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動物園へ行きまっしょい。
すぐそこだか~ら。
このと~り、土下座すっからよ~と、ロシア語っぽい口調でマキネに哀願されたリクトは、仕方なく『絶滅どうぶつ王国』なる場所へと来ていた。
オーストラリアとほぼ同じ広さの敷地で、陸生・水生を問わず絶滅した動物の霊を使役している。
動物の守護聖人と言い張るマキネが、王国という名の動物園を管理している。
マキネいわく、王国は千葉県の上空に浮かんでいるらしいが、おそらくウソだろう。
「リクトくん。どうっすか? 良い眺めっしょ?」
眼下に広がる絶滅どうぶつ王国は、まさに絶景。
崖の先っちょに居ると、何でも告白してしまいそうだ。
だが、リクトは違う。感動より憤りが勝っていた。
「がぁ~痛い。小顔になる! あ、サイクロプスみたいに目がひとつに……。お願いしますから、もっと強く顔を掴んでください……」
約束した土下座を履行しないマキネは、リクトにアイアンクローをされ、顔の輪郭が瓢箪になりつつあった。
だが、マキネに痛がる様子はなく、むしろ悦に入っているようだ。
「放すなよ? 絶対にその手を放すなよ?」
顔面を掴まれたマキネが、不安そうに声をあげる。
崖のフチに立つリクトが、マキネを落とそうとしているからだ。
歩くこと三時間。
マキネの「すぐそこだか~ら」という言葉に騙されたリクトは、少々ご機嫌斜めだった。
眉間にバキバキの皺を作っているのがその証拠だ。
マキネの小さい顔を掴む手に力が入る。
そういや、マキネは「放すなよ?」と言ったな。放せということか――。
考えているうちに、リクトの手から力が抜けた。
「放すなって言ったでしょうがぁ!」
マキネが崖下に吸い込まれてゆく。
落ちたかと思えば、マキネが平泳ぎをして必死に浮上してくる。
ガケっぷちから一瞬だけ顔を覗かせ、「どうぶつ園の入り口でウチは待ってっからよ~!」
ひとこと伝えると、マキネは再び崖の底へと落ちてゆく。
やれやれ……。
二百メートルはあろうかという崖下をリクトが覗き込む。
体育座りの体勢で縦横無尽に回転しながら落ちゆくマキネの姿が目に入った。
涙だろうか。いろいろと変な汁を飛ばしている。
マキネの姿は、排水溝に流れていく“入れ歯”のごとし。
「※〇▲$!」
マキネは何か叫んでいるようだが、よく聞き取れない。
元気そうだな。リクトは呟くと、マキネとの合流地点へ向かった――。
★
リクトは、眦に涙を光らせるマキネと合流した。
頬を赤らめたマキネが、モジモジしながら抗議を始める。
「ひでぇじゃねぇかリクトくんてばよ! ウチの顔面をもっと強く掴んどくれよ~。ちっとも気持ちよくねえんだよ~」
マキネからのクレームは、崖から落とされたことに対するものではなかった。
リクトは確信する。コイツはド変態であると。
リクトは無意識にマキネから目を逸らそうと、動物園入口の方を向く。
視線の先では、なにやら奇妙なものがうごめいていた。
「干支どうぶつ祭りか?」
絶滅種と思われるネズミ・ウシ・トラなどが何かに群がり、くんずほぐれつと小高い山を築いている。
「園長代理というか、ウチの妹がケモノらに給餌してるっすね」
やれやれといった表情で、マキネは涙と鼻水を飛ばしながら首を左右に振る。
「オマエの妹がエサに見えるが」
「あの子も変態のうえに不死身なんで、気にせず次に行きまっしょい」
リクトは、この場を去ろうとしたマキネの後頭部を力の限り鷲掴む。顔面を掴むとマキネの鼻水で汚れるからだ。
「今度にしましょう。いま近づくと危ないんで。どうぶつらに食われちまうんで。妹はウチよりアタマがおかしいんで。それよりウチの後頭部がピンチだってばさ……」
「そうか」
マキネをはるかに超える変態がどんなものか興味があるな……。
そんな思いを馳せながら、リクトは山に向かって合掌。
一礼すると、次の場所へと向かった。
