目が覚めると朝になっていた。時間を確認しようと充電コードに繋がっているスマホを手に取り電源を入れると時刻は7時過ぎを示していた。もう少し寝たいと思ったが、二度寝して学校に遅刻するのが嫌なので、そのまま起きることにした。4月中旬の朝は夏の時期みたいに太陽の光がとても眩しい。ネットで朝日を浴びると頭が目覚めると聞くが、太陽が眩しいと毎朝続けることは難しいだろう。とりあえず、目を覚まそうと早足で自分の部屋がある三階からリビングのある2階へと下った。階段を降りるとリビングについた瞬間美味しいご飯の匂いがした。朝ごはんを作っているのだろう。私が起きたことに気づいてないのかお母さんは声をかけてくれない。
「おはよう。」
声をかけてみた。
「あら、おはよう。」
私の方に視線を向けずご飯を作りながらお母さんは言った。
「朝ごはんできてるから食べなさい。」そう言うとダイニングテーブルを指さした。
見ると私の分の朝ごはんが置いてあるのが見えた。
先に着替えようと思ったが、ご飯が冷めると困るので、温かいうちに食べることにした。席に座った時目の前にある朝ごはんはまるで私を出迎えていたかのようにきらきらと輝いていた。炊きたでで湯気を放つ白米と私の大好きなベーコンの入った白だし卵焼き3個、わかめと大根と油揚げと小松菜の入った昆布だしの香りのする味噌汁、レタスやトマトやきゅうりが沢山入っているサラダ、そしてきゅうりの上に乗っているポテトサラダ。白米と卵焼きを口の中に入れるとじゅわっと卵焼きから出ただしと白米の相性は最高で、味噌汁は小松菜と大根の大きさがちょうど良くてとても美味しい。サラダにも手を触れる。近くにあったごま油とニンニクのドレッシングをかけると薄い茶色いトロッとした液体がサラダにかかりごま油の香ばしい匂いが食欲をそそる。レタスのシャキシャキとドレッシングの香ばしさでやみつきになる。
「……真由」
「真由!!!」
「ヒェッ……」
視線を上にあげると、至近距離お母さんの顔があった。
「真由、時間大丈夫なの!?」
ふと時計を見ると時間は8時近くになっていた。
「うわっやばい!!」
慌ててご飯をかき込み食べ終わるとすぐに3階へ行き急いで制服に着替えた。私の通う一松高校は南道高速線で私の住む先住町の最寄り駅の先住市駅から一松一丁目の2駅なのだが、徒歩や学校まで歩く距離を含めると早くても30分以上かかる。ホームルームの始まる時間が8:45で5分前は門が閉まってしまうので、門が閉まる前につかなければいけない。もししまっていた場合学校の正面の門から入れないため裏口にある扉に回らないといけない。つまり門が閉まっているととてつもなくめんどくさいのだ。私の場合8:45より数分前で着いたことがあるがその時は門が閉まる寸前で入ったのでかなりギリギリとも言える。
このような忙しい時にスカートはとても便利で、履いた時にチャックをしめホックをつけるだけなので、手が不器用な私でも簡単につけることが出来る。
やっと制服を着替え終わったところで時間を確認するとあと数分で8時になるところだった。
今度はさっきのスピードよりもペースを上げて8時になる手前で準備が終わりリュックを持ちスマホを中に入れダイニングテーブルにお母さんが作ったお弁当をリュックの中にぶち込み急ぎ足で家を出た。リビングの方からお母さんの忘れ物ない?が聞こえたが私はうん。と一言で済ませた。
家を出た時に一瞬スマホで時間を確認すると8時を少しすぎていた。私はダッシュで駅へ向かった。思いっきり走ったのか駅に着いてホームで電車を待っていた時は呼吸が荒くなっており座り込みゆっくりと深呼吸をした。
そして私は無事に学校に着いた。時刻は8:45の手前でかなりギリギリだったのだが全力で走ったから入ることが出来た。
ホームルームが始まり終わったあとは机に突っ伏していた。
