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やっとの事で1曲目が終わると、私の体はヘトヘトになっていた。慣れない環境でもあるが、1番はフルートは肺活量がやばくて、1小節吹く度に息を吸わなければいけないということ。吹奏楽部に入ってから、呼吸法を行ったり、チューニングしたり私にとっては苦労することばかりだけど、今になっては頑張れば出来るものなんだなと感じた。
1曲目が終わったところで、次の曲に移る。1曲目のインヴィクタ序曲の楽譜の入っているページをめくり、次に目に飛び込んできたのは音色の彼方だ。この曲はフルートはまあまあ目立つが音をしっかり出していればできる曲だ。昨日YouTubeで検索して聞いてみたところすごく暖かくて、優しいメロディーだなと繰り返し聞いてしまったほどだ。
「次の曲いきましょうか。」
先生の傍にあった机の上にあるもうひとつのスコアと先生の目の前の譜面台にあるスコアを取り替えながら言った。先生が指揮棒を構える。同時に一斉に楽器を構える。指揮棒が振られた。グロッケン、次にクラリネットのソロ、次々と入ってくる金管木管の掛け合い。私は楽譜に書いてある音を指を動かしながら吹く。
チューバのソロ。聞こえてくる暖かいメロディー。2曲目が終わるとぐーの手で止めの合図をした。
「2曲通してみましたが、改善するところをいくつかあげたいと思います。まずは打楽器。」
「はい!」
打楽器である3年の三上先輩が応答した。
「初めのソロのリズムが少し早い気がするのでしっかり頭を使ってリズムを撮ってください。 」
「分かりました。」
「次に、クラリネット。 」
「はい。」今度はクラリネット3年の白崎先輩が応答する。
「ソロはもう少し音量上げて大丈夫です。あとチューニングでは合っていても、曲調を全身で表現すると良くなりますよ。」
「分かりました。」
「次はフルートですが、我妻さんはおそらく小柴さんにも言われたと思いますが、吹けるところだけやっても大丈夫です。ただ出せるところは強弱記号が書いてあるところもそうですが、もし音量が分からなかったら小柴さんや白川さんに聞いてくだい。」
「分かりました。」
先生との目線をきっちり合わせて言った。曲の直すところはその他にも低音の伴奏やトランペットと木管の掛け合い。その小節はしっかり合わせて欲しいとのこと。それから最初に合わせたインヴィクタ序曲はと言うと、全体的に音をもう少し出して欲しいとの事。それから所々音がプツプツと消えるところがあることから息を吸う箇所をパートごとで決めておくこと。また体全身で曲を表現できるようになること。これは一松高校吹奏楽部ならではの目標であり、私が中三の時文化祭で演奏を聞いた時は、曲に限らずゆらゆらと体全身を使った表現が魅力的で楽譜を見ず暗譜で指揮台の横で演奏するパートもちらほらいた。
曲が終わり改善点を部員に伝えた先生は用事があるとかで1度席を外した。それからとは言うもの合奏が終わった後はすぐミーティングが行われた。
「今日先生も仰っていましたが、曲は私たちの中では体で表現するのが何よりも大事だと思っています。特に初めて合奏を体験した人は本校吹奏楽部の特徴をこの場で知ることができたと思います。ただ知るだけではなく、自分や周りの人がどのように曲と向き合っているのかしっかりと考えてください。私からは以上です。副部長何かありますか? 」
小柴先輩の視線が副部長の木下先輩へと向く。彼女は首を軽く横に振りながら大丈夫ですと呟いた。隣に居た副部長の藤田先輩は黙ったままで発言しなかった。
「本日の部活は終了です。本番が近づいているので各自しっかり音源聞いて譜読みすること。リズムを理解してない人はわかる人に聞くこと。特に3年生は私を含め1,2年のお手本となるように指導すること。いいですか?」
小柴先輩の視線が全員に向かれる。音楽室の空気がピリピリする。
『はい!』
部員の声が音楽室に響き渡った。
「ではこれで解散となります。明日は休日ですが部活はあります。時間は予定表を確認してください。明日はなるべく欠席や遅刻をしないようにしてください。副部長お願いします。」
「起立!!!」
木下先輩の言葉で全員が一斉に立ち上がる。
「気を付け、礼!さようなら。」
『さようなら。ありがとうございました。』
「はい、ありがとうございました。気をつけて帰ってください。 」
『はい! 』
ミーティング後は部員がぞろぞろと音楽室を出た。私も音楽室を出ようと、荷物を整えると、背後から背中をトントンと押された。振り返ると、小柴先輩が立っていた。先輩が私を見るに、
「真由ちゃん、今日の合奏どうだった?」
「そうですね…緊張したんですけど、なんとか出来ました。」
「そっかそっか 」と静かに頷いた。
「合奏頑張ったね。あの先生優しいけど案外曲の表現に関してはかなり力入れてるのよね。 」
「確かに、そうですね。表現というか、みなさん大変そうでした。」
「あはは、表現指摘するってみんなにとっては日常的だから、先生の指示に従う人は結構多いよ。まあ桐島先生がいるから吹奏楽部に入った子もいるしね。」先輩は右手を顎の下に乗せ考える素振りを見せた。
「え!そうなんですか!!」
「そうだよ笑」
「さすが桐島先生ですね。」
「まあね、明日も頑張ろうね。」先輩が私の肩に手を乗せた。
「というか明日休日なのか、私てっきり木曜日かと思ってた笑」
「えーでも先輩、ちゃんと明日休日で練習するよとか言ってたじゃないですか。」
「あーね、佳織が教えてくれたんだよ。私結構曜日感覚バグるから。真由ちゃんもそう?」
「曜日感覚はちゃんとあります。今日は金曜日です。」
「真面目だね笑私みたいに何もかも感覚がバグらないようにね。」
先輩の言葉と同時に2人は笑った。
ふと先輩が一瞬腕に着けていた時計に視線を向けると、焦った様子で、
「あ、やばい、もう家に帰る時間だ。またお母さんに怒られる。」と言った。先輩は慌てて荷物を持って音楽室を出る時に扉の目の前で、
「真由ちゃん、また明日ね。」と私に手を振った。
「はい。また明日です!さよなら」と言った。
私もそろそろ帰ろうかと思い、リュックを背負うとした時足元で何かを踏みつけたような気がした。足元を見ると、そこには1冊のピンクのチェックが描かれた表紙のノートがあった。拾ってみると、1番上の枠の中に黒のマイネームで小柴瑠夏と書かれていた。音楽室の扉の方に視線を向けてみたが、先輩の姿なかった。明日先輩に渡そうと私の隣にあった椅子の上に置くとノートのページの隙間からひらひらと1枚の紙が落ちた。拾うと、何かの曲の一節が書かれていた。折り込まれており開くとそこには小柴先輩が書いたと思われる字でこう書かれていた。
ー私はもう部活を続けたくありませんー
と
一瞬言葉が詰まった。先輩がこんなことを書く人ではないと。でもなんでノートに挟まっていたのだろうか。頭の中では瞬時に小柴先輩の顔が浮かんだ。明日会ったら言ってみようかな。私は紙をそっとリュックにしまった。
そして音楽室を出た。