リクトの隣を歩いていたマキネが突然歩みを止める。
「何かいるのか?」
リクトは辺りを見回すが何も発見できない。
「ダチョウとかっすね。おっと早速発見! リクトくん。見えるっすか?」
「なんだあれは?」
「ジャイアント・モアっす。成仏してないモアの霊がココに来たんすよ。あ、モアがダチョウに転生する場合もあるっすよ」
希望すれば転生して現世での復活が可能だ。
ランダムのため、何に転生するかは不明だが、近い種族に転生できる。
まれに人間に転生する個体があるようだ。
「モアからモアに転生できるのか?」
「絶滅しちゃったどうぶつには転生できないっす」
動物、ことに絶滅種に関して造詣の深いマキネ。勝ち誇ったような顔で解説を続ける。
「一応説明しとくっすね。ジャイアント・モアは、ニュージーランドに生息していた飛べない大型の鳥類『モア』の一種でしてね。鳥類ダチョウ目モア科に属し、頭頂までの高さは最大で三・六メートルあるんすよ。まあ、要するにおっきなダチョウさんすね」
マキネの言葉がリクトの頭の中を通過する。
一点を見つめ、アゴに手を添える格好をしているときは、人の話を聞いていない証拠だ。
興味のないことは全く聞かない。大事なことですら三割程度しか聞かない。
大きな鳥が土煙をあげ、リクトめがけて猛ダッシュしてくる。ズサッと急ブレーキをかけると、リクトの眼前でピタリと止まった。三羽のジャイアント・モアが、簡素な柵の向こう側からリクトを凝視する。
「なんだコイツらは?」
上方にあるジャイアント・モアの顔を見上げたリクトは、鋭い視線を飛ばす。
「紹介しときますね。この方たちは古株でしてね。一番大きい個体、真ん中っすね。これがリーダーのヒゴタさん。向かって左がジモンヌさん。右にいる帽子を被っているのがリョウヘイさんっす。なんか鳴き声が変なんすよね……」
「ヤー!」
マキネの言葉に呼応するように、三羽のジャイアント・モアが同時に鳴き声を発した。
「リョウヘイさんを熱湯に突き落としたくなるな」
「さすがリクトくん。それじゃ、次に行きまっしょい」
悲しそうな目をした三羽のジャイアント・モアが上げる「ヤー」という鳴き声に送り出され、リクトたちは次の目的地を目指した。
「面白いな」
無表情を少し緩めるリクト。無表情のひとつ上の“ちょっと無表情”な顔つきだ。リクトは無意識のうちに足早になっていた。
「ちょっと待ってくださいってばさ。ウチのド短足を考えろってばよ~」
マキネは脚をバタバタと高速で動かしながら、必死にリクトの後を追う。
仕方ないなと言いながら、リクト歩く速度を緩める。
振り返るとマキネの頭からつま先へと視線を動かす。いままで気が付かなかったが、マキネの脚は確かに短い。ドがつくほど短い。
後ろ向きで歩きながらリクトは鼻から息を吐いた。
「おいリクト。テメエ、いま鼻で笑ったろ!」
ようやく追い付いたマキネは、不満げな様子でリクトの顔を見上げる。
「笑ってなどない。オマエの体と脚の比率を考えていただけだ」
「ちなみに、比率とやらはどれくらいっすか?」
「7:3というところか」
「失敬だなおい! 体:脚=8:2っすよ!」
マキネが声を荒げた。
「オマエは正座をしたネコか?」
リクトはあまり冗談を言うタイプではないが、このときばかりは突っ込んでしまった。
「あんだよ、その分かりづらい例えは……まあいいや。でね、“とある狂暴な動物”がっすね、ウチの脚を短くしやがったんすよ。そんなことより、リクトくん。ダチョウの羽って、よくホコリを吸着するんす。なので、車に付着した細かいゴミを取るのにちょうどいいんすよ。黒服を着たおじさんが、モサっとしたハタキで黒塗りの車を掃除してるシーンとか映画なんかで見たことないっすか?」
「ダチョウの羽だったのか」
「そうっす。あと、消しゴムのカスを払うのに丁度よくて、通なデザイナーさんが使ったりしてるんすよ」
話しに耳を傾けるリクトを見たマキネは、手応えありといった表情で小さくガッツポーズをするのだった。