授業が終わりあっという間に放課後になった。帰りのホームルーム後は掃除のある生徒やスマホを触りながら雑談している人で溢れていた。私は掃除がなかったので急ぎ足で音楽室に向かった。着くと私は近くにあった椅子にリュック乱暴に置き、リュックの中に入ってるスマホを取り出しSNSをチェックした。ふとリュックの方に視線を向けると部活で貰ったプリントをしまうファイルの中にある2枚の楽譜に目が入った。1つは【音色の彼方】2つ目は【インヴィクタ序曲】これは1つ目の曲の長さが短くてもったいないという理由で先生が追加したものだ。楽譜にはびっしりと書かれてる訳では無いがまんべんなく音符が書かれている。東部支部研究発表会が刻一刻と近づいている中、できるだろうかと考えていた時突然背後に人の気配を感じた。後ろをむくとそこには小柄の体型をした三つ編みの女子生徒が立っていた。そういえばこの子どこかで見たことあるような……。
「真由ちゃんここにいたんだ。」
彼女の声を聞いて気づいた、風夏だ。彼女は手にいくつもの本を抱えておりどれも分厚い本ばかりだ。本の重みに耐えられないのか彼女の手が小刻みに震えているのが見えた。
「今日さ気分転換に図書館行って本借りたんだけどさ、たまたま扉の向こうを見た時に真由ちゃんを見かけてね。それで様子を見に来たんだ。」と彼女は言った。
「そうなんだ。」私は小さい声でそう言った。彼女は音楽室を見渡すと私に言う。
「ねぇ、まだ人来てないのかな?もし良かったら私と話さない?」
と彼女は私の隣にあった椅子に座りこんだ。
「いいよ。」
「わーいありがとう!」彼女は嬉しそうに呟いた。
「風夏ちゃんは美術部なんだよね?どんな感じなの?」
「うーん、そうだな、忙しいってわけじゃないけどある日はひたすら絵描くって感じかな。でも活動日も少ないし楽しいよ。」彼女は私の方を向いて優しく微笑んだ。
「真由は吹奏楽部なんだよね?楽器は何やってるの?」
「フルートだよ。簡単に言うと横笛みたいなものだね。」
「そうなんだ。楽器って難しいのかな?」
「難しいこともあるけれど、できると楽しいよって先輩が言ってたよ。」
「そうなんだ。」
「ここで真由ちゃんと喋れるなんて私すごく嬉しいよ。」
「私も」
お互い笑いあった。
「あらお2人さん。お話してたの?真由ちゃんこんにちは。隣の子は?」と女の先輩が音楽室に入ってきた。彼女はサックスの先輩だ。ショートカットで短い前髪のセンター分けと太く長い触覚が彼女の輪郭を包み込んでいる。
「こんにちは、こちらは私の同じクラスの友達です。」
「初めまして真由ちゃんと同じクラスの藤本風夏と言います。よろしくお願いします。」と彼女は立ち上がり先輩の視線に合わせると頭を深く下げた。
「よろしくね。私はサックス3年の藤田です。」と彼女は短いショートカットの毛先をいじりながら言った。
「真由ちゃん、先輩来ちゃったからまた明日会おうね。またね。」
と彼女は荷物を持ち私に向かって手を振った。
「うん、じゃあね。」私も同じく彼女に手を振った。
音楽室を出ていったあと、先輩は近くのピアノ台の椅子に座り、スマホを見ながら言った。
「ねぇ真由ちゃん、昨日さ配られた音色の彼方ともう一曲あるよね?」
「え、あ、はい。インヴィクタ序曲ですよね。」私は慌ててリュックから飛び出したファイルを手に取って題名を言った。
「そうそう。あれさ私やったことあるの。」突然私に視線を向けた。
「ええそうなんですか!!凄いですね。じゃあこの曲知ってるんですか?」私は先輩に持っていたファイルに入ってたインヴィクタ序曲の楽譜を見せた。
「うんうん。」スマホを操作しながら先輩は言った。
「今日合奏やるみたいですけど、大丈夫ですかね……?」
「大丈夫じゃない?基礎合奏からやるみたいだし。私が1年の時もそうだったけど初回の時はいきなり曲通さず基礎合奏からやったよ。」
