせるように身体を割り入れた結果、ウーヴェの身体から抵抗の意思が霧消してしまう。
「・・・ダンケ、オーヴェ」
力を抜いて好きにさせてくれる恋人に心の底からの感謝を伝えたリオンに目を細め、抱きしめる形になった広い背中に腕を回したウーヴェは、悔しさを晴らす為にその背中に爪を立ててほんの僅かに溜飲を下げるのだった。