ベッドが少し傾いて、自分以外の重みが加わり、たくましい胸に自分の頬を寄せたのは覚えてる。
おでこに柔らかい唇が当たって、上を向こうとして…気付いたら朝になってた。
翌朝、起きた時にはもうたくましい胸は離れてて、一瞬でスン…とした気持ちになる。
『今日は先に行くけど、電車は少しでもすいてる車両に乗るように』
リビングに行くと、手書きのメモと、私が作るのとは違うきれいな形のおにぎりが置いてあった。
野菜スープも添えられて。
あぁ…出勤前に料理できるなんて。
吉良は神様ですか?
支度をしてのんびり吉良の味を舌に乗せて喜んでいたら…あっという間に出勤の時間になって慌てて家を出た。
「今日はエムズファイナンスさんに行くよ。そこは桜木さんに担当してもらおうと思ってるところだから」
出勤早々添島先輩に、今日もあいさつ回りだと知らされた。
…しかも、ついに私にも担当する会社が割り振られるなんて!
午前中は別の仕事をして、ランチがすんでから行くと伝えられた。
「戻りました…!」
そろそろお昼休みという時間。
万里奈が姿を見せたので、私はお疲れさま…と片手をあげる。
朝イチから営業先に出向いていたらしい。…さすが、自分から仕事を欲しがっただけのことはある。
自分と比べてバリバリ仕事をしている万里奈を、私は眩しい思いで見上げた。
「お疲れ!ねぇランチまだでしょ?一緒に行こ!」
上げた片手にパチンっとタッチして、弾けるような笑顔で誘われた。
仕事、順調なんだろうな。
わからないことも不安なこともなさそうで、とても同期とは思えない。
「行こう!…でも私、まだこの辺のランチ事情に慣れなくて…」
「もぅ…モモは1人で出かけるの苦手なの?奥手なんだからぁ!」
そこが可愛いけど…!と、突然抱きしめられて、まるで姉と妹だと苦笑した。
「…なに、ランチ行くの?俺も混ぜてよ!」
話に入ってきたのは添島先輩。
すると万里奈がパッと私を離して固まった。
あれ…どうしたのかな。
「あ!はい。行きましょう、ぜひ…ね?万里奈?」
「あ、はい。もちろん。…ぜひ」
歯切れが悪い気がする。
万里奈らしくない、と思ったけど、すぐに添島先輩に連れ出されてしまったので、どうしたのかと確認することはできなかった。
ランチは添島先輩おすすめのラーメンと餃子を食べることになる。
「え…っと、午後からお得意様にご挨拶って言ってましたけど…」
臭いとか、平気なのかな?
控えめに言ってみたら、明るい笑顔でお店を指さした。
そこはラーメン屋とは思えないおしゃれな店構え。
「女性向けって言うのかな…?最近出来た店なんだけど、さすがに知らなかっただろ?」
添島先輩は万里奈を見て言った。
彼女はさっきから借りてきた猫みたいにおとなしくて、先輩の問いかけにも「え、はい…まぁ」なんて短く答えてる。
…もしかして、添島先輩のこと苦手なのかな。
おしゃれなラーメン屋のテーブルについて、私は前に座る添島先輩を見上げた。
短めに刈り上げた黒い髪は嫌みじゃない程度に整えられていて、いつも白いワイシャツで、ネクタイもブルー系が多い。
いかにも誠実そうな、「爽やか」という言葉が似合う人に見えるけど。
「…ニンニクの心配なしで食べられるから、結構オススメ!」
運ばれてきたラーメンは、確かに変な刺激臭はしない。
とたんにお腹がグー…っと鳴って、添島先輩に笑われてしまった。
隣に座る万里奈は逆に食欲なさそうだけど、本気で大丈夫なんだろうか…?
すると添島先輩が、私の背後に誰かを見つけたようだ。
嬉しそうに手を振り、呼んだ名前に心臓が跳ねる。
「…綾瀬さん!」
お店の入り口に向いて座っていた添島先輩が、入ってきた吉良を見つけたらしい。
綾瀬さん…って吉良のこと、だよね。
ランチの時、同じ店で鉢合わせたりして、なんて想像が現実になる。
ドキドキするけど、ここで振り返らないと不自然、だよね。
ギギ…っときしんだ音がしそうなほどゆっくり振り返ろうとして…「あ!添島さんだぁ…」と、吉良ではない声が聞こえて、パッと振り返る。
そこには…吉良と、その横で微笑む可愛らしい女性がいた。
会社の人だよね。
…一緒にランチに来たんだ。
そう思いながら、吉良が女の人と並ぶ姿を見慣れなくて、私の心臓は嫌な音を立ててドクドク早鐘を打つ。
「あの!よかったら、一緒に座ってもらいませんか?」
おとなしかった万里奈が突然そう提案するので、私は思わずハッと万里奈に顔を向けてしまった。
「そうだね。結構混んでるし」
添島先輩が吉良と女性をテーブルに呼び、自分は私の隣に席を移したので、私の目の前に、世界一愛しい男性が座ることになった。
「綾瀬マネージャー、何にします?いつものでいいですか?」
体を寄せてメニューを吉良に見せる女性。いつものってなに…?そんなにいつも、この女性とラーメン食べてるのかな。
「あぁ…そうだね」
短く答えた吉良のオーダーを確認した女性は、さっと手を上げて店員さんを呼ぶ。
その姿になんだか違和感…いや、知らないふりしてることからして違和感だし、私が隣にいないことも違和感だらけなんだけど。
吉良がなにもしないことがすごく違和感。
私と2人の時は、だいたい何でも吉良が先にやってくれる。
こんな風にお店に入ったら、オーダーするのも席を見つけるのも、下手すれば割りばしだって割ってくれる。
でも今は何もかもこの女性が吉良の面倒を見ているようで、どうしてなのかな、なんて思ったら…
とたんに食欲がなくなった…。
コメント
2件
吉良と一緒にいる女性マウント取りたいんだな💢 でも残念でした!桃音ちゃんという恋人がいるよ👍
吉良ティンがお世話したい女性はモネちだけなの〜。 だからこの女性は勝手にやりたくてやってるだけだよ〜。 添島さんと万里奈さん、何かありそうだね!