「なるほど、そうなんですか。」素直にほっとした。
『こんにちは』
廊下から部員の元気な挨拶が聞こえた。
「こんにちは」
サックスの藤田先輩は面倒くさそうに部員に聞こえるか聞こえないくらいの声で呟いた。
「皆さん、こんにちは。今日は基礎合奏から行いますよ。」音楽室に響く優しい声の人は顧問の桐島先生だ。
と部員は桐島先生の言葉に反応して続々と楽器の準備を始めた。そして合奏体型に椅子を並べ部員はそれぞれの楽器でチューニングを始めた。音楽室に響き渡るチューニングBや半音階の練習、リップスラー、タンギング、ロングトーン、テヌートで出す音が混ざって聞こえる。そして音が一瞬静まると先生がタイミングを見計らったようにキーボードでチューニングBを出す。キーボードの音に合うように部員は慎重に音を合わせる。クラリネット、サックス、そして私達フルート、トランペット、ホルン、トロンボーン、チューバ、ユーフォニアムなど音が次々と重なる。音が合った時先生はキーボードで出していた音を止めた。
「では、お願いします。」
「起立」
部長の小柴先輩の言葉で部員が一斉に立ち上がる。
「お願いします!」
『お願いします!』
私を含めた部員たちの声が音楽室に響いた。
「はい、よろしくお願いします。ではロングトーンからやりましょうか。」
『はい。』先生の指示で部員が楽器を構える。
先生の指揮の合図で一斉に音を出す。BAFEDCGを8拍ずつ伸ばすロングトーンは音を伸ばし続けるだけでも難しく8拍吹き終わる毎に肺活量を鍛えないといけない。最初は音を伸ばすだけでも苦労したけど楽器を始めて数日後になってからは自然と音が伸ばせるようになったし、ピッチも安定してきた。楽器はすごく難しく感じたけれど、やってみると音を出せるようになるととても嬉しかった。
やっとの事でロングトーンが終わると、曲に入った。
「ロングトーンは終わりです。曲はインヴィクタ序曲からやってみましょうか。」とインヴィクタ序曲のスコアを手に取りながら言った。
「テンポは遅いですがその分伸ばしが多いのでしっかり音を出してください。」
『はい!』
部員が返事をしたあとふと電話の通知の音が聞こえた。その音を聞いた先生は慌てた様子でこう言った。
「ごめんなさい、ちょっと電話が入ってしまったので数分程曲は個人練習してもらっていいですか?」
『大丈夫です!』
そう言うと先生は電話が鳴っている画面の状態のまま駆け足で廊下に出た。
「先生も言ってたけど、戻ってくるまで各自ここで自主練。同じメロディーとか伴奏ある人はその人捕まえて一緒にやって!早めの行動お願いします!」
『はい!』部長の小柴先輩の指示により部員が一気に曲を練習し始めた。
「真由ちゃん、分からないとこある?」
と小柴先輩は楽器を持ったまま私のいる位置に来た。
「ええと、その、えっと……」
唐突に言われたから、慌てて手で探ろうとすると、
「そんな、困らなくていいよ。最初からゆっくりやってみようか。」
と私に聞こえるように耳打ちしてくれた。
「いくよ。いち、に、さん、し」
と先輩は手でゆっくりとリズムをたたき出した。
私は先輩の合図に合わせて曲を最初から吹いた。
「おー!凄いじゃん!吹けてるね!」
「ありがとうございます。」
「一通り全部やってみたけど、できないところあったらやらなくてもいいからね。出来るところだけでいいからね。」と先輩は言った。
とさっきやった曲の指使いを確認していると、音楽室の扉が開いた。
「長引いてごめんなさいね。さあ曲を1回通してみましょう。」
『はい!』
先生が指揮棒を構えると同時に部員は一斉に楽器を構えた。そして先生は指揮棒を振った。楽器を構えた部員たちが大きく息を吸って音が放たれる。
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