♰
サーベルタイガーの仲間、巨大な生簀に放たれたアーケロン(巨大ウミガメ)など、数種の絶滅どうぶつを見て回った二人は、どうぶつ病院に戻っていた。
室内は相も変わらず殺風景だ。人付き合いの苦手なリクトは、この空間が心地良かった。
「俺は“こっちの世界”の住人になるのか?」
「それはリクトくん次第! ウチのお願いを聞いてくれたら、現世に戻してあげてもいいっすよ?」
「断る……。と言いたいところだが、一応聞こう」
「唐突っすけど、ネクロマンサー(死霊術師)はご存じ?」
マキネは椅子から立ち上がり、室内をゆっくりと歩き始めた。
「ああ。最近知った」
企業の採用試験に向かったはずが、間違えてネクロマンサーの試験会場に到着してしまったリクト。きっちり受験をしたリクトは死霊術のなんたるかを知ったのだ。
「ネクロマンサーといっても、死体を操る感じではないんすけど――」
ネクロマンサーといえば、死霊や死者を操る者をいい、霊を呼び出して話をする者(イタコ、降霊術師など)を指すことはない。だが、イタコなども英語ではネクロマンサーの範疇に入るため、ネクロマンサーとマキネは表現しているようだ。
「で、やってみません? ネクロマンサー。初心者大歓迎。バカでもできる簡単なお仕事っす。アットホームな職場っすよ! あなたの人生“366度”変わりまっせ!」
ブラック企業の人事担当者のような事を言うと、マキネは無垢な笑顔をリクトに向けた。
は? ひとこと漏らすと、リクトは切れ長の目を丸くする。
「は? じゃなくて、ネクロマンサーでファイナル・アナウンサー?」
「アナウンサーは俺にもできるのか?」
「ええ、バカでもできるんで。口ベタそうなリクトくんでも大丈夫っす。ってか、アナウンサーじゃねえよ……。正確には、ネコロマンサーなんすけどね。ちょっと説明するっすけど――」
ホワイトボードが見当たらないようで、マキネは白い壁に文字を書き出した。
ネコロマンサーとは、絶滅どうぶつの霊を呼び出し『ネコのぶいぐるみ』に憑依させる術を操る者のことだ。ネクロマンサーと区別するため、マキネが命名した。マキネは、ネコロマンサーをやらないかと、リクトに打診したのだった。
「俺は何をすればいいんだ?」
「絶滅したどうぶつの霊を呼び出した後、願いを叶えてあげて欲しいっす」
「願いとは?」
「現世に忘れ物をしたから取ってきてくれとか。恩人にお礼が言いたいとか色々っすよ」
「人間の霊はデリバリーできないのか?」
「なんだか宅配ピザみたいっすね……。残念ながらできないっす。ウチはケモノ担当なんで」
「そうか。俺は人間がニガテだから別に構わないが」
「じゃ、どうぶつは好きなんすか?」
「基本的には喋らないからな」
人間の言葉を話すネコに遭遇したが、リクトはあまり気にしていない。
「他に苦手なものはあるんすか?」
枝豆みたいな髪をしやがって。
ぶつぶと小声で言いながら、リクトはマキネを白眼視する。
「髪と目が目が緑色のヤツ」
「ほう、それで?」
なぜか目を輝かせてマキネが返答。
そんなマキネに乗せられたのか、リクトの発する言葉に勢いがついた。
「語尾がおかしなやつ」
「そんで? 続き早よ!」
「赤いスウェット着て、高齢犬用のドッグフードをうまそうにパクついている変態だ」
「そんな人いるわけないっしょ」
マキネが小首をかしげる。
「ちなみに、そいつはどうぶつの守護聖人と名乗っている」
「ってか、ウチのことじゃねぇか……」
「それにしても、なぜ俺が?」
「その邪悪なオーラがグッドというか、都合が良いというかっすね……」
目を泳がせながら天井を仰ぎ見るマキネ。
「ハッキリ言え」
茶を濁すようなマキネの言い草に、リクトは業を煮やす。
「……ええと、呼び出すのは良い霊ばかりじゃなくて。暴走したり、今夜は帰りたくないとか、昼メロのヒロインみたいなことを言う輩もいまして……」
マキネはそう言うと、大きな溜息をついた。
