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——世界は、沈黙していた。
光も、影も、風も、息を潜める。
ただ、残響のように「ふたり」の鼓動だけが、虚無の中で重なっていた。
リシアは、崩れ落ちた空を見上げていた。
そこにはもはや太陽も月もなく、
ただ一つの光——彼、セラフィエルの心臓だけが、
脈打ちながら漂っていた。
「……まだ、あなたの光が見える」
かすれる声で囁いたとき、
虚空に微笑が滲んだ。
金と紅の粒子が、彼の姿を形作る。
その瞳は、痛いほど穏やかで、そして深かった。
「リシア」
呼ばれた瞬間、彼女の膝が崩れた。
光が散り、足元から世界が壊れていく。
彼女の頬に流れた涙は、光と闇を混ぜた琥珀の色。
「あなたを壊したくなかったのに……」
「いいんだ」
セラフィエルは静かに首を振った。
「俺はもう、君の中にいる。
この世界が滅びても、君が生きるなら、それでいい」
彼は一歩、また一歩と近づく。
その度に、リシアの中で闇が震えた。
光が混ざり、彼女の胸の奥で何かが軋む。
彼女は叫んだ。
「嫌……! あなたをまた失いたくない!
あなたがいないなら、生きても意味なんて——!」
セラフィエルは微笑んだ。
涙の代わりに、光が頬を伝って零れ落ちる。
「ならば、喰らえ」
リシアの目が見開かれた。
「愛とは、すべてを与えることだ」
その言葉が響いた瞬間、
彼の身体は無数の光片に砕け、
リシアの中へと吸い込まれていった。
灼けるような痛み。
息をするたびに、心が裂ける。
けれど、その痛みは確かに“愛”の形だった。
彼女は泣きながら、その光を抱いた。
自らの血と共に、彼の心臓を胸の奥に沈める。
——その瞬間、世界が音を立てて崩壊した。
空が裂け、大地が消える。
星々がひとつ、またひとつと沈黙の中で消滅していく。
しかし、リシアの胸の中には、確かな鼓動があった。
それはもう、彼でも、彼女でもない。
“ひとつの命”だった。
光も闇もなく、形も名もない。
けれど、その中心には、たしかに愛が在った。
——世界は一度、無に帰す。
だが、その無の中で、
最初の“光”がまた、微かに芽吹こうとしていた。
それはまだ誰も知らない、
“再生”という名の、
もうひとつの犠牲の始まりだった。