「オマエとヤンチャな霊をぶちのめせってことだな?」
「それはそうなんすけど、ぶちのめすのが本来の目的じゃないっすから。あれ? いま、ウチをぶちのめすって言いました?」
「言ってない」
「空耳ですかね。まあ、いいや。基本的には良い霊が多いんすけど。やっぱり、ヤンチャなのもいまして、そういうケースがあったら対応してもらいたいんす。で、リクトくんなら大丈夫かと」
なるほど。
ひとこと呟くと、リクトはマキネの話に耳を傾ける。
「実は、初代ネコロマンサーが辞めちゃいまして、後継者を探しているところなんすよ。二代目が見つかるまででいいんで、頼まれてくれないっすか?」
「すぐに見つかるのか?」
「わからんすね」
「俺は就活をしたいんだが」
「もし抵抗があるなら、こうしましょう。お試しで三ヶ月ってのはどうっす?」
「報酬は?」
「ウチの生写真でどうっす? つむじのアップ写真ですけど。あ、要らないっすか……。じゃあ、ないっす! ボランティアなんで」
ファストフード店員のような極上のスマイルを返すマキネ。
「報酬はキミの笑顔です。なんて俺が言うと思ったか?」
「冗談っすよ。これに好きな金額を書いてくだせぇ」
マキネが何かの紙束を差し出す。小切手のようだ。
金額が空欄になった小切手の束を見つめながら、リクトは少し考えこんだ。
「本物っすよ。こうみえてウチはいいとこのお嬢サマなんす」
リクトの心中を察したのか、マキネが補足してくる。
「どうっすか? どうぶつ園は面白かったっしょ? 巨大海亀のアーケロンの甲羅に乗って、楽しそうに浦島太郎ごっこしてたじゃねえっすか。ね? ネコロマンサーになれば、絶滅どうぶつを、ピザ感覚で自由に呼べるっすよ」
「舎弟《パシリ》にしてもいいのか?」
「それは、ちょっと。茶飲み友達くらいにしてくだせえ。それより、絶滅した原因とか、最後の一匹なり一頭が何を思っていたのか知りたくないっすか?」
「少し興味はあるが」
動物は好きだがアレルギー。何より絶賛無職の身。時間はたっぷりあるが金がない。
リクトの心は揺れ動く。
「ウチがリクトくんの願いをひとつ叶えてあげるってのはどうっす?」
願いを叶えるの一言が、リクトの琴線に触れる。
「例えばの話しだが、病気は治せるのか?」
「なんすか? バカを治したいとか? できないっす。あと、中二っぽい病気は無理なんで」
「医者が匙をなげた病気とか、時間が解決するみたいな病気なら可能ってことか?」
「なんとかなると思うっすけど。ウチの妹……いえ、知り合いに頼めばですけど」
願いを叶えるの一言が、リクトの琴線に触れる。
「それで手を打とう。ウソついたら針を千本買ってもらうからな」
「買うだけでいいんすね……。そんじゃ、これ。粗大ゴ。いえ、降霊グッズを持って帰ってくだせぇ。おっと、忘れるとこっした。はい、仮の降霊許可証!」
マキネは、ハガキと同じ大きさのカードをリクトに渡した。
表にはリクトの顔写真。裏面には『ラジオ体操カード』という表題と、三十ほどのマス目が印刷されている。
なんだこれは? そもそも降霊に許可などいるのか?
大荷物を抱えたリクトは、受け取った妙なカードを見ながら訝しげな表情を浮かべる。
「あ、これポイントカードっす。リクトくんが依頼を一件こなす毎にウチがハンコを押すんで」
「寝顔の写真じゃないか。撮り直せ。今すぐ本気出せ」
マキネは自身の耳に手をあて、「あ~」と言って聞こえないフリをしている。
「じゃあ、現世に転送するっすよ~。あ、そうそう。リクトのアパートは吹き飛んでるんで、別の部屋を用意したんで」
マキネは、リクトに返答する暇を与えない。
は? 別の部屋とはなんだ?
アイツ、今度会ったら絶対にシバク!
全ての関節を外して、また元に戻す!
粗大ゴミと共に、リクトは現世に強制送還されるのだった。
#漫画原作